宿屋仇の穴

落語の噺には、先日ご紹介した「禁酒番屋」のように隙なくできあがっているものもあれば、矛盾だらけで整合性の取れないものもたくさんある。
矛盾だらけの噺がつまらないかというと、さにあらず。矛盾など気にならないという場合が多いが、矛盾があってもそれを見つけて喜んだりもする。

先日、「宿屋仇」および「宿屋の仇討」を聴いていて矛盾を発見した。そのくらい、先刻承知だという向きもありましょうが。

大阪日本橋の紀州屋に草鞋を脱いだ侍。昨晩の宿がやかましく、静かな滞在を強くご希望。
そこにお伊勢参りからの帰り道、兵庫の三人組がやってきて侍の隣の部屋に入る。
三人組、さっそくどんちゃん騒ぎを始めるので、侍が手代を呼んで苦情。
侍と聞いていったんおとなしくするものの、またしても騒がしくなる三人組。
やっと静かになったと思いきや、ひとりが「実は色ごとの末、人をふたり殺して大金を持ち逃げした」と自慢げに打ち明け話をする。残りの二人も、怖がったりせず大喜び。
隣で一部始終を聴いていた侍。「ようやく妻の仇を見つけた。明日、出会い仇として切り殺す」と手代に伝える。
手代に話を聞き、青くなる三人組。実は嘘だというものの、侍は聞く耳を持たない。手代たちに縛り上げて震えて一夜をすごす。
翌朝、なにもなかったように悠々と出発支度を整える侍。怪訝そうな手代に、昨日の話は嘘だと言う侍。ああでも言わなければ夜通し寝られないから。

笑いとサスペンス、賑やかさに満ちた噺である。
いつも町人にひどい目に遭わされてばかりの侍が、復讐するのも面白い。

・矛盾その1
源兵衛・清八・喜六の三人組、宿屋に「わいら、しじゅう三人や」という。四十三人だと思った手代の伊八、残りの四十人がおっつけやってくると慌てて店の者に風呂と食事の支度を申しつける。
誤解だとわかるのだが、普段と違ってこんなときだけなぜか仕事の速い店の者。キャンセル指示が間に合わない。
だけど、その後侍の「万事世話九郎」が、隣がうるさいから部屋を変えてくれと言っているのに、伊八は満室で空き部屋がないと断っているのである。
40人を泊めるスペースがある前提で、団体だと張り切っていたのに間違いで、伊八は落胆しているのである。そのあとあっさり埋まるのもおかしくないか?

・矛盾その2
万事世話九郎が仇を討つと言うのを伊八から聞いて、慌てて人から聴いた話だと白状する源兵衛。
世話九郎の狂言だったのだが、世話九郎はどこから源兵衛のうそ話を聴いていたのだろう。
「源やんは色事師、色事師は源やん」と喜六が叫ぶのを隣で聴いて立腹したのはわかる。しかし、その前の源兵衛のひそひそ話、わざわざ壁に耳を当てて聴いていたの? ゆっくり寝たい人が?

まあ、いいのです。噺なんてご都合主義で作られているのだ。面白ければいい。そして宿屋仇は十分面白い。
噺の肝は、サゲや途中の相撲のくだりなどより、「源やんは色事師、色事師は源やん」に尽きると思う。
東京では、「源ちゃんは色事師、色事師の源ちゃん」になるけど、だいたい一緒。
落語というのは、噺家さんも「このセリフが言いたいがゆえに」一席の噺を手掛けるということが多いと聞く。
「宿屋仇」については、この節まわしがやりたくて掛けているのに違いない、と私は思っている。

上方と東京で、運び方だけでなく登場人物の名前が同じというのは実に珍しい。「喜六・清八」コンビが箱根を超えて登場するのはそうそうない。
上方でも、大坂でなく兵庫の人間として登場するので、おなじみの喜六清八とは同名の異人ということになるけど。

作成者: でっち定吉

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