噺家のメンタルを鍛えよう(オリンピックに思う)

オリンピックかぶれのでっち定吉です。
オリンピックの記事ばかり書いて、ブログのアクセスが一瞬減ったのは事実だが、一日でV字回復しました。
ありがとうございます。
なんだ、オリンピックネタでもいいんだ。
でも今日は、落語にかこつけた記事を書きますよ。といって、オリンピックを貶めて政権批判をしたい、悪い立川流のネタなんかじゃありません。

昨夜の、卓球の混合ダブルス決勝には感動しました。水谷・美誠ペアは毎日観てしまいましたよ。
感じたのは、彼らのメンタルの異常な強さである。
中国ペアに2ゲーム先取されてから、3ゲーム取り返す日本ペア。いちいちうろたえないので、まずこれができた。
ここで、6ゲーム目を失い最終ゲームにもつれ込んだが、まるで動じない。
「6ゲームと7ゲーム、どちらかを取ればいい」と思っていたからだろう。そう想像する。
我々のようなチキンハートであれば、「次の6ゲームで決めないと、絶対7ゲーム取られちゃうよ」なんて思ってドツボにはまる。
しかし油断はせず、しかし最大限のパフォーマンスを発揮するのに十分なメンタル維持。
西武黄金時代の、3勝2敗で迎えた日本シリーズ第6戦を思い出した。
最後まで本当に楽しむ日本ペア。
卓球選手たちは、バラエティ番組など積極的にメディアに露出しているのもいいのだろう。実にしなやか。

そして柔道も毎日金メダルだが、観ていると全員、実に余裕がある。
王者の風格で立ち向かい、しかし決して油断しない闘い方。
自分の最も得意な勝ち方をゴールから逆算している。自分たちの強みが現れる体制に持ち込めるまでは、強いメンタルでじっと我慢する。
かつて金メダルを確実視されつつ、本番で見事に散っていった柔道王者がどれだけいたことか。それを思い出す。

いつから日本のアスリートは、メンタルがこんなに強くなったのだろう。
30年前の選手は、客が思う通りに緊張をし、わかりやすく自滅する、そんな人たちばかりだったのでは。
昔のオリンピックで何度「またか」という感想を持ったことか。むしろ、勝ったときこそ奇跡だった。
そしてメダルをしくじるたびに、無駄なプレッシャーを掛けたマスコミが責められるという茶番。責める側も同じ立ち位置だったくせに。

ゆとり教育がよかったのか、なんて思う。
私は、「ゆとり」「詰め込み」という極端な二択なら後者のほうがいいと思っている。
だが、なんにでも功罪はある。ゆとり教育にも、子供の自己肯定感を高めた「功」があったのかもしれないと思う。

とにかく、メンタル強靭な今の若者は頼もしい。ジジイたちの若い頃よりもずっといい。
自己肯定感は、高すぎると「俺様」になる。でも低すぎるよりはいい。
メンタル面に限界のある、ジジイたちが届かないレベルに、数の減った日本の若者たちは軽々と到達しようとしている。大谷翔平しかり。
幸い、スポーツ指導者から、次世代に悪影響を残すジジイたちはどんどん姿を消している。
メンタルのコーチングをするよりも、若者をマリオネットにすることに余念のなかった人たちが。
日大アメフト部もつまりこれだったのね。

ここで、落語界のことをいきなり連想した次第。
落語界は、いまだに「上が絶対」の世界。
実際には、このフレーズはギャグでもあり、だいぶ緩くなっているとは思う。
緩いというか、今や前座を人間扱いしないベテラン噺家なんていないと思う。そんな時代じゃないから。
とはいえ、古いスタイルがよしとされる落語界では、やはり「気働き」をして上の師匠に気に入られるのが出世の道。
気に入られると、全国の落語会に連れていってもらえ、視野が広がる。稽古もつけてもらいやすくなる。

なのだが、そんな世界だからか、あんまりメンタル強い若手がいない気がするのだ。
これは、ジジイがいつまでも現役で影響力を行使している、新陳代謝の働きづらい業界だからではないだろうか。政治界のような。
もっとも政治家とは違い、ジジイである噺家を私自身も大好きなため、単純な世代批判などはしづらいのだが。
両協会の会長は若返ったし。

先日、真打の近い人気の若手を観て、メンタルの弱さをつくづく感じたばかり。しかも2回続けて。
落語界に「自己肯定感を育てる」教育が果たしてあるだろうか?
残念ながら、日々若手潰しする師匠もたくさんいる業界。お前はダメだダメだと言い続けて、そして若者をダメにするダメ師匠が。
この代表が、弟子の半分をクビにした柳家小三治である。
悪影響だけ強い、古今亭志ん輔である。
弟子の数だけ誇りつつ、中身のまるで伴わない立川志らくもそう。
プレーヤーとしては大好きな当代三遊亭圓歌師も、ちょっと育成はまずいかも。
勘違いしたダメ師匠がいるうちは、落語界はダメ。

いっぽうで売り出し中の若手、春風亭朝枝さんのように、強靭なメンタルを持つ人も、いることはいる。
こういう噺家は、即物的にウケるかどうかには頓着しない。
自分自身がもっともパフォーマンスを発揮できるまで、客をガッチリ抑え込むことができる。
腰が据わっているので、やがて客のほうから身を乗り出してくる。そして、感動的な芸が高座の上に出現する。
この人は、一之輔師と同じく、自己肯定感を育てる一朝門下。

育成のせいだけにしていてもいけない。自分で育つことももちろん必要だ。
この点、格闘経験を持つ林家彦いち師のメンタルなど、見習いましょう。

作成者: でっち定吉

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