鳳志十八番(中・三遊亭鳳志「二十四孝」後半)

二十四孝の主人公八っつぁんは乱暴者。
だが鳳志師の八っつぁん、そんなに悪い奴ではないので驚く。
「天災」の八っつぁんよりも、乱暴の度合いはまだ薄いのだ。
やってることと気性は間違いなく乱暴。そうでないと、噺が成り立たない。「本当はいい奴」ではいけないが、でも決して悪い奴じゃない。
本能の赴くまま生きてる感じだが、ことさらに悪ぶってる野郎ではないのだ。

人間関係の達人だった先代小さんですら、二十四孝は対立から入る噺である。
なのに鳳志師、実に穏やかなモード。
もちろん、隠居は親不孝な八っつぁんに本気で怒ってはいる。
表へ出ろと八っつぁんに迫る。謝った八っつぁんに、今度は本気で二十四孝を教えてやる。
こんな噺だというのに、人間関係の対立が一度も臨界点に届いていない。
この描き方はすごいかも。
二十四孝という珍しめになってしまった噺の、今後のスタンダードになりうる型である。
現代人の好きな、平和をベースにした世界。

柔術の心得がある大家に八っつぁん謝って、「あっしは弱い奴には強いんですがね、強い奴には弱いんだよ」。からきしだ。

そういえば、猫の飼い主である隣の家に殴りこむ際、かみさんが「お隣に借金してる」と言うくだりがなかった。
卑屈になるからだろうか。隣は誰も出てこない。

隠居の教えてくれる二十四孝は以下の通り。

  • 王祥と氷の下の鯉
  • 王裒と墓の雷
  • 孟宗と筍
  • 母孝行な郭巨の子埋め
  • 呉猛と蚊

たっぷりである。たっぷりすぎて八っつぁん、鯉と筍とが混ざってしまうのは実に自然。

王裒が雷から母の墓を守るというエピソードは、果たして聴いたことがあったかどうか。
それから郭巨が、母のために実の子を埋めてしまうエピソードは、そんな馬鹿なと思わずにはおれないのだが、鳳志師は丁寧だ。
年老いて歯のない母が、女房の乳をもらって飲んでいるため、子にやる乳がない。仕方ないので埋めようとなるのだ。

二十四孝を教わる八っつぁん、「もろこしのババアは食い意地が張ってる」だの、「もろこしにはババアしかいねえのか」などとしっかりまぜっ返す。
だが、この八っつぁんに対しもはや「人の話を聞かないなんて失礼な男だ」などと怒りを向ける人はいるまい。
序盤でしっかり、実は平和な八っつぁんを構築しているからだ。

後で思い出すたび、どんどん素晴らしさが噴き出す、そんなスキのない見事な一席。
だが食事をしたばかりで急速に眠くなってきた。
鳳志師の声の波長が気持ちいいのである。
郭巨のあたりがちょっと飛んでしまった。
ふと横を見回すと、他の客も、5~6人寝ていた。鳳志師のご贔屓が多いのだろうに、また結構な睡眠率の高さ。
いい内容なのにもったいない気がするが、でもこんなのも寄席の贅沢かもしれないな。

仲入り前に、ゲストが入る。前座の貞奈さんが釈台を持って登場。
講談協会の女流、一龍斎貞弥先生。この人も初めて。

鳳志師匠とはよくご一緒しますが、この鳳志十八番には初めて呼んでもらえましたと。
今度、鳳楽師匠とも一緒の会をさせていただきます。鳳楽一門とこのところご一緒が多くありがたい限りです。

講談協会の公式では、前座の貞奈さんは亭号が「一龍斎」になっている。
だが、二ツ目以上だと表記が「一龍齋」だ。難しい字。
当ブログもこれに表記を合わせようかと思ったが、そこまですると五明楼玉の輔師を「五明樓」と書かなきゃいけない気がする。
「五明樓」と書くと、今度は「権太楼」も「権太樓」と書かなきゃいけない気がする。際限がない。

そんなことはさておき、この先生はもうすぐ真打のようだ。
ナレーターを先にやっていて、後から講談界に来たらしい。
講談や浪曲がテレビに登場する際によく聴く「仙台の鬼夫婦」。紅先生や、奈々福師匠で聴いた。
ちゃんとやると長い読み物。
剣術指南の二代目だが、賭け碁にうつつを抜かしている。薙刀使いの夫人に打ち負かされ、家を追い出され江戸に修業に出向く井伊直人。
3年経って戻ってくるが、家に入れてもらえない。庭で勝負するが、あっさり負ける。
再び2年修業し、免許皆伝。ようやく帰宅がかなう。
この際には、もう剣を合わせない。体つきを見れば、修業の成果がわかるのだった。
背景には、夫人の父の、その父が井伊直人の父に命を救われたという、浅からぬ因縁があったのだった。
こんなスター・ウォーズみたいな壮大な物語とは知らなんだ。
「寛永御前試合」の一席。

貞弥先生、変なギャグも入れず、長い話を堂々と語り切るではないですか。
かといって、緊迫し過ぎることもない。落語の人情噺に似たムード。
講談も面白い。それも女流講談が。

続きます。
 
 

作成者: でっち定吉

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