一昨日は雨の中、神田連雀亭に行って立川笑二さんを聴いてきた。演目は季節外れの「花見の仇討」。
関東はまだ梅雨入りしていないのですね。ちょっと驚きだ。
宣言があろうがなかろうが、私はすでに、早い梅雨だと思って生活しているけど。
私は梅雨は決して嫌いではない。そして雨でも、割と平気で出かける。
屋外で落語を聴くわけじゃないし。
暑いのよりはいい。
梅雨は世間において嫌がられているが、冷静に考えるとこれはおかしい。
「ああ、やっと梅雨が明けた」というのもやはりおかしい。
6月に雨がなかったとしたら、どれだけ暑いか。どれだけ紫外線が強く、肌が痛いか。
かつて空梅雨の際に、これを痛感したものだ。雨が降らないので楽ということは、実はまるでない。
それ以来、梅雨とは、我々を過酷な気候から守ってくれている優しいフィルターだと理解している。
せっかくなので、梅雨の季節の落語があったかどうか、考えてみる。
すぐに思い浮かぶのは「笠碁」。
しとしと降り続く雨の描写があるのは、確かにこの噺ぐらいだろう。
先代小さんによると梅雨ではなく、被り笠ひとつで済ませられるぐらいの雨、つまり秋雨らしい。
とはいえ、梅雨の季節にも確かに掛かる。客の気持ちにはぴったり来る人情噺。
寄席では、トリよりも仲入り向きの噺のようだ。外が雨のとき狙って出す人もいる。
だが雨の季節の噺、他にある? 単に雨が出てくる噺を含めても。
圓朝ものは別にして、あまりない。雨が降ってくるシーンがある噺自体珍しい。道灌ぐらい。
金明竹では、雨はさして描写されず、そしてすぐに止む。
よく考えたら、軒先借りないと過ごせないぐらいの雨の直後。出かける旦那は傘持って出そうなもんだが。
いかに、とってつけた雨なのかということだ。
意味のある雨を探すと、中村仲蔵。妙見様に願を掛けた仲蔵、直後にそば屋で雨に降られた浪人を見かけ、定九郎のヒントを得る。
梅雨というか、じめじめした季節に出る噺はある。
「ちりとてちん」だ。これはこれから寄席で取り合いになる噺。
それからたまに「酢豆腐」。こちらはだいぶ少ない。
いずれも、豆腐を腐らせる噺である。
湿気の多い時季にモノが腐るというちょっとした恐怖を背景にしているので、梅雨の季節には向いている。
あと、この時季なにが出るだろう。
記憶を探ってみると、なぜか釣りの噺が思い浮かんだ。
「野ざらし」であるとか、珍品「唖の釣り」。
梅雨と釣り、関係ある? しかし自分のブログを調べてみると、本当にどちらも6月に聴いていたのであった。
なんとなく、雨の季節っぽいのであろうか。水気のある噺は6月向きみたい。
確かに、いよいよ暑い時期になると釣りという感じでもなくなる。この時季がちょうどふさわしいのだろう。
鰻は梅雨の水を飲んで旨くなる。いや、ウナギじゃなくて鱧(ハモ)か。
でもまあ、ウナギもおいしくなるでしょう。
「鰻屋」「鰻の幇間」はこの時季がよさそう。
後生鰻とかも。
水気のある噺は、釣りと同様、出しやすい気がする。
「岸柳島」には泳ぎのシーンがある。当然、春ではない。
きっとこの時季でしょう。
あとは「青菜」もこの時季か。なんとなくだが、梅雨の晴れ間のような気がする。
枝豆食べる「馬のす」であるとか。
梅雨だけではネタが切れた。
夏の噺もこれからどんどん出ていくので、拾い上げてみる。
実際先月、かなり早いが小遊三師の「船徳」を聴いた。
災難には遭うが、実に涼しげ。水の中を歩かされて「冷てえ」と叫ぶ男は気持ちよさそうだった。
川遊びの噺はどうだろう。といっても、「汲みたて」ぐらいしかない。
架空の舟遊びが出てくるのが、「あくび指南」。
上方では「船弁慶」がある。
兵庫舟とか、小倉船とか、上方の船の噺も夏向きでしょう。
お祭りの噺も、梅雨明け間近の頃から出していくといいかもしれない。
「たがや」なんてスカッとするかも。
大ネタでは「佃祭り」。これは実際、夏の祭り。
入船亭扇辰師の「麻のれん」なんて季節もの。頑固な江戸っ子按摩の楽しい噺。
「お菊の皿」はいよいよ夏になるとよく出る。今の時季は、まだ早いか。
「不動坊」「お化け長屋」「化け物使い」など、みんなそうだと思う。
「ろくろ首」はまったく聴かない。
巡り合わせだと思うのだが、最近やたら聴くのが「臆病源兵衛」だ。
新作も出る。林家彦いち師の「熱血!怪談部」。
柳家喬太郎師の「路地裏の怪談」だと秋口になりそうだが。
なんだか列挙していたら、これから掛かるであろう噺が、妙に楽しみになってきました。