鈴本演芸場6 その6(柳家小ゑん「ほっとけない娘」)

ヒザは柳家小菊師匠。
一昨日書いた通り、にゃん金先生に対し過剰な拍手をしていた女性客が、小菊師匠にも拍手をし過ぎる。
これもまた、今日の客の楽しみには全然マッチしない。
毒舌の小菊姐さんは、都々逸への必要以上の拍手にちょっとうんざりしていた感じ。当の女性にだけは刺さらない毒を吐いていた記憶がある。
でもこれも、拍手を求めた駒治師に責任があるのかもしれないよ。

トリの一席については、変な空気もなく、大丈夫でした。
かつて同じ「ほっとけない娘」が、変な拍手で潰されたのを観ているのだが。

柳家小ゑん師のツイッターはいつも面白い。

寄席の最高峰、鈴本でたびたびトリが取れるようになったのが、感慨深い様子の小ゑん師。
私から見ても、ベテランになりさらに出世した印象がある。
今や新作落語が、寄席における欠かせない要素になっていることもよくわかる。新作は普遍性を獲得して久しく、特殊な楽しみでもなんでもない。
そして小ゑん師の新作からは、古典の空気が濃厚に流れてくるので、得した気がする。

だが私、大ファンの小ゑん師を2020年は一度も聴いていない。
黒門亭がずっとお休み(または10名予約制)だったからというのが大きい。
小ゑん師はオタク落語からメルヘン落語まで、さまざまなジャンルで満足させてくださる。そして古典落語の、柳家の芯を持っている。

今日の客席は美人ばかり、マスクの威力はすごいですねとツカミ。
昭和元禄落語心中からの落語ブームについて毒混じり。
あのマンガ(アニメから、ついにはドラマになった)で若い女性が勘違いして寄席に来るようになりましたが、あんなの嘘です。
寄席にいい男は出ません。あたしが平均よりちょっと上です。

これは「ほっとけない娘」だなと思う。
2019年にも「ハンダ付け」で40分の長講を聴いているので、別の噺のほうがよかったのは確か。まあいいさ。
師の代表作と言っていい名作で、むしろ喜ぶべきかもしれない。

四谷の坊主バーについて。これもまた、ほっとけない娘の前によく振られるマクラ。
いい男の坊主が接客してくれる。人気のカクテルは「極楽浄土」で、不人気が「無間地獄」。

「ほっとけない娘」は小ゑん師のオタク落語の最高峰と言っていい噺。
台本募集の入選作だが、自作のような作りこみ方。「女のオタク」を主人公にした、珍しい噺である。
女のオタクだって、普遍性を得られるのだ。
この日もフルバージョンだった。寄席のトリは40分もないから、マクラを少々省略している。

よく知っている噺だが、古典のイメージで聴けるので細部まで実に楽しい。ストーリーだけ追っかけるような作りではないのだ。
そして主人公のさゆりが出逢う、広目天や阿修羅、東大寺大仏などのリアリティが彩を添える。
見合い相手の大仏こと寺出悟は、大仏そっくりのフェイスで一般市民に拝まれることたびたび。帰国子女で、生まれはインド、ルンビニ。
仏像オタクで交際になど興味を示さなかった娘さゆりが、大仏に惹かれ鎌倉デートする。行き遅れを心配するお父さんもひと安心。

噺のハイライトは、デートから帰ってきた娘の語る、鎌倉のお寺の道中付けである。
江ノ電とロマンスカーの「シングルアーム」所作入り。鉄ネタの出ていないこの日も、意外と鉄分高めになるのだった。
お寺を88か所参って戻ってきたときにはふたりともくたくただったと、これは黄金餅のオマージュ。

そしてこの道中付けの終わりに、客席からお手本のような見事な中手が上がったのである。
演者から、反応が鈍いと思われていたこの日の客たちが、小ゑん師の言い立てに、場内一体となって感動を表したのだ。
もちろん、私自身の手を叩くタイミングだって自慢じゃないが絶妙だったと思う。だが、先の女性客のような、強い自我など微塵もない。
どこから始まったかわからないような、そして義務感からではない感動に満ちた見事な中手。
中手が来ないことに不満を述べていた駒治師に対しても、どうだと言いたい。
この日の客、実のところ初めから質が高かったのだ。寄席は集団芸だが、ひとりで来ている私のような客もまた集団だ。

小ゑん師も、柳家らしく中手を過剰に期待する人ではない。ワッと盛り上がったところですっと先を進め、まだ手を叩きたい客がそこで止める。
いい形だなあ。

終わってみれば、半日、実に楽しい寄席でした。
チームプレイのお手本が見られた。
落語会ももちろんいいですがね。寄席は本当に楽しい。

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作成者: でっち定吉

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