黒門亭8(入船亭扇辰「五人廻し」)

《3月4日・第一部》
門朗 / 時そば
始  / 四段目
扇蔵 / 将棋の殿様
(仲入り)
文蔵 / 転宅
扇辰 / 五人廻し(ネタ出し)

林家九蔵襲名阻止問題を一週間に渡って書き連ねていたので(長いよ)、3月4日に聴いた落語を取り上げるのが遅くなりました。記事はほぼ書き上げていたので、記憶の散逸はありません。
私のブログ、寄席の様子よりも、うちにこもって落語のあれこれを集中して書いたもののほうが評判いいようには思います。
でも、頻度はともかく、現場に行ってナンボだとも思ってます。

2月は、数えたら5回落語を聴きに行っていた。そんなに行ったかな。
ちなみに、5回分の料金は合計わずか3,900円。結構凄くないですか? 
これよりもっと高いチケット料金を取る落語会、ざらにある。たかだか2時間半程度で。
国立定席が東京かわら版割引で1,900円。しのばず寄席が「したまち台東芸能文化」提示で1,500円。
あとワンコイン寄席に、無料の会が2回。
まあ、こんなケチケチ落語ライフ、共感してくださる人はそんなにいないと思う。
落語ってえのは、金持ちしか聴かねえのかね? そうに違いないという気も、すぐにしてくる。

3月の最初は、三遊亭竜楽師がトリの亀戸にしようと思っていた。仲入り前は萬橘師。面白いことに、同じ日の夜、両国もこのコンビ。
豪華な番組だが、貧乏暇なしで断念。
亀戸を断念した代わりに、どうしても行きたかったのが、日曜の黒門亭。第一部のトリは入船亭扇辰師。橘家文蔵師も出る。
平日の亀戸と、土日の黒門亭、料金も時間も結構似ている。ファンの姿はだいぶ違うが。
ともかく協会も円楽党も、噺家みな兄弟。

扇辰師匠はネタ出しで「五人廻し」。うちの落語好き、小学生の息子がついてきたいと言う。こやつも昨年、池袋で扇辰師匠の、粋な「野ざらし」を聴いている。
聴かせてやりたいとも思うが、さすがに遠慮してもらった。
子供に廓噺を聴かせるのが悪いとはまったく思わない。現に、池袋でさん喬師の「幾代餅」を聴いている。噺家さんがあえて掛けるのはいいのだ。
だが、ネタ出しだと、さすがに連れてく親の了見を不審に思われるだろう。演者さんにも迷惑掛かりそうだし。
子供に妥協して、どうしてもついてきたいなら、行き先を春風亭昇羊さんの出る神田連雀亭ワンコイン寄席に切り替えようかと思ったのだが、結局、ならいいやということなので、ひとりで扇辰師を楽しんできました。

***

激戦必至なのでかなり早めに行ったら、列がない。オヤと思ったらすでに整理券が配られていたのだ。危なかったが、柳家かゑるさんからギリギリ整理券をもらえました。
入れなかったら、仕事はまだ残っているし、まっすぐ帰途につくだけだったのだ。この日の札止め確定は、11時20分くらい。開演は12時。
早朝寄席からのハシゴ組はみなアウト。
黒門亭の半券も、10枚貯まったのでこの日は無料で入場。3月も安く落語に行くのだ。

少々苦労した甲斐あって、本当にいい席でした。
死んでもいいと思った。それは言い過ぎだが、「落語を聴いて即死する」という機会を、もし複数のうちから選択できるとしたら、迷わず私はこの日の扇辰師匠で死ぬのを選ぶ。これは嘘じゃない。

