「生きづらい」を吹っ飛ばせ(ロッチのコント)

朝になったがブログのネタができていません。
なにか書きます。落語じゃないですが、周辺の演芸について。

ちなみに、現場に行けばすぐネタができる。
明日水曜日は巣鴨スタジオフォー(巣ごもり寄席)に、春風亭朝枝さんを聴きにいくのを楽しみにしていた。どうやら行けない。
まあ仕事にキリがついたら、鈴本の小ゑん師の芝居に行こうと思います。

HDDが満杯になりかけているので、日々整理をしている。
「笑点特大号」なども、古いものを視てからどんどん消す。
そうしたら、演芸コーナーにロッチが出ていた。
彼らはコント。
視たので、消した。すでに消してしまったネタだが、二度目のネタでもあるので頭に強く残っているこれを思い出しつつ。

中岡(もじゃメガネ)が店舗にトイレを借りにくる。腸が弱いらしいのだ。
トイレを使い終わって店員のコカドに、ここはなんのお店ですかと問う中岡。結婚相談所ですよとコカド。
そうですか、じゃ、入会しますと実に自然に語る中岡。

しょっちゅう腹を壊し、あちこちでトイレを借りている中岡、借りた際にはそのお店で必ずなにかを買うマイルールがあるらしい。
コンビニだったらガムを買うが、トイレを貸してくれないコンビニも多い。
マイルールに従って、トイレを借りた先がカーディーラーだったら、クルマすら買ってしまう。
そんなことだから、中岡はいつも大金を持ち歩いている。
困惑しつつも、入会させてなんぼの商売であることだし、入会要望に応じようとするコカド。
そうこうするうちに再度腹がおかしくなる中岡。再びトイレへ。
もう一度トイレを借りたので、コースをグレードアップしようとする中岡。

コントの世界を、極めて短い時間で端的に説明しきる、見事なネタ。
コカドの生活しているまともな世界に、突然異物である中岡が侵入してくる。
笑いにおける異物は通常、世界を混乱させるため「のみ」に存在している。誰のコントでも、ほぼそうで、それが悪いなんてことではない。
漫才だってそうだ。ナイツの漫才は、間違った語りを延々続ける塙を、土屋が優しく訂正して常識につなぎとめていこうとするもの。
笑いのためだけに存在するキャラが、期待通り世間の常識を裏切る。そこに笑いが生じる。
だが、異物というのはまともな世界から見てそう判断されるだけであり、異物である当人にしてみれば、まともな世界の中でどう生きていくかというルールがちゃんとある。
ロッチのコントはこの点に迫った点、見事なのだ。

中岡、コカドの問いかけに応じ自分のマイルールをぽつりぽつり語る。
語るうちに耐えかねて、一度だけ叫ぶ。「生きづらい!」。

トイレのたびに高額商品を買うというシュールなネタなのだが、シュールさを生み出す側の心情にも迫ってみせる。
もちろん客から見たら、変なマイルールを勝手に作っておいて、それに従ってカネを使ってしまう奴に、生きづらいとか言われてもなと思う。
でも、当人は必死。
中岡にしてみれば、「腸さえ悪くなかったらもっと生きやすいのに」ということなのだろう。

とにかく、この「生きづらい!」にいたく感銘を受けた次第。
生きていて、生きづらさを感じることは誰にでもあるだろう。それも、他人から見たら別段なんてことのない状況設定で。
そんな「生きづらさ」の自認を、ロッチは軽く吹き飛ばしてみせた。
生きづらさの正体は、実につまらないマイルールにあるのだ。
変わり者を単なる異物として終わらせないところが、ロッチの類まれなるセンス。
新作落語のヒントにもなりそう。

先日、コンビニのイートインでパソコン広げて仕事をしていた。コロナ禍なので断っておくと、ごく短時間である。
そうしたら、中年女の大きな声がして、思わず振り返る。なんで大きな声を出しているのかよくわからないが、ここまでは、世の中にはままある。
次が違う。
中年女が私のほうを向いて、「勉強しているのに大きな声を出してすみません」。
うわー、怖。あちらの世界がこちらに侵食してきた瞬間。
私は「無視」という策を選んだ。
中年女は「無視しないでよお」と泣き声。知るか。
「私このお店来れなくなったらどうしよう」。
その後なんだか知らないが、ひっくり返ってなおも大騒ぎ。
ここまでシュールになると、もはやコントとしては成立しない。ただ怖いだけだ。
だが、明らかに狂った中年女も、きっと生きづらいだろうなとは思った。

作成者: でっち定吉

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