酒の噺と禁酒の話

男の三道楽「飲む打つ買う」。どれかにハマるもんだなんてことをいいまして。
とはいえ、ハマっていると公言して差し障りがないのは酒だけ。
そして私、でっち定吉の好きなのも、また酒である。

落語には、現代では許されないかもしれない、楽しい酔っ払いが多い。
酒の噺といえば、よく掛かるのが「親子酒」「禁酒番屋」「試し酒」。当ブログでも非常に登場回数が多い。
それから、酒の噺なのかどうか微妙だが「夢の酒」はここ数年流行っている。酒への渇望を描いた噺なのは間違いない。
「猫の災難」も酒の欲望をストレートに描いた噺。好きな人にはたまらない。

酔っ払いが重要なモチーフになっている噺もまた多い。
「うどん屋」「蜘蛛駕籠」「替り目」「棒鱈」「二番煎じ」等。繰り返し取り上げている、好きな噺ばかり。
酔っ払いは、この世の秩序を裏返してしまう。うどん屋も蜘蛛駕籠も無限ループの酔っ払いが出てくる。アラクマさん。
与太郎がもうひとり増えるようなもの。楽しくないはずがない。
他にも、狐に酒を飲ませるのが「王子の狐」。「墓見酒」をするのが安兵衛狐。
柳陰をごちそうしてもらうのが「青菜」。
「長屋の花見」「寄合酒」や「のめる」には、実は酒は出てこない。

お酒は楽しいもの。
だからこそ、これを断ち切りたいと願を掛ける人もいて、小噺になっている。
1年間の願を掛けたのに、友達に誘われて、「2年の願掛けにして1日おきに飲んだらどうだ」。
親子酒も、酒をやめようとしてやめられない噺。

さて極めて個人的な話だが、私でっち定吉、酒を断って2週間以上になる。
きっかけは、5月4日に痛飲し過ぎたこと。翌朝調子が悪い。
ただの二日酔いではなく、肝臓の調子が悪い気がする。
その後数日飲まなかった。ここまでは、日常ままあること。
今回は、せっかくだからちょっと肝臓をいたわろうと、意志を持ってもう数日飲まない。これにはやや、努力を要する。
そうしたら、1週間過ぎるぐらいから、なんと飲みたい気持ち自体が失せてしまった。
それからもう1週間。いまだに戸惑い続けながら、まったく飲んでいない。

休肝日とお昼のために買ってあるローアルコールビール(0.9%)まで、飲んでいない。
お酒を飲みたい気持ちに働く飲料だから、酒への意欲が薄れた以上、この出番すらないのだ。

「料理を作る」⇒「一杯やる」⇒「いい気持ち」⇒「寝る」⇒「翌朝ちょっとだけ残る」

というサイクル自体から、突然に抜け出してしまったのである。
人生を振り返ったとき、これはかなりの衝撃的事件。
若い頃、検査で出た数値が悪く、1か月断酒したことはあったが、この際は欲望に抗って。

酒を飲まないことは、肉体だけでなく、精神のほうにさらに大きな影響を与えている。
夜中になっても、シラフなので自分自身であり続けているわけだ。
いろいろ考えなきゃいけないことが多い中、正気を保っているので、夜ふけになってもいつまでも考え続けられる。
考え続けて、なかなか寝られない。前向きな考えごとは、実に快感だ。
よちよち歩きを始めた幼児が、歩けるのが嬉しくて仕方ないような。
さらに思わぬ効果があった。昔の嫌なことを思い出す回数がずいぶん減った気がする。
別に、泣き上戸の人がそうであるように、嫌な記憶と酒とが結び付き、飲むと思い出すなんていうことではない。私は家でも楽しい酒である。
だがアルコールによる変な起伏をなくしたことで、情緒が安定しているらしい。
アルコールは脳に直接取り込まれるもの。いい悪いはともかく、思わぬ脳への反動もあるのだ、きっと。
そしてもちろん、経済的にもいい。

そんな次第で、単にいっとき飲酒を中断しているのではない。
「酒を飲まないことの快感」を見出してしまったのである。もともと下戸の人には到達し得ない世界。

10年以上前、競馬をやめたときに似ている。
あとから振り返れば、実のところもう飽き飽きしていたのだが、あるときフッと気持ちがそれた。
ギャンブル依存症とはほど遠かったが、それでも中央・地方を股にかけるかなりヘビーなファンだった私。だがそれ以来、GⅠレースの勝ち馬すらピンと来なくなっている。

私はこのまま酒を飲まなくなってしまうのだろうか? 競馬のように、その可能性はある。
もっとも、文化としての酒を否定した覚えもない。
相変わらず月曜は、「吉田類の酒場放浪記」と「町中華で飲ろうぜ!」を視ている。シラフで視ているが、実に楽しい。
家内が隣で飲んでいても、まるで気にならない。

禁酒を誓ったわけではないので、おいしい料理とお酒のマリアージュを楽しみたい、そんな機会は近日中にまた来るだろう。
でもやっぱり、お酒への欲望が、依然として低いままなのだ。

三遊亭遊馬師はアル中になり、治療を受けていて、それをネタにしている。
私は依存症でもないしやめろとも言われていないのに、単にやめている。
世の中は実に不思議だ。

酒の話じゃないけども、眞子さまもある日突然「もういいや」って思う日が来るかもしれないよ。
できれば、籍を入れる前にそう思ったほうがいい。

親子酒/禁酒番屋

投稿日:
カテゴリー: 日記

作成者: でっち定吉

落語好きのライターです。 ご連絡の際は、ツイッターからメッセージをお願いいたします。 https://twitter.com/detchi_sada 落語関係の仕事もお受けします。