神田連雀亭ワンコイン寄席33(下・三遊亭鳳月「大山詣り」)

 

市若さんが下りた瞬間、入れ替わって瞬時に上がる三遊亭鳳月さん。ほうづき。
キャリア6年目。
元漫才師なのに、マクラで面白いことは言えない。だが、面白路線への未練などとうに捨て去り、本格派の芸道をまっすぐ志向している。
春風亭昇吉師に見習ってほしいものだ。
元暴走族らしいが、そんなキャリアをことさらに自慢したりしない。
瀧川鯉斗師に見習ってほしいものだ。
噺家とは、いかに自分のニンに合う世界を見つけるか。結局はそういうこと。

先ほどの市若さんについて。
ワンコイン寄席のメンバーは10時半に集合するのだが、市若さんはその時間からずっとテンションが高いのだと。
噺家にとっては、本来かなり早い時間なんだということだろう。
市若さん、会って早々あの調子なんです。ただし暑いので、汗をかいてくると、だんだんテンションが下がるんですね。
でも一花ねえさんが優しいので、これどうぞと、飴をあげるわけです。
そうすると糖分を補給して、またテンション上がるんです。
表裏のない、芸人の鑑ですねと鳳月さん。
ギャグは入ってないが、絶妙に楽しいマクラである。

早々に噺に入る。「さんげさんげ」「六根清浄」とくれば、大山詣り。
円楽党では、兼好師から聴いたことがあるが、鳳月さんの大山詣りは構成がまるで違うものだった。
鳳月さんはとにかく、強めの演技。
だが、クサいと言われそうな寸前で止めているのが落語らしい。実に自然に物語に没入できる。
噺の筋を追っているだけでも楽しい、貴重な資質。

冒頭から、知っている大山詣りとすでに違う。
主人公であるピカレスク・ヒーローの熊さんは、冒頭にはぼんやりとしか出てこない。
今年は熊さんは留守番してくれというくだりがない。先達が、毎年喧嘩がひどいので今年はやめるというのを、行きたい連中がみんなでなだめている。

お山は済んで、早々帰りの神奈川宿。ついに喧嘩が勃発。
ここからが鳳月さんの独自の味。
驚いたのだが、「いかにして、熊の頭をつるつるにするか」が噺の大きなテーマになっている。
かなり厚めにここを描く。
やっていることは、「よく切れるカミソリを用意」「酒で頭を湿す」という、典型的な流れではある。
さらに、頭を蚊に食われるよう蚊帳の外に出しておくシーンも見るところ。
だが、相当入念にここを描くところを見ると、リアルなつるつるを描く、その手法と過程を見せたかったのだろう。
「熊さんがお山で悪さをして、約束通りつるつるになりました。さて」という落語ではないのだ。
鳳月さん本人は髪の毛あり余るぐらいの人だが、それでもリアルなつるつるがそこに出現する。

熊さんのマゲを窓の外に放り投げるシーンは初めて聴いた気がする。引っ掛からないよう、遠くへ投げろと指示が出る。
蚊に食われて頭が膨れ上がるのを予想し、「ほうずきのお化けだ」「三遊亭の?」だって。
全体でも非常に珍しい、オリジナルギャグ。まあ、せっかくだから使いたくなるよね。
でも、「出しそうで出さない」ほうが、さらに面白いんじゃないかなんてちょっと思った。

熊さん、起きてしばらく、つるつるになっているのに気づかない。
女中にお坊さん扱いされ、なに言ってると頭に手をやって、初めて坊主にされたのに気づくくだりはとても楽しい。
熊さん、この時点でもなお、どこかでみんな見て笑ってやがるなと言っている。「お立ちになりました」でさらなるショック。

大山詣りは、最初から話の筋を追っている客まで騙してしまう、大変高度な噺であり、演者のウデがいる。
鳳月さんの演技力強めの語り口は、ぴったり。
いち早く長屋に帰った熊さん、迫真の語りで、架空の水難事故を語り尽くす。
客の脳裏に、架空のストーリーがそっくりしまい込まれる。そして、ひとりだけ生き残り、懺悔のため坊主になった熊さんが、ピタッと話にシンクロする。
いよいよ坊主頭をご開帳の際、ここまでやったのだから本物だ、と客まで思ってしまうではないか。
落語という、人を騙す話術の見事な構造がそこにある。

鳳月さんのリアリティある語りがすばらしかったので、今回改めて、大山詣りのルートを調べてしまった。
現代人は、小田急線沿いの厚木街道経由で行くのかななどと思ってしまうが、神奈川宿を経由しているところを見てもわかる通り、東海道経由である。
藤沢の四ツ谷でもって東海道から逸れるのだ。初めて知った。
なるほど、帰り道金沢八景に寄ろうと思うと、実に寄りやすい経路である。

というわけで今回のワンコインは、3人ともに楽しませていただきました。
大満足。

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作成者: でっち定吉

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