亀戸梅屋敷寄席9 その2(三遊亭萬橘「大工調べ」中)

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萬橘師のマクラは、与太郎つながりで、バナナにトッピングして食べてる客の噺。
よく入った客をあっためてから、眼鏡を外して大工調べへ。

ストーリーはサゲを除いて既存の大工調べとおおむね同じなのだが、テーマを完全に作り替え、クスグリも豊富に加えた、生まれ変わった一席。
私の好きな、しかし異論の多い大工調べよりも、こっちが正解なんではなかろうか? しかも、自然だし。

萬橘師、テンポのいい口調の人だが、大工調べの棟梁は特に速い口調。猛烈に速い。
聴いているうちにだんだんわかってきたが、意図的に速くしている様子。江戸っ子で、喧嘩っ早い人だということを端的に描いている。
与太郎も釣られて結構速いのだが、こちらについては速い感じがしないところが話芸の妙。

大工調べの与太郎は、頭は弱いが腕は確か。親孝行でもある。
「落語の世界っていうのは、弱者にも優しくていいな」なんてことを語りたいときに、「錦の袈裟」「かぼちゃ屋」などと並んで引き合いに出される噺のひとつ。
だが、腕がいいから稼ぎもいいはずの与太郎、なぜ店賃を貯める?

萬橘師、既存の大工調べについて、隅々まで徹底的に分解したようである。
登場人物3人の性格をまずはっきりさせて、それと矛盾しない物語をこしらえる。
古典落語のリノベーション。

特に萬橘師の描く与太郎は、一般的な与太郎に輪を掛けたバカである。
冒頭から、棟梁が「俺だよ棟梁だよ与太郎、半蔵門の仕事が決まったぞ」と、外から声を掛けているのに、「棟梁だな」とひとつタイミングのずれた返答をするぐらいなのだ。
この与太郎、「釘を抜かせたら右に出るものはない。上手すぎて、隣の釘まで抜くぐらい」なんだそうだ。
既存の「腕は確かな与太郎」という見方が大きく揺すぶられる。
大家に店賃を投げつけたあと、与太郎、ついでに柏手まで打ってる。これもまた、あとの伏線になった立体的ギャグ。
与太郎の腕がいいわけはないと考えたらしい萬橘師。与太郎がいると、現場が明るくなるから大事なのだと棟梁に言わせる。
そうかと膝を打つ。
それはまさに、落語の世界における与太郎の役割そのものではないか。一見特殊に見えて、古典落語の世界により忠実な与太郎。

そして、店賃をたくさん貯める与太郎が、腕がいいはずがないという大家も、図星のことを言っている。
大家は別に、間違ったことは言っていない。
対する棟梁は、大家の屁理屈(つまり、話を混ぜっ返して先に進めない了見)に憤るのではない。
大事な仲間の与太郎を、馬鹿で仕事もできないと大家に罵られ、啖呵のスイッチが入るのである。

この啖呵もすごい。
大工調べの啖呵は、独立したスキルとしてしばしばもてはやされる。
一般的に評価されるのは、「早口に聞こえるのだが実はそんなに早くは喋っていなくて、言葉が明瞭に客に伝わる」啖呵だろうか。
だが萬橘師、そういう評価は最初から捨て去り、独自の道を行く。
なんと、ハイパーハイスピード啖呵。意味はわからなくてもいいらしい。あんたは桑田佳祐か。
まるでオチケンがやりそうだが、もちろんプロ中のプロの技なので、音だけの啖呵がとても素晴らしい。
意味がどうでもいいらしいというのは、「細く短く」以外の部分はあとで拾わないところにも表れている。与太郎も、大家のセリフにそんなにはかぶせない。
「ハイスピード啖呵喋ってみました」という感じ。
この啖呵のマネができる人は皆無だろうなあ。口が回るというスキルももちろん大事なのだが、たとえそれを持っていたとしても、啖呵で噺家のチャンネルが変わった瞬間、客が離れてしまいそうな気がする。
そりゃそうだ、急に早口言葉を始められたら、それまで聴いていたおはなしと断絶してしまうだろう。
だが萬橘師、入念に棟梁の性格を再構築してきているので、まったく違和感がない。
高揚感だけ乗せてくれる。

筆が止まらないのでまだ続きます

作成者: でっち定吉

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