噺家の育成を夢想する(下)

さて、ここまでの前半生、無数の組み合わせが考えられうる中、ようやく26歳ぐらいで入門することにする。
現代では、決して遅いほうではない。
どこに入門するかは一生を決める重要な問題だ。
どの師匠についたら、落語の基礎が学べるかを考えなければならない。
技術的な問題より、「芸人としての了見」を見せてくれる師匠に付きたい。

売れっ子か、あるいは地味でも古典落語の評価が確立している師匠か、どちらかがいい。
売れっ子の弟子は、自然と売れることが多い。
売れる理由は師匠が口を利いてくれることより、売れる環境をリアルに体験できるのが大きいと思っている。
他方、地味な師匠でも、噺にこだわりを持っている人はいい。

「優しい師匠」か「厳しい師匠」かという二択もある。
これはもう、明確に正解が出ている。ムダに厳しい師匠につくと、驚くほど伸びません。
厳しい修業に耐えたほうが一流になる? そう思っているのは、了見の狂った当の師匠、ただひとり。
その厳しい師匠は、自分自身もかつてツラい修業をしてきたのか。多くの場合、そうでない。
つまり、厳しい人は無意味に厳しいので、マイナスが大きすぎる。
甘やかしてもらえるぐらいのほうが、絶対に伸びる。

師匠というもの、自分の師匠との師弟関係ではなくて、自身の親子関係を弟子との間に反映させてしまうように思う。
自分の父親と関係がよくなかった師匠は、弟子に適度な距離で接することができない可能性が高い。これは私の仮説。
弟子に対して、厳しい親父になってしまう師匠についてはいけない。
弟子の側の、実親子関係も重要だ。父性の欠落を師匠に求めた結果うまくハマる場合もあるが、破綻するケースはしばしばこういう部分に遠因があると思う。

所属団体も考えておこう。
立川流は、もはや危険水域に思う。弟子がまっとうに育つ環境にはない。
円楽党は寄席修業もちゃんとできるし、いいでしょう。ただし、いずれ芸協に吸収されるかも。
落語協会か芸術協会かは、それほど決定的な問題ではない。

入門のきっかけは、「寄席で待ち伏せ」が普通。ただそれより、師匠の会に通い倒してみてはどうか。
師匠が、あのアンちゃんそろそろ弟子に来るんじゃないかと、勝手にその気になっているほうがきっとスムーズ。
さらに、将来の兄弟子や姉弟子の会にも通っておこう。
師弟関係は疑似親子。そして疑似兄弟もいる。家族関係を構築できるほうがいい。

噺家の数がやたら多い昨今、前座になるまでも年数がかかる。
だが焦る必要はない。むしろ、見習い時代に太鼓を初め、習えることをマスターしておくといいのでは。
笛を始めておくのもいい。笛ができると、披露目で引っ張りだこだったりして、食えない二ツ目時代をスムーズに乗り切れるのだ。

前座時代をどう過ごすかが、もっともポイントになる。
とにかく無になることを覚える。それまで勉強して肥大化してきたプライドを、逆に殺すこと。
単に我慢するのではない。噺家にとって将来の傷になる、ムダなプライドを殺すことを覚えるべき。
そうやって気働きをしていれば、自分の師匠以外からも声がかかり、全国あちこちに連れていってもらえる。寄席だけでは学べない視野の広さを学ぶ。
敵はとことん作らない。自我を出さず、落語界の大きな歯車のひとつだと認識する。
落語とお笑い芸人と、もっとも異なるのがここ。前へ前へ出ようとしないことで、将来売れる可能性が高まる。

前座のうちは、落語は教わった通りにやる。
といって、セリフを丸暗記するような覚え方ではいけない。登場人物の了見と、気持ちの変遷を覚える。セリフまわしはなんでもいい。
ただし勝手にクスグリを追加するのはダメ。作法としての問題もあるが、そもそも前座のギャグなんか面白いわけないのだ。
まずは、脈々と受け継がれてきた古典落語の流れに身を浸すことに注力する。
落語の芯を見抜くことで、本数も覚えられるだろう。
ここで、子供の頃から落語を聴いていたアドバンテージが、じわり出てくるのだ。

創意工夫はNGではない。できるだけさりげなく、客が気づかない程度にどんどんやっていい。
ただ工夫は「引き算」から始めるのがいい。足していくのではなく、どんどん抜いていく。クスグリを抜き、展開も抜く。
どんどん刈り込んだ結果一席の時間が短くなってしまったら、古い定番マクラでも入れればよかろう。
客は、クスグリのムダ打ちで白けることがなく、「あれ、この前座さんテンポがいいね」と褒めてくれる。
ここでたぶん、将来のすべてが決まる。

二ツ目が見えてくるころ、新作も書いてみるといい。
将来やりたいのが古典落語だとしても、自分で書く経験は、創作力につながるのだ。
噺家たるもの、古典派でも創作力は必要不可欠。

最終目標は、「寄席にいつも出ている噺家」である。
ここに入れば、噺家として成功と言っていい。
その先もまだまだ、年寄りになっても新たな可能性があるのが落語のいいところ。

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作成者: でっち定吉

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