開演時、太鼓の後にチョーンと柝が入る。あれ、なんだろうと思ったら袖の内から、たぶんかゑるさんの声で「特に意味はありません」。ずっこけた。
遊ぶなあ。

この前日に、林家九蔵襲名破談の最初の報道があったが、それに触れたマクラはなし。

橘家門朗「時そば」

前座は門朗さん。文蔵師の二番弟子、達者な前座さん。
まず携帯切ってくれのアナウンス。「私のときに鳴ったって、まあいいんです、別に。ですが、師匠のときに鳴ると・・・」。
7月に池袋で聴いたときは、並び疲れたので彼で寝せてもらったが、達者なのは知っている。非常に寝やすい高座だった。ちなみに、含むところは一切なく純粋に褒めています。
前座なのに「時そば」。
時そばは、しばしば前座噺に分類されるのだが、実際には前座はやらない。皆無でもないだろうけど。
柳家小ゑん師も、「昭和元禄落語心中」で前座が時そば掛けるのを見て、「本当にやったら叱られる」と、黒門亭の高座でも言っていた。
落語界の掟的にどうなのか知らないが、個人的には別に全然構わない。
あったかくなったので、「今日は寒い」というセリフを抜いていた。これならば、一年中やっても支障ないし、また前座噺っぽくもなる。
だが、オウム返しのくだりで、「今夜はいやに冷えるねえ」「いえ、あったかですよ」というやり取りを入れていたのはうっかりしたのだろう。

そばの一巡目を聴く限りでは、門朗さんについて「めちゃくちゃ上手い。だけどそれほど面白くない」と思った。二ツ目になったときに、面白くなって売れてる姿は想像できるね、と思いながら。
時そばの一巡目など、仕込みなのだから面白くなくて当たり前だと思うかもしれないが、そういう観点からではない。かなり上手いが、つるんとした落語という感想である。
ところが、オウム返しのくだりになると、仕込みを全部回収して、爆笑を生んでいる。これはなかなかすごい。
薄っぺらに切ったちくわ(ぶ)が、どんぶりに張り付いているのはいいが、中でなく外にというのが大爆笑。これはオリジナルギャグかどうかはわからないが、考えたね。
黒門亭の客を時そばで笑わせるとは、恐れ入りました。

古今亭始「四段目」

続いて古今亭始さん。志ん輔師の弟子。
志ん輔師は弟子に対し、無駄に厳しい師匠だと私は想像している。違ったらごめんなさい。
落語界古今東西を見回したとき、厳しい師匠からいい弟子が育ってくるという、落語を知らない人が期待しそうな物語はまったくのフィクション。むしろ放任の師匠からいい弟子が次々と出る。
無駄な厳しさで弟子が潰れたら気の毒だなと勝手に思っていたのだが、始さんは大丈夫そうだ。
常連から「はじめちゃん」と声が掛かる。
芝居噺の「四段目」。私にはなぜか、上方の「蔵丁稚」のイメージのほうが強い。まったく同じ噺だけど。
歌舞伎をちゃんと研究しないと絶対できない噺だ。
桂米朝は、丁稚がやる芝居も、本物の芝居のように演じなければいけないと書き残している。落語には、その場にいない人を描く場合にも、伝聞としてではなくリアルに演じるというルールがあり、米朝の語るのもそうしたところからだろうと理解していた。
だが、始さんの芝居に関しては、ところどころパロディ化されている。
小僧定吉自身が演じる芝居になっているのだ。いや、始さんちゃんとした芝居もできるし、そういうのも入れてるのだけど。
既存の方法論とは違うのかもしれないが、それでちゃんと形になっているから面白い。
演者が工夫していいクスグリ、猪の足のくだりは、前足が海老蔵で、後ろ足が息子の勸玄くんだった。
古今亭の先輩、文菊師は「小林麻央」でやってたな。もうできないだろうけど。

