神田連雀亭ワンコイン寄席33(中・柳亭市若「初天神」)

続いて柳亭市若さん。前説からずっとテンション高い。
いやあ、親近感を覚えるお客さんたちですねだって。体形的に。
こんなことを言って嫌がられないのはすごい。

高座が終わってから、市若さんのツイッターを初めて見た。
二ツ目になっていろいろ活動しているのだ。
披露目に笛吹きとして入っていることを知ったばかりなのだが、今月も師匠・市馬の「猫忠」に笛を入れたそうで。
23日に1回目のワクチン接種をしたらしい。そして、大学ではそちらの方面を学んでいたのだと。

本人のマクラに戻ります。
市若さんは、オランダ生まれという珍しい人。前座時代は当然、自分の情報など喋らないからこんなことも知らなかった。
お父さんがなにをしていたかは知らないが、いいところの子なんでしょう。
師匠に入門しに行くとき、出身地を訊かれて「オランダです」と答えたら、「いい町じゃないか、五反田は」と言われたらしい。
帰国したら、日本語が通じるのが嬉しかったのだそうで。保育園の仲間は日本語を理解しなかったのに。

職質を受けた話。
お客さんの中に警察関係者はいませんか。いないですね。どちらかというと警察にお世話になりそうな方々ですねとまたジャブをかます。
職質で生まれを訊かれ、どう答えるか迷う市若さん。「オランダ生まれ」と答えたら、おまわりさんに「オランダ小噺」をせがまれるかもしれない。
迷って正直に答えたら、「はい、ビザ見せて」。噺家だって言ってるだろう、どう見ても日本人だよと。

小児は白き糸の如しと振って、初天神へ。
これが、ずいぶんと手を入れていて驚いた一席。
初天神は寄席のスタンダード。前座から真打まで好んで手掛ける。面白いものも無数にある一方、イマイチの高座もまた多い。
イマイチの初天神は、だいたい息子の金坊が紋切り形。
現実にいる子供でも、エキセントリックな子供でもない、魂の宿らない子供の造形もよく見かける。いかにも古典落語に出てくる子供なら、全然構わないのだけど。
展開やクスグリをちょっと工夫したところで、子供の造形が楽しくないと、噺も盛り上がらない。

市若さんはすごい。冒頭から、どこにも例のない金坊を描いていく。
子供の造形は、いったん裏返したとしてもなお、紋切り型になりがち。生意気な子供を裏返しても、似たような面が出てくるだけ。
だが市若さん、四次元の裏返し方。
そしてさらにすごいことに、「ひとり芝居」の素材として古典落語を下敷きにしている、そんなムードなのだ。
落語の普通の編集は、噺のどこを削って、どこを膨らましてというもの。だが市若さんは、自分のやりたいことにまっすぐ突き進む。
だから、原典について使いたいところだけピックアップする。

冒頭、親父に川に放り込むぞ、カッパに嚙まれるぞと脅される金坊。
あたい泳げるもん、カッパなんて空想のもんだと返すのが、普通の金坊。この造形を裏返すのは難しい。
カッパを手なずけるぐらい(一之輔師)までやって、ようやく裏返すのに成功する。
市若さんはどうするか。
まず、親父には逆らわない。
そして、学校でこの間「着衣泳」を習ったばかり。さあ、放り込んでくださいと。
カッパについては、カッパはとても優しい動物なんだ。子供を嚙んだりなんかするものかと本気で泣く。
なんでお前、カッパ目線なんだと親父。

こんなやり取りがずっと続く。すでに芝居である。
落語は下敷きになっている程度であり、芝居の終着点がどこにあるのか、実は客は知らない。
なので、毎度おなじみ初天神なのに思わぬスリリングさが漂う。

オリンピックマークを焼き印にした回転焼を割ってみたら、中は真っ黒だとか、社会風刺的なクスグリも若干入る。
綿アメとか、金坊が見つけるさまざまなアイテムには、ひとつずつすべて物語が詰まっている。

飴のくだりは省略。団子に集中する。
しかし、団子がなぜか色とりどり。飴のくだりを一部使いたかったらしい。こういうあたり、まさに下敷きだなと。
赤い団子が女の色だから嫌いというのは、LGBT的にアウトなんだそうだ。
結局白い団子を選ぶ金坊。SDGs的にこれを選ぶのだそうだ。わけわからないが。

東京の寄席ではあまり見ない、親父だけでなく金坊も「ポチャ」をやるくだりをハイライトにする。
ちょっと人と着眼点が違うのだが、でもしっかり面白い。

大満足のひとり芝居高座。
前回の外れの一席は、いったいなんだったのか。嬉しいですね。
市馬門下に現れた異端児だが、一番出世するかもしれない。

続きます。

 
 

作成者: でっち定吉

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