師匠と惣領弟子の緊張関係(下)

弟子にとっては一生に一度の弟子入り。自分の人生を決める、大事な機会。
緊張するし、だからこそ後々まで話せる貴重なネタになる。
実際には、思い付きで弟子入り志願をしてあっさり断られ、たちまち目が覚める人も多いようだが。

師匠のほうにとっても、弟子を採るというのは噺家人生における一大事である。
「そろそろ弟子も採らなきゃな、それが落語界に対する恩返しだ」なと思っている、その矢先に弟子がやってくる。
魔が差してつい採ってしまうこともあるだろう、きっと。
だが師弟関係の相性というもの、実に大事。
なにしろ、疑似親子関係を構築するのが落語の世界。
志願者の落語の熱意などよりも、師弟関係がきちんと作れるかが最重要。
数人採った後(あるいは断った後)は、パッと見で相性がつかめるようになるのだそうだ。
だが、最初の弟子入り機会から、双方しくじってしまうこともある。それで悲劇が生まれることも。

最大の悲劇は、柳家権太楼と弟子の三太楼。
以前から師匠のことが腹に据えかねていたらしく、爆発して師匠に暴力を振るい、そのまま廃業を決意する弟子の三太楼。
三太楼は惣領弟子である。
この師弟、もともとどんな関係性だったのかは今となってほぼ語られることがない。活字にもならないので詳細はわからない。
恐らく、互いに違和感を持ち続けてきたのだろう。

権太楼師は、自身の師匠についてはよく語っている。亡くなった5代目つばめと、もともと大師匠であった5代目小さん。
権太楼師も、理想の師匠像があって、弟子にできる限りのことをしよう、そう思っていたに違いない。
だがきっと、弟子入り時点に悲劇のスイッチは仕込まれていたのだ。
師匠の側も、騒動によりマイナス100%だ。いいことなどなにもなかった。
師弟関係が続いていれば、「三太楼の師匠」として権太楼の名声もさらに上がったであろう。現在、権太楼師を名師匠だと評価する人は恐らくいない。

いったん辞めた弟子・三太楼については、その才能を埋もれさせるのは落語界にとって損失、そう多くの人が考えたのだろう。
芸協への移籍が成立し、三遊亭遊雀として再始動している。もう15年前の話であり、以来芸協における遊雀師は、披露目の司会に駆り出されるなどすっかり重要なメンバーとなっている。
中田翔の巨人へのトレードとは、結果が大違い。
事件前まで時間軸を戻したときの正解はたぶん、権太楼師が悲劇の前に三太楼を一門から切り離し、独立させることだったと思う(真打の破門)。その場合、弟子のその後の躍進はまずなかっただろうけど。

人気者の当代三遊亭圓歌師も、詳細は知らないが惣領弟子からつまづいたようだ。
三遊亭ありがとう。噺家を辞め、国立劇場の研修生になって竹本で歌舞伎に行ったという。
伝統芸能を続けたい意志と、師匠との相性の悪さ(想像)とに引き裂かれる、弟子の心情を勝手に想像してしまう。
ちなみに二番弟子の「ございます」は、現・天歌。
天歌さんはマクラでもって、厳しい師匠のことを具体的エピソードなく語っていた。
圓歌師、弟子を合計5人採って、うち3人廃業。残っているのは天歌さんと、鹿児島県警上がりというキャラ満載の歌実さんだけ。
小三治病に掛かっているかもしれない。
人情噺「母のアンカ」で語られる複雑な親子関係が、師弟関係に影響しているのだと、私は失礼だが勝手に思っている。
ご自身のお子さんとの関係には出なくても、師弟関係に現れるのだろう。
ご自身の、先代との師弟関係は非常によかったのに。
私は師の大ファンだが、師匠としての圓歌師については残念だとしか言えない。

5人弟子がいて、ひとりしか残っていないスーパーモンスター師匠が、古今亭志ん輔。これも惣領弟子から辞めているパターン。
残っている弟子(古今亭始)も、しばしばブログで公開処刑する。現代では、どういう角度から論評したとしても、パワハラ100%。
そして実に不思議だが、神田連雀亭をはじめ二ツ目の育成にずっと手を出してきた人。矛盾も甚だしい。
「他人に影響を与えたい」という歪んだ願望が強すぎるのだろう、きっと。
自分の意思には思えないのだが手を引いた連雀亭は、その後二ツ目の自治により実に円滑に回っている。最初から志ん輔など不要だったのだ。

柳家花緑師は、実に10人の弟子を抱えている。まあ、採ったもんだ。
このたびは、二人まとめて真打昇進。緑也と花いち。おめでとうございます。
だが、惣領弟子だけ破門にしている。
惣領弟子をクビにしてしまうと、だいたい師匠のキャリアにも大きな傷になるのは、上に見た通り。
だが花緑師、その後ダメ師匠にならなかったのは見事だなと。
気楽にクビを切っていたら、決してこうはならなかっただろう。
弟子のマクラから想像するのだが、師も弟子への接し方をどんどん変え、優しくなっていったようだ。

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作成者: でっち定吉

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