入船亭扇蔵「将棋の殿様」

仲入り前が、セサミストリートに出演している入船亭扇蔵師。嘘です。
中央アジア・ジョージア出身だと適当なことを教えたら、信用する人もきっといそうな濃い顔。将来は村山富市みたいに眉毛を伸ばしていたたきたい。
この人も、池袋の扇辰師匠の芝居で聴いて以来。
小せん師匠でなくてすみませんと。扇辰・文蔵両師匠に、小せん師が加われば三K辰文舎。昨年結構聴いた小せん師匠、私もしばらくご無沙汰している。
マクラは、文蔵師が二ツ目時代に、前座時代の扇蔵師にした無茶の話。文蔵師はこういうエピソードに事欠かない人。
子供の運動会に早く行きたい文蔵師、末広亭で、前座を早く上げて自分も早上がりするため、上がりの指示を待たず太鼓を自分で叩いていたそうである。文蔵師、こういうのが「子別れ」に活きているのだな。
混乱した扇蔵師も、このときの経験がのちに活きる。大師匠、扇橋と小三治師との二人会で、なぜか小三治師が太鼓を叩きにきた。文蔵師に鍛えられていたので、スムーズに合図が出せたのだと。
ネタはやや珍しめの「将棋の殿様」。柳家の噺。将棋の好きだった志ん生も手掛けていないと思う。
よく考えると、登場人物が武士だけで完結する噺っていうのはあまりない。メジャーなところでは「目黒のさんま」「紀州」ぐらいかな。
「粗忽の使者」も「松曳き」もちょっと違って、町人代表がいる。
お武家言葉の言い回しだけでウケる扇蔵師、いいですね。本人若いのに、老練な「爺」、三太夫さんがとてもいい味。
お武家の噺がとても向いていそうなので、どんどん開拓してもらいたいものだ。扇遊師に「巌流島」なんて教わって持ってそうだ。聴きたいですね。

橘家文蔵「転宅」

もともとあったかい日で、空調の利かない黒門亭。満員の客の熱気でもって、それは暑い。

仲入り後、文蔵師はやる気なく登場。いつもなら二度寝してる時間だと。
この後鈴本の出番まで時間がある、雀荘でも行って時間潰そうか。昔は、新小岩や錦糸町辺りで千点千円のえげつない麻雀を打っていたし、勝負師のような人もたくさんいた。今は女性も打ってるし、ゲーム感覚でぬるいね。レートもピンのワンツーとか、ぬるい。とぶつぶつ。
ピンのワンツーなら千点100円で、まあ普通のレート。
ちなみに蛭子能収は、たかだか千点200円の麻雀で逮捕された。千点100円なら雀荘で堂々とやり取りしてても捕まりません。
そんな無頼な文蔵師、聴いたことはないが博打の噺にでも進むのかと思ったら、マクラ終わってもネタがまだ決まらない。
常連客に、何がツくのか訊く。ネタ出しの「五人廻し」にも、すでに出た噺にもツいてはいけない。
いや、もちろんネタ帳見てるはずで、「四段目」「将棋の殿様」が出たのは先刻知ってるはずだけども。
「ネタ数少ないんでね」と文蔵師。「時そばでもやろうと思っていたのに、弟子にやられた。前座のくせに時そばやりやがって」だって。
やはり前座の時そばは、あまりよろしくはないらしい。とはいえ実のところは、文蔵師が「いいからやれ」と門朗さんにけしかけていそうな気がする。

「じゃあ泥棒噺を」と文蔵師。夏泥か、転宅か。噺の冒頭が浜町なので、転宅である。師の十八番。
襲名披露の際に聴いて以来だが、全体的にパワーアップしていてとても嬉しい。ただし、時間が押して、文蔵師ならではの泥棒の妄想(お菊との間に生まれた娘が大きくなって小学校に行っている)は残念ながらカット。
どこがパワーアップしているか。冒頭の飲み食いシーンが実に旨そうである。
転宅という噺、当ブログで以前も取り上げたが、人のうちに上がり込んでいるという状況的に、どうしても旨く食ってはいられない。結構安心している穴どろとは違う。
文蔵師のですらかつてそう感じたのだが、今回は聴いて旨そうだと思った。
難しいことを考えず、欲のままに生きてるような泥棒だから、旨そうに食い、旨そうに呑んだとして、それで噺が膨らむなら、まったく悪いことではない。
現実でのリアリティを膨らませるのではなく、泥棒のくせに安心しているという、架空の世界にマッチングした造型。
あと、文蔵師の落語に珍しく出てくる女性、お菊。このキャラ造型が実に素晴らしい。
お菊は、仕返しを恐れて転宅したのだと煙草屋は言う。だが文蔵師の転宅においては、お菊は泥棒を騙すのを、心の底から楽しんでいると思う。
「上手く騙りやがった」とはよくいったもので、もともと騙すのが得意で好きな女なのに違いない。
騙しの楽しさを、これでもかというくらい味わわせてくれる一席。

