春風亭百栄「フェルナンド」

オリンピックを巡るいろいろをひそかに嘆きつつ、スポーツ落語を一席取り上げることにします。
緊急事態宣言発動らしいが、もう寄席を閉めようとする政治家などいるまい。

またしても浅草お茶の間寄席から。
毎週増えるので、整理に非常に困っている。
なかなか、高座のデキのよさで判断し残すということはできない。結局は演者で判断し、好きな人のものは取っておく。
嫌いな人のは消す。
だが、ボーダーライン上の人が結構多く、いつも悩んでしまう。

春風亭百栄師の高座は、基本的に必ず取っておく。いや、小噺だけで降りた高座だけは消したが。
2017年の放映。マクラで、「オリンピックまで1,000日を切りまして」なんて喋っている、そんな懐かしい時代。
24分のトリの高座で、演目は「フェルナンド」。
多くの番組や配信で楽しい新作を掛ける師だが、フェルナンドを聴いたのは、この一度だけ。
やってないわけではないらしいのだが。

日本一汚らしい百栄だという挨拶から、寄席に来る客の平均寿命など、定番マクラを8分(長い!)。
今なら春風亭検索マクラなのだが、この時代はまだ導入していなかった。
それから、サッカー王国静岡出身の師が、この競技についてさらっと語る。オフサイドがわかりにくいこととか。
これが2分。
レフェリーは大変だと振って、冒頭10分付近からようやく本題である。

「フェルナンド」の舞台は競技場。欧州のどこかの一部リーグの試合中。
試合中に、ゲーム進行をほったらかしていつまでも会話をしている。
登場人物は3人。

  • 欧州を代表する点取り王、フェルナンド
  • 威厳に満ちたレフェリー
  • フェルナンドの同僚で、審判に逆らいたくないガルシア

この3人が、吹替映画のような口調でもってやりあうだけの噺。
特に気弱なガルシアが最高。「レフェリーの旦那」と媚びを売る。
3人の会話の中、フェルナンドの美人の奥さん、シモネッタの浮気が語られたりする。

主審がオフサイドを宣告するので、抗議をするフェルナンド。すばらしいゴールを決めたというのに。
「あんたのまみえの下に光ってるのはなんだ。目か。役に立たない目だったら繰り抜いて銀紙でも貼っときやがれ」とフェルナンド。
主審はイエローカードを提示するが、それでも負けないフェルナンド。
さらに審判、レッドカードをはじめ、次々にフェルナンドたちの聞いたことのない処分を出していく。
ピンクカードとか、Tポイントカードを提示するのだ。

怒るフェルナンド、次々と重い処分を出す主審、なんとかフェルナンドをなだめて審判を丸め込みたいガルシアの3人が、楽しいやり取りを最後まで続けるのだ。

噺を楽しむのに、サッカーの知識などまったく不要。
そして、カネは持っているし奥さんは元モデルだが、生まれが野卑な南米系サッカー選手に対する、世間の偏見をさりげなく噺に加えていく。
そして威厳のある主審(もちろん欧州の人間)もまた、偏見丸出しの男。
尻の軽いあばずれ女のシモネッタと結婚したのが間違いだと、フェルナンドに言い放つ。

日本人ホテルマンへの侮辱をした、バルセロナのサッカー選手が世界中で話題になったばかり。
まあ、サッカー好きかどうかにかかわらず、怒る前にまず、あんなもんだろうと感じた人も多いのでは。
偏見に怒ることはもちろん大事だが、でもシャレのほうが楽しい。

バカ落語の「フェルナンド」。われわれ日本人と無縁の噺かと思うと、いきなり攻撃が飛んでくる。
相変わらず傲慢で冷静な主審は、悪態をやめないフェルナンドに向かって、君はJリーグ(欧州選手が最晩年を迎えるリーグ)に行ったほうがいいだろうと言い放つ。
偏見を丸出しにした会話は、しかし落語の客にたまらなく楽しい。
傲慢なプロ野球選手を扱った「ホームランの約束」もそうだった。冷静に考えればむかっ腹の立つ状況や人物すら、関係性次第で人は楽しむことができるのだ。
セリフ回しが少々特異な落語だが、しかし本質的な部分で、落語の芯をしっかり持っている。
登場人物が時として啖呵の切れる江戸っ子であったり、与太郎であったり、人のいい甚兵衛さんであったりするのだ。

古典落語もちゃんと織り込んでいるのが百栄師らしい。
銀紙貼っとけのくだりは抜け雀だが、「小言幸兵衛」の豆腐屋のくだりも、さりげなく出てくる。
セリフ回しだけでなく、「偏見を楽しむ」というのも小言幸兵衛由来かもしれない。

バカ落語だが、最後はハッピーエンドで締めるのだった。
誰も、主審に次々処分を下されるフェルナンドが気の毒だとは思わないのだけど、でも落語の作法として。

作成者: でっち定吉

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