入船亭扇遊「突落し」(下)

突落しとは、不思議な演題。別題では「棟梁の遊び」というそうだ。
別題のほうが落語としてピンとくるのだが、でも突落しもなんだかいいタイトル。噺家相互の符丁から出ただけにしても。
ご存知、はなし塚に埋められた禁演落語のひとつ。まあ、社会秩序を乱すことこのうえない。

かなりマイナーなこの噺も、骨格は実に東京落語らしいもの。
若い連中が企む、ワイガヤの噺。ひとりひとりの個性はほぼ描き分けられない。
同質性の高い江戸っ子たちの集団芸である。
連中、どこにどう集まったのだろう。床屋だろうか。状況はさっぱりわからないが、構わない。
冒頭から、ゼニのない江戸っ子たち。揃いも揃って。
そこからあっさり犯罪計画に突き進む、単純な連中。無銭飲食の計画を練り、役割を決めていく。
冷静に考えると、元祖オレオレ詐欺。役者が勢ぞろい。
しかしそこに陰惨なムードはかけらもない。昨日書いた通り、連中の計画は法的評価からするとかなりの重罪なのだが、底抜けのバカばかりなのでそんな深刻なことは考えない。
連中、廓を手玉に取ること自体に楽しみを見出しているのである。まあ、オレオレ詐欺の実行犯にだって楽しみがあるとは思うが。
本職の詐欺の連中と違う点は、入念な計画と裏腹に犯罪の完結の仕方がいささか乱暴なこと。若い衆を突き落として逃げるだけだもの。

棟梁に成りすます首謀者、「羽左衛門になる奴はいないか」と言う。
市村羽左衛門。14代目だろうか。いい男の象徴。
いい男なのに、引っぱたかれる損な役回り。

棟梁役、なかなか馬鹿じゃないのは、廓から馬を出す理由について入念な計画を立てていること。
どうやったらこれに合理性が見いだせるか。まず、紙入れを忘れる理由について徹底的に迫り上げるのである。
「中の下」の楼から呼び込まれ、上がれない理由を最初に挙げるのは、「付き馬」と一緒。
向こうから強く勧められ、角海老をやめて「キリギリスの籠」に無理に上がるので、「カネ持ってないんじゃないか」という疑問が廓の若い衆に浮かぶことなどないのだ。

「付き馬」だと、付いていく馬は調子のいい男にうさん臭さを感じずにはおれず、だからこそますます最後まで付いていく羽目になる。
だが「突落し」の若い衆は、最後の最後までまったく疑問に思わない。用意周到な計画のおかげである。
それも「酔っぱらってたので紙入れ忘れた」「今日は建前」「近所の田町まで行くだけ」と、いくつも理由を付けている。
このあたりのディテールの細かさにこそ、もっとも価値のある噺みたい。繰り返し聴いているとよくわかる。

棟梁と羽左衛門との狂言喧嘩に割って入る役割のよっちゃんに対し棟梁、「おめえの独擅場(どくせんじょう)だ」と言っている。
ごく普通には独壇場(どくだんじょう)というのだが、もともとはどくせんじょうらしい。
擅と壇、よく似ているが違う字で、壇は誤用なのだ。
細かいところが丁寧な扇遊師。

悪い相談があっさりまとまる理由は、「面白いから」。
棟梁役の考え抜いた狂言の面白さに、みんな敬意を払って乗っかるのである。まさに馬鹿な江戸っ子の鏡。
そしてそこに変な共感をする、別に悪くはない落語ファンの私たち。
扇遊師の語りは、悪い世界と客の常識とを、実にスムーズにつなぐ。語り手と世界の距離感が絶妙だ。

カラスカアで夜が明けると、誰がもてたのもてないの、そんな会話が始まるのが普通。
でも、この噺にとってはどうでもいい場面。なのでまっすぐ勘定へ。
勘定を晩のうちに済ませなかったことにも、極めて合理的な理由が用意されている。とことん周到。
周到過ぎるので、ビールのおみやや鳥打帽の買い物まで勘定に入っていても、若い衆はなお気づかない。
噺がまっすぐ進み過ぎるとつまらないからアクセントで入るエピソードだが、サゲ付近の逃げる場面でこれを回収しているのが実に面白い。

落語だから、本当のピカレスクロマンのように、「うまくいくかな?」と、犯罪実行にドキドキしはしない。でも、ほんのちょっとだけそんなムードも漂っていないか?
こういう点がとても珍しく、貴重である。細かく見てみると、もうちょっと掛かってもいい噺だなとつくづく思う。

最後、羽左衛門の清公が、若い衆の煙草入れまで持ってくる。
みんなに泥棒だよと言われてるが、泥棒どころかこれ単独でも強盗成立だな。こやつは最も罪が重い。

最後までとんとーんとテンポよく話は進む。
この先は蛇足だが、品川で同じことをやり、全員高輪警察署に留め置かれるのだそうだ。

わかりにくい用語も多い噺だ。いちいち気にするようでは聴き方が下手だが。
連中は大工の触れ込みであり、「明日は建前」だと若い衆に言っている。
建前は、棟上げとも呼ばれるそうで。地鎮祭みたいなものかなと思ったのだが、儀式だとしても実際の建築の一部である。
詳しいことは人さまのサイトで拝見しました。
実のところ大工ですらないのだが、それでも建前があるのは、棟梁が急ぐ理由にはなっている。神事だし。

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作成者: でっち定吉

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