仲入り後は、やはり久々の三遊亭鳳志師。この師匠も楽しみ。
本格派だが、固くない。とてもしなやかな人だ。
形が綺麗で、語りが流麗。もっと売れてしかるべきと思う。
鳳志師の高座の最中、なんだか袖がザワザワしている。
想像なのだが、トリの好楽師が、弟子のとむさんに手伝ってもらい着替えている様子。
そこまではいいのだけど、なんだか電気シェーバーの音までしている。好楽師がヒゲあたってるのでしょうか。
以前、鳳志師の「試し酒」の最中、トリの萬橘師だったものか、当時あった後方の楽屋がザワザワしていて気の毒だったのを思い出す。
鳳志師に恨みでもあるんですかい。
途中までザワザワしていたそんな気の毒な環境の中、めげずにちゃんとやる鳳志師。
白髪頭のマクラを振る。
寄席に出かけると言って出かける旦那を、おかみさんの指令で追いかける定吉。悋気の独楽だ。
ごく普通の演出なのだが、とてもナチュラルで心地いい。
お妾さんは色っぽく(旦那への営業活動らしい)、定吉は生意気なのにいやらしさがかけらもない。
ちょっと生意気程度の定吉だが、お妾さんに挨拶するときだけ、低音で二枚目の声を出す。落語協会の古今亭菊志ん師がやりそうなワザ。
ここが大爆笑。
とっておきの狙ったギャグを入れても、鳳志師はまるで不自然さがない。なにごともなかったように、またナチュラルな高座に戻る。
定吉が妾にコマをもらうのは、おもちゃとしてではない。
家に戻り、自分で回してみて、お帰りと出れば旦那の合図で玄関を開けてやろうという配慮なのだ。こちらのほうが自然な流れ。
戻ってからおかみさんに失礼な口を平気で利く定吉は、やっぱり憎めない子供。
一度、鳳志師が主役の会を聴きにいかねばならない。そう思う。
トリの好楽師はいつものように深々とお辞儀をしてから高座に。
私はすっかりこの師匠の中毒になっている。恐らく現在の高座が、師の落語史の中で最も輝いていると思うのだ。見逃せない。
マクラがいつも楽しい。
マクラの面白い噺家は、しっかりオチを付いた話をするのが普通。好楽師は、そういった方法論ではない。
師の場合、落とすためでない話をずっと続けるのだが、これがどんな内容でも常に楽しい。
好きな人ならわかるでしょう。
そして、どうでもいい話と思いきや、実によく記憶に残る。実のところ、どうでもいい話だけど。
前座時代の楽屋の話。
当時、「よび」というものがあった。本来の顔付けの人が出られないときのために浅い時間に楽屋で待機している、ベテランの師匠たち。
実際に高座に上がることはほとんどなく、ワリだけもらって帰る。遅い時間まで楽屋にいて、自分を抜かしていった真打と顔を合わせるのも愉快じゃないし。
救済策みたいなもの。
よびの師匠で、春楽(しゅんらく)という人がいた。声色を掛ける人。
先々代の猿翁など、当時すでに客が聴いてわからない人の声色が得意だったそうな。
後で調べたら、四代目「柳亭春楽」という人。色物として高座を務めていたが、噺家であったようだ。
この師匠のことが、前座たちは大好き。常に上機嫌で楽しい人なのだ。
片や、古今亭甚語楼という人がいた。この人はのべつ小言を言うので嫌われていた。
甚語楼が小言を言って楽屋を出ていったある日、春楽師匠は「斬られ甚五郎だよ」と洒落を言う。嫌われということか。大喜びの前座たち。
いつも楽しい春楽師匠が、あるときとてもシュンとしている。好楽師がどうしたのかと訊いてみると、「金魚が死んだんだ」。
なんだか寄席芸人伝に出てきそうな実際のエピソード。
かつて巣鴨の一部であり、住居表示変更で池袋の一部になった(上池袋か)生家の話。
警視庁の警部であったお父さんが亡くなったとき、好楽師もその場にいた。
釘を打っていたお父さんが、体調悪いから寝るわと言って布団に入ったとたん、大量の鼻血。脳溢血だった。
大黒柱を喪った、5男3女の大家族。好楽師も小学生の頃から朝日新聞を配って歩く。地蔵通りまで配っていた。今思えばずいぶん遠くまで配達していたものだと。
そのおかげで丈夫に育ったと語る好楽師。
家には、子供の友だちがたくさんやってきた。ご飯についてはどんどん勧めるお母さん。