鈴本演芸場6 その5(春風亭一之輔「代書屋」)

ヒザ前は春風亭一之輔師。
次の7月下席では昼のトリ。トリを取る人も、別のシーンでは主役を立てるヒザ前の仕事をする。これが東京の寄席というものだ。
寄席は集団芸であり、出番により仕事が違うことは、客も知っておかねば。
ヒザ前は実に難しいポジションであり、トリを務められない人には回ってこない。
一之輔師のヒザ前は初めて聴く。
若手でも、文菊師みたいな絶妙に枯れた人はよく入っているが、圧倒的人気の一之輔師にヒザ前は珍しめのポジション。
どういう仕事をするのだろうか。

ちなみにこの出番、同じ先代正蔵系の文蔵師と交互。
文蔵師のヒザ前はしばしばお目にかかる。派手なキャラの文蔵師だが、ヒザ前の際は決して、主役の妨げになる仕事はしない。
この芝居の初日は、例によって小ゑん師と「千早ふる」リレーを掛けたらしいがこれは例外だろう。
先代正蔵系でも、圓太郎師や彦いち師は、あまり気にせずヒザ前を務めあげる印象。実際にはいろいろ考えるのだろうが。
一之輔師の師匠である一朝師だと、文蔵師と同じく徹底的に主役を立てるスタイル。
で、一之輔師はどうだろう。
ヒザ前でなく、たとえ仲入りでも、主任を食わない、違うスタイルの落語をする印象を持っている。そこからすると、ヒザ前の適正は高いのだろうと想像。

オリンピックが始まろうという中、皆さんはスポーツにきっと一切の興味がないんですねと相変わらずのジャブから。
皆さんは政治的には反体制集団ですねなんて言ってた気がするが。まあ、らしい。
ネタ帳を読み込んでから出てくるんですが、それぞれどんな感じの一席だったのか、皆さんの反応がどうだったのかまでわかりますと一之輔師。
確かにネタ帳には、噺家たちの、どんな客なのかをよく観察したうえでの、戦いの歴史が記載されているわけである。
粗忽の釘を出した馬石師や、直前の駒治師などの戦いぶりについて、思うところがあるらしい。
楽屋の共通認識として、今日の客はやや難しめだということなのだろう。

この鈴本に行った翌日、金曜日の一之輔師のラジオ「あなたとハッピー」で、リスナーからのお叱りのおたよりが紹介されていた。
リスナーによると、「一之輔氏」(と書かれていたそうだ)の、メールを読む際の舌打ちなど、悪態をつく様子が不愉快で仕方ないということ。
改めてくださいという真剣な内容。
笑ってしまった。

ラジオパーソナリティ春風亭一之輔の大好きな私として当該リスナーに言いたいのは、「一之輔師は、志らくでも伯山でもない」ぐらいかな。
ともかく、一見偉そうに映る一之輔師は、偉そうな態度に至るまでに数回ねじれている。そんなところが面白い。
もっともアシスタントとの相性のよくない、日曜日のSunday Flickersのほうは私もめったに聴かなくなった。「あなたとハッピー」に苦言を発するリスナーの気持ち、わからなくもない。

昔は代書屋なんて人がいましてと、前フリ。
だいたい字の書けない人などが来るので、偉そうなんですよ。人を下に見てるんですね。
と振って、代書屋へ。この一席が翌日のラジオにつながって笑いが増幅した次第。
偉そうな姿を自覚してしっかり見せると、面白いのですよ。高座もラジオも。

代書屋は、もちろん権太楼師に教わったのだろう。
ABCラジオ「なみはや亭」で、トッコンションメンの朝鮮人のくだりの入る代書を聴いて感激したばかりだが、東京の代書屋はもともとアホの無筆のくだりだけ。

軽い噺だが、笑いも適度にあり実に楽しい。もっと控えめなヒザ前なのかと思っていたので、少々意外である。
ややこしい性格の一之輔師は、落語をひとひねりして描く。
噺によってはストレート主体の手法も持っているが、代書屋については打者の手元で動くタマを多投する。
字が読めず、社会常識のない男が履歴書を書いてもらうだけでも本来は大爆笑。だが、最初に偉そうな代書屋を打ち立てておき、二人の関係性から噺に迫る。
まずは、無筆の男がそうボケるかというのを、代書屋に予想させる。
客の多くだってこの噺はだいたい知っているわけで、予定調和を軽く裏切ることで思わぬインパクトが得られる。
次にアホ男に、「モノを知らない」と代書屋が馬鹿にされるという、逆転の構図。
もっとも「へりどめ」を知らなくたって恥でもなんでもないのだが、偉そうな代書屋が馬鹿にされるのはなかなか愉快。

アホ男の姓は「中村」。名は「吉右衛門」。父は「敦夫」、母は「メイコ」。

ちょっと変な空気が流れ込みかけた寄席を、一之輔師見事にリカバリー。
寄席はまさに集団芸。その見事な実践があった。

続きます。

 
 

作成者: でっち定吉

落語好きのライターです。 ご連絡の際は、ツイッターからメッセージをお願いいたします。 https://twitter.com/detchi_sada 落語関係の仕事もお受けします。