そういえば文蔵師、一番弟子のかな文さんが二ツ目昇進決定なので、ツイッターで「林家九蔵」が空いているからどうかなだって。

入船亭扇辰「五人廻し」

トリの扇辰師、出てきて文蔵師のことを長いよと。しかもちょっとツいてるしと。
なにがどうツいてるのか。転宅のお菊の造型が、花魁の喜瀬川ぽいってことなんだろう。夏泥だったらよかったわけだ。
文蔵師が袖から出てきて頭を下げ、「どうもすいませんでした。気をつけます」。扇辰師、「わかったらよろしい」。
相変わらずこの人たちも遊ぶねえ。文蔵師のほうが先輩である。
始まった時刻もすでに遅く、終わったのも2時20分くらい。

ネタ出しの「五人廻し」。先に書いた通り、もう死んでもいいやと思った圧巻の一席。
まさに扇辰七変化。登場人物七人だから、数が合ってる。
扇辰師、ここ5年くらいで芸が2段階ぐらいレベルアップしているのではないでしょうか。もちろん以前から上手い人なのだが、噺の迫力、破壊力が飛躍的に向上している気がする。
「昭和33年3月31日に廓がなくなった。なんとかいう社会党のおばさんが国会で熱弁をふるった『あんなものは要りません』。てめえは要らねえが要る人もいるんだ」というマクラが、五街道雲助師の廓噺と似ている。雲助師から来ているのかなと思ったが、兄弟子の扇遊師からだろうか。
それにしても、キャラの描き分けが「演じ分け」というような生易しいレベルではない。顔をフルに動かしまくり、ド迫力の肚を見せつける扇辰師。
廻しの三番目に出てくる田舎者など、もう、顔かたちが変わっている。そんなはずないのだけど、本当に変わって見えましたよ。

廻しの愉快な仲間たち。ひとりも抜かずに全員登場。

  1. 鉄火なおアニイさん
  2. インテリ
  3. 自称江戸っ子の田舎者
  4. 「酢豆腐」「羽織の遊び」でおなじみの若旦那
  5. 「お見立て」でおなじみ杢兵衛大尽

これに、若い衆と喜瀬川花魁。この人たちも「お見立て」と同じキャラ。計7人。
1が扇辰師ならでは。あと3が、他の人でも、他の噺でも思いつかないイメージの独自キャラ。鉄火な田舎者。

五人廻しの基本構造は、ドリフのコントだと思っている。舞台に並ぶいろんな部屋に、登場人物が移動しながら順にスポットライトが当たっていくという。
来ない花魁、喜瀬川を待つ最初の男をたっぷりやっておいて、次から若い衆に視点が変わり、各部屋を巡るという噺の構造も白眉。
しかし、扇辰師匠の圧巻の演じ分けは、噺の構造自体を軽く超えていた。
啖呵もまたド迫力。あの啖呵、直接ぶつけられたら、客は目廻して座りしょんべんしてしまう。
だが、迫力の啖呵、決して客に対して直接はぶつけない。だから女性客も、扇辰師の男っ振りに惚れたとしても、怖がったりはしない。
当たり前のようだが、迫力があればあるほど客がビビってしまう。そうすると失敗なので、決して簡単なことではないのだ。
若い衆が、啖呵にびっくりはするが、真にビビっていないから安心できるのだ。

今まで何度か聞いた、どこかの誰かの五人廻しなど、遠くに吹き飛んでいきました。
落語が好きでいて、その価値がわかって本当によかったと思った。扇辰師も黒門亭も最高だ。

作成者: でっち定吉

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