三遊亭白鳥「死神ちゃん」

米津玄師のおかげで古典落語「死神」が一躍ブレイクである。
あやかって(頭に乗って)死神関連を私もひとつ書こうかなと。
安易だね。

コロナで閉塞感漂う現代社会に、死神はぴったりな気がしますよ。
主人公が死んでしまう珍しい落語だが、聴き手にカタルシスが起きるわけである。
とはいえ死神、決してそんなに数を聴いていない。初心者でも知ってる演目なのに、大ネタなんてそんなものだ。
当ブログを検索しても、実際聴いた高座で出てくるのは、好の助師と緑君さんぐらい。
つい先日、「死神その後」という、死神の後日談を柳家花いちさんから聴いた。これはバカ新作。
志ん五師の「トイレの死神」という、やはり楽しいバカ落語は聴いたが、これは別に死神ではない。

テレビ録画から取り上げるなら、浅草お茶の間寄席でやっていた喬太郎師のものなど実にいいのだが、もう少し異色作を。
三遊亭白鳥師の「死神ちゃん」を取り上げます。同じく浅草お茶の間寄席。2019年放映の、主任の芝居。
白鳥師の新作落語集「砂漠のバー止まり木」では、「死神」というタイトルで巻末を飾っている作品。
その後本家と区別するためだろう、死神ちゃんになったらしい。
死神といえば、三遊亭圓生。
そして白鳥師は、何を隠そう圓生の孫弟子なのであった。

死神のパロディであるが、表面的になぞったような薄っぺらい作品ではない。
死神の見事なガワに、無数のテーマを詰め込んだ傑作である。
テーマといっても、教訓までは感じない。だが、スルーして構わない素材の深みが、噺の完成度を高めている。
楽しいクスグリと突飛な展開に溢れた噺の芯に、社会の矛盾がひそかに隠れている。
客も意識しないようなレベルで、噺が薄っぺらくならないのだ。こういうところに師の創作の秘訣が隠れている。

元医者の主人公が、太った死神に特殊なメガネをもらい、病人にとりつく死神を追い払って金儲けをする。そんな噺だが、意外なぐらいにストーリーはオリジナリティに溢れている。
そして、「砂漠のバー止まり木」に掲載されているものと、クスグリが相当に違う。常に噺を動かし続ける白鳥師。
こんな設定。

  • 主人公は医療ミスの責任をひとりで取らされた医者
  • 美人の妻に贅沢をさせ続けなければならない
  • 妻は貧しい漁村で子供の頃からタコを獲っていた、通称「クレクレタコラ」(伏線)
  • 妻の価値観は「カネこそすべて」

白鳥師、冒頭で語っている。
古典落語の死神もいいのだが、人が死んでしまう噺は、お客さんに楽しく帰ってもらいづらいだろうと。
だから作り替えて、エンディングが明るい楽しい作品にしたのだ。だが、ある団体からクレームが入って10年ぐらい封印していたそうで。
本当かどうか? 噺が進んでクレーム元が判明するところによると、バチカンらしい。落語ごときにクレームつけるような、了見の狭い教派なんて信じられないが。
もっともウソツキ白鳥師とはいえ、なにもないところから実際の団体の悪口なんか言わないだろう。世の中にはシャレのわからない人がいるということで。

トリの芝居。「待ってました」という声も飛ぶ。だが師は、涼しい顔で「三遊亭白鳥を始めて観る人?」と手を上げさせる。
「はい、半分ぐらいの人が初めて観るんですね。残念でした。古典落語しませんので」
そして「今日は死神ちゃんをやります」と言い終わるかどうかの前に白鳥マニアから大きな拍手。「後悔しますよ」。

噺が進み、太った坊主頭の死神ちゃんを見た主人公、「桃月庵白酒師匠ですか」。
バカ受けなのだが、そこでも登場人物のセリフで「今日のお客さんは誰も知らないよ」。
もちろん白酒師を知ってる客は大喜びだし、本当に知らない客も、取り残されなくて済む。
こういうところがとても上手い。師は高座の上からお客を自由自在に操っているのだ。

強欲な妻は古典落語のおかみさんのように口がよくまわり、そして死神ちゃんは与太郎のごとくぽつぽつ喋る。
師の新作の語り口は、古典落語ともシームレス。
こんなところに師の、並々ならぬ落語の実力も感じるわけだ。

米津も引用している「あじゃらかもくれんてけれっつのぱ」だが、死神ちゃんは、そんなセリフ、圓生が踊りの文句からアドリブで作っただけだよと言う。
それを後進がありがたがって使いまわしてと皮肉な視線。まあ、それはそのとおり。
死神ちゃんが教えてくれる呪文は、「ミーちゃんケイちゃん叶姉妹、おっぱいぷるぷる見ちゃいや~ん」。

「生き返らせたら100万円」という看板を出したが、本家と同様、やがて足元にいる死神ばかりが現れる。
このことにちゃんと理由を付けているのが面白い。死神を次々追い払ってしまったので、リスク管理のために確実な患者に取りつくようになったのだそうだ。
古典落語に説明が入ると得てして邪魔なのだが、白鳥師の目的は野暮な解説にはない。あくまでも客に違和感なくストーリーを飲み込ませるためである。

タコ獲り名人の妻の力を使い、足元の死神を無事追い払う。
この患者が、前澤社長。命を助けてと頼みに来るのが剛力彩芽。

命のロウソクは出てくるが、噺はまだまだ終わらない。
主人公は死なないが、もっとひどい展開である。
白鳥師にクレームがついたという、キリスト教のくだりも出てくる。
まあ、ネタバレは野暮でしょう。今日はこんな噺がありますよというところで、ちょうど時間となりました。

 

米津玄師「死神」収録

作成者: でっち定吉

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