柳家喬太郎「禁酒番屋」

落語に行きたいが、9月に入って行きたいところがいろいろあるので、じっと我慢の子。
最近続けて落語研究会の録画が取れた。揃っていい内容。
今日はこの中からまず、柳家喬太郎師の禁酒番屋を取り上げます。
まだ客が入っていた頃の収録。とはいえ、NHK日本の話芸(紙入れ)と同様、冒頭に「農耕接触」小噺が入っているので、それほど古いものではないはず。
今年2回高座で実際に拝見した喬太郎師と違い、咳が多かったのだけ気になる。
数年前は、保存しているどの高座も咳まみれ。最近はよくなっていたようだが。
こんな世の中ですので、特にお気をつけください。それしか言えない。
常識人である師は、ワクチン打ってると思うけど。基礎疾患ありの喫煙者。

さん喬師は、「喬太郎は古典落語をやっていたいのだ」なんて言うけど、私もしばしばそう思う。
別に新作をやめて欲しくはない。だが喬太郎師の血肉には、古今東西の落語が詰まっているのだから、定期的に出してやらないと。
喬太郎師も年々ますます、古典への傾倒が強くなっているはず。だからこそ新作もやるというか。

咳は気になるものの、いい一席。
ただし、強烈にユニークな内容というわけでもない。以下、細かい部分にも触れているが、そのあたりをことさらに楽しむ噺でもない。
一見普通。スタンダード落語だが、じわじわと来るのです。
師にとっても、「古典落語を普通にやってみたい」という願望の、その結果なのではないかと。
番屋の番人は、酔っぱらってぐずぐずになってもちゃんと威厳を保ったままであったりするあたり、先人の枠組みは決して崩さない。
先人へのリスペクト部分と、じわじわ表面に浮かんでくる喬太郎師の強烈な(目立たない)個性が二重写しになり、感動する。
カステラを買ってきて、これは店でおいしくいただくというさりげない描写もまた、先人リスペクトっぽい。高級菓子だったわけだから。

禁酒番屋もさまざまな一門で掛けられるが、もともと柳家の噺。三代目小さんが上方から持ってきたのだそうで。
喬太郎師にも、先人へのリスペクトが詰まっている。はずだ。
「あのここな、偽りものめ」なんてのは別のセリフだっていいはずだが、たぶん、口に出したいのだろう。

喬太郎師の落語は、古典も新作も、登場人物ひとりひとりが立っている。
禁酒番屋の場合、酒屋の若い衆たちは古典落語らしく個性を描き分けられないものの、その中身である劇団員自体は極めて個性的だ。
古典落語だから、キャラを立たせない演技にしているだけで、中身は実にユニーク。
控えめの演技でも、そのユニークさは自然漏れてくる。
師は古典落語を古典落語として最大限に活かすため、落語の外から芝居の技法を持ってくる。
声も、既存の古典にないものを使う。小便を口にしそうになった役人の不思議な唸り声であるとか。
古典落語を活かす技法なので、違和感はない。

酒を求めに来る近藤さまもすごい人。
店の人間から見て、決して悪い人ではないらしい。むしろ、この人のためになんとかしてやりたいと思うようだ。
だが近藤さま、実にもってめちゃくちゃだ。
なんとか酒を屋敷に持ち込んで欲しいと頼むのだが、「そうか、お主も悪よの」と、勝手に番頭にうんと言わせている。
番頭の「あたしなにも言ってないんですけどね」が、ジワジワ来る。
落語のお約束である「相手の返事も含めたセリフ回し」を、さりげなく裏返すメタ的セリフ。喬太郎師にしてできること。

私のバイブル、当ブログでも繰り返し取り上げている「五代目小さん芸語録」でも、禁酒番屋は大きく筆を割かれている。
こちらで書かれている「小便を一度(許して)返してやる」演出など、実際に本の語り手の柳家小里ん師から聴いて感激したものだ。
著者の石井徹也師は、若手の禁酒番屋はストーリーに縛られていると苦言を呈す。侍が酔っていく過程を楽しむ噺になっていないのだと。
繰り返し聴く古典落語、予定調和になっちゃったら価値がない。
この点、喬太郎師の役人はお見事。最初は実に怖い。まずこれは、できる人にしかできない。
「水カステラ」を調べてにやりとする、一瞬の顔。だが、ウケのためのウケなど狙わない。
さらに水カステラを味わい、本当に感激して味わっている様子。そして「カステラかもしれん」。
思わずの役得が転がり込んできた役人を、丁寧に描写するだけで、実に楽しい。
「水カステラ」から「油」へ、明確に一段階酔っている。
そして小便のくだりではいよいよでき上がっている。
だが、この人たちは決して下卑ていない。どこまで行っても、役目を忘れてはいないのだ。たぶん。

繰り返して5~6回聴いてしまった。それでもなお面白い。
聴けば聴くほどなにか出てくる。目立たない「油屋」のくだりの、キレのよさであるとか。

作成者: でっち定吉

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