古谷三敏「寄席芸人伝」からのエピソードご紹介、その5です。
第4巻から<第52話 宿敵物語 三遊亭芝楽>
噺家「三遊亭芝楽」と「柳家小まん」のライバル物語である。
冒頭、「柳家小まん」が亡くなったシーンから始まる。
おかみさんが亡くなったときも気丈だった芝楽が、ひとり涙にむせるのを見て驚く弟子。
芝楽と小まんとは、入門日まで一緒の同期であった。なんともいえない愛嬌とフラのある「小まん」を、口には出さないが芝楽は常にライバル視してきた。
小まんの滑稽噺に対抗し、芝居噺・人情噺に力を入れる芝楽。
二ツ目昇進は後れをとったものの、真打は同時昇進。
しかし胸を患い、またしても遅れをとってしまう。病床で稽古に励む芝楽。
万事塞翁が馬、戦争に行かなくて済む芝楽。戦地に赴いた小まんの不幸をひそかに願うも、小まんは無事帰還する。
高座に復帰し、ブランクを感じさせない小まんに、またしても激しい感情を高ぶらせる芝楽。
小まんが先に亡くなり、芝楽の胸をよぎるのは、ついに小まんを凌げなかったとの思い。
小まんの通夜で、小まんへの思いを小まんのおかみさんに吐露する芝楽。
すると意外にも、芝楽のことなど気にもとめていないだろうと思っていた小まんの、生前のエピソードがおかみさんから語られる。
小まんが、「このおかしな顔では芝楽さんのように芝居噺などできない」と、寝言でまで悩んでいたこと。
芝楽が患ったと聞いたときに「しめた」と思ったこと。さらにそう思った自らの心の汚さを恥じていたこと。
寄席芸人伝の中でも屈指の、高い文学性を持ったストーリー。
寄席芸人伝は実際のエピソードを下敷きにしている話が多いが、このエピソードのもとはなんだろう。
おかみさんが亡くなったときに泣かなかった師匠が泣いた、というのは文楽死去時の志ん生の逸話だが、ちょっと違う。戦争に行く世代より上だし。
小まんの狸のような風貌のモデルは先代小さんに思えるけど、連載時はご存命ではなかったか。 小まん=小さんなら、芝楽=先代正蔵ともいえるが、正蔵は、もっと露骨に「小さん」の名跡を取り合った関係。
基本的には、何かヒントになるものはあったにせよ、オリジナルのエピソードなのだと想像している。
むしろこの作品の、後世に与えた影響を考える。
最近当ブログでレビューをした「昭和元禄落語心中」。これにも少なからず影響を与えたのではないだろうか。
「助六」のように滑稽噺がウケず、「廓噺」に方向を切り替える「菊比古」。ふたりも同じ日の入門だった。
お互い、仲がいいのと裏腹に、実は激しい感情を相手に抱いていた。
ちなみに「芝楽」の名跡、実社会では「三遊亭」ではなく「三笑亭」から、現在は「柳亭」に移っている。
成田屋のお家芸「暫」から来ているらしい。芝居噺をやるにはぴったりの名前であります。
「小まん」のほうは、初代はこの名前だったようだが現在の三代目は「柳家小満ん」。
「スターウォーズ」に出ていることで有名。
嘘です。