反ワクチン噺家、コロナに斃れる

50代、働き盛りで亡くなれば気の毒の限り。これがごく普通の感想。
ワクチンが間に合っていれば・・・ならばなおさら。
いっぽう、ワクチンを拒否する人もいる。
自由意思の結果、苦しみ抜いて亡くなる。やむを得ない。
ここまでが一般論。

しかし反ワクチン言説をSNSで垂れ流し続け、そして感染し、基礎疾患である痛風を原因に急速に悪化し、亡くなった噺家をどう評すればいいのか。
ワクチンを打つ世間の連中を馬鹿にし。
ワクチンなんか打ったら遺伝子が組み替えられると主張し。
イベルメクチン(寄生虫の駆除薬)さえあればいいと。
自分が旅立つだけでなく、家族も感染させ。どちらが先かはどうでもいい。

三遊亭多歌介。
格別有名な噺家ではない。
兄弟子・当代圓歌師のマクラ漫談で知られている程度。
バーコード頭に振った魔法の黒い粉をドライヤーで固めようとした、まさにその矢先に、計画停電で電気が止まる。
やむを得ずそのまま寄席に行き、高座で頭から黒い汗を流してお客さんをドン引きさせる。
あるいはいよいよ旅立とうとする師匠・先代圓歌に向かい弟子たちが、「もうすぐ多歌介が来ますよ。師匠の十八番の『浪曲社長』を語ると言ってましたよ」。その途端心電図がストーン。

その当代圓歌師の襲名を観に国立演芸場に行った際、多歌介師は口上の司会を務めていた。
当代を「よんだいめ」と紹介し、歌武蔵師に「よだいめ」だと訂正されてた。
落語のほうは、「浪曲社長」だった。

亡くなる直前に寄席に出ていたというので話題になっているが、本来、寄席にはほとんど出ない芸人。
全国を講演で飛び回っていたというのは、先の披露目の席でも語っていた。
コロナで講演会の大部分は飛んだだろうからコロナが憎いのが普通のはず。
しかしいったいどういう思考回路を経るのか、コロナよりワクチンを憎み、たかがコロナごときで大騒ぎする世間を憎む。

実際問題、世間に影響力などさしてあった人ではない。
この人のおかげで反ワクチンに転向した被害者が、さほどいたとも思わない。
ただ、言説を振り返ると、影響力を持ちたかったらしいのは確か。
噺家として、なんと、なんと醜い態度であろうか。
亡くなったからといって、簡単に赦す気にはなれない。世間を誤った方向に扇動しようとした醜い噺家に、いったい何の価値がある?
世間の多くのワクチン反対派のように、亡くなる寸前に後悔する発言があったのならまだ救いだが、そんなニュースソースはない。

死ねば仏とは、「らくだ」など落語にもよく出てくるフレーズ。だが、簡単に仏扱いする気にならぬ。
死者を叩くな?
結果的には間違いだった思想と情弱さ、それを誤って持つに至った不幸な人を赦そう?
確かにコロナを取り巻く状況下において、もともと何が正しいか、間違っているかを判断することは難しい。
だが、結果的な判断が悪かったのだと済ませたくない。
多くの反ワクチン派と同様、なんの根拠もない「遺伝子組み換え」あたりを持ち出してくるあたり、陰謀論者だとしかいいようがない。
陰謀論者だから悪? いや、かなり近いが、まだワンステップ必要。
私にとって赦せないのは、陰謀論者になったマインド、そのものである。なぜ陰謀論をことさらに選ぶに至ったのか、だ。
このマインド、結局は「間違っている他人の上から、正しい少数派として正確な情報と思想を教えてやる」という発想。
つまりタチの悪いマウンティングにほかならない。陰謀論者にマウンティングされるのは我慢ならない。
「スエーデン」とか書いてるのは、とても頭悪そう。

なぜマウンティングしたくなるのか。現実世界に満足できていないからだろう。もっと売れるはずだという思いが抜けなかったのでは。
高座でも「日本一講演の多い噺家だ」と自慢するあたりが、今から思えばそういうマインド。
事実だとしても、講演の数で勝負している噺家なんて、今はいない。
現状に甘んじず、さらに欲を出すのは芸人として大事なことである。だが、自慢した道は行き止まりだったようだ。
落語協会の場合、寄席に絶えず呼ばれる噺家こそ一流なのであって。
そういう人たちは陰謀論などに走らないし、マウンティングの欲にも駆られない。
そもそも、複合的な社会で「正解」などむやみに出さないし、また出せないことを知っている。

しかし思うのは、このマウンティング的マインド、巷に蔓延しているなと。
反ワクチンの噺家、他にもいるはずなのだが、その連中はすべてこれである。
だが、醜い陰謀論だけのことではない。
思想の左右に関係なく、この間違った連中を俺が、アタシが正してやるぞという人の多さ。
「言わんこっちゃないよ死んじゃった」と死者を嗤っている連中の中にも、同じマインドの持ち主が無数にいるのである。
陰謀論に巻き込まれていないか自問する前にだ。自分の中に、人にやたらとマウンティングしたいマインドがないかどうか、見極めたほうがいい。

そんなことを考える。

作成者: でっち定吉

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