鈴本演芸場2(古今亭菊之丞「妾馬」)

駒六  / 真田小僧(通し)
左吉  / 鰻屋
仙三郎社中
馬玉  / たいこ腹
花緑  / つる
ホンキートンク
琴調  / 清水次郎長伝:お民の度胸
さん喬 / ちりとてちん
(仲入り)
ぺぺ桜井
文菊  / あくび指南
正楽
菊之丞 / 妾馬

夏休みなので家族揃って寄席に行く。
当初、鈴本昼席の喬太郎師匠にするつもりだったのだが、喬太郎師はこの日、24日だけ休演だ。
今回のように日程を決めて寄席に行く場合は、結構リサーチする。この日はキョン師、地方の仕事もないみたいなので大丈夫だろうと思っていたのだが、たぶん一日お休みなんでしょう。
(※ 関西方面で仕事があったようです)
というわけで夜席にスライド。夜の主任は菊之丞師で、この人なら不足はない。家内も好きな師匠だし。
菊之丞師、TVにもよく登場するので録画もたくさん持っているが、比較的軽い噺が多い。
最近寄席で聴くときも、元犬だったりして。もちろん、湯屋番とか長短とか、軽い噺も絶品なのだけど、本来寄席のトリで聴きたい噺家さんだ。
女が色っぽくて、若旦那がふわふわしてて、幇間の肝が据わっている素敵な師匠。
割引券が出ているのもありがたい。毎日酷暑が続くこの時期、夜席の客は少ない。
炎天下に列に並ぶことはせず、開場直後に入場。予想通り、三分の入りでスタート。まあ、終わるころは五分になってました。

鈴本は早朝寄席でよく来るが、定席はよく考えたら昨年4月以来である。
ホームグラウンドの池袋演芸場に次ぐ、準フランチャイズだと自認しているわりにはちっとも来てないですね。黒門亭やら広小路亭やらで、この近辺はウロウロしてるけど。
その、昨年の鈴本の記事、当ブログでは揃って検索でお越しいただく定番である。
主任、喬太郎師の「井戸の茶碗」ほか、白鳥師の「座席なき戦い」や、歌之介師の漫談、それから左龍師の「鈴ヶ森」。
寄席の最高峰、鈴本の定席にもっと通えば、1日70をコンスタントに叩き出すようになった当ブログのアクセス、さらに増えるのかもしれない。
まあその前に、ホームの池袋にもっと行かなきゃとも思ってるけど。

前座は金原亭駒六さんで真田小僧。珍しく通しだった。前座の持ち時間でも通しでできるのだな。
前座さんらしい、無理しない語りで、好感。
来春の二ツ目昇進が内定している。
ただひとつ気になったのだけど、マクラが「刑務所ごっこ」でなくて「留置所ごっこ」。
留置所に収監されている被疑者は労働しません。拘置所の未決勾留被告人も同様。だから留置所ごっこというものはできない。
誰がそんなふうに教えてるんだろう。刑務所ごっこでいいじゃんかと思った。

初音家左吉「鰻屋」

番組のトップバッターは、「サッちゃん」の出囃子に乗って、初音家左吉さん。
この芝居の本来の二ツ目枠は、秋の新真打「駒子」こと、古今亭ちよりんさんが単独出演。
この日休演ということで、代演発表前に、勝手に代演の予想をしていた。同じ立場で古今亭、「駒治」に字を変える古今亭駒次さんのスケジュールが空いてるようなので、彼が入るんじゃないかと期待した。
蓋を開けてみれば、同じく古今亭に連なる左吉さんであった。いえ、好きな噺家さんで、文句はないですよ。
この人は、今秋5人真打になったあとの、二ツ目香盤の3番目なので、次の真打昇進はほぼ内定。
「さーちゃんと呼んでください」という挨拶を真に受けて、本当に呼んでくれる人がいる。そのお客さんに飲みに来いと言われ、本当に出向くマクラから。
「一杯飲ませてやる」と言って付いて言ったら大川の水を飲ませられたという冒頭部から、夏らしく鰻屋。細かいところが丁寧な芸である。
この噺、最初は間違いなくタダ酒を飲みにいこうと企んでるのだが、途中から目的が変わり、職人がいなくなって弱る鰻屋の主人をからかう遊びになっているのが江戸っ子らしくておかしい。
楽しく遊んでいるムードのよく出た、左吉さんの鰻屋。
それにしても、鰻屋の職人って、どこほっつき歩いてるんだろう。やっぱり女のとこですかね。
左吉さん、8月は黒門亭の「光る二ツ目の会」企画のトリで、「ロックンロール園長」ネタ出しがある。連雀亭の、駒次さん卒業公演の裏なのが微妙だが、聴きにいこうかしら。

可愛い女性の前座さんが出てきて、以下すべて高座返しをする。
評判を聞く金原亭乃ゝ香さんかと思ったのだが、菊之丞師の一番弟子、まめ菊さんでした。

太神楽で、翁家社中の代演、鏡味仙三郎社中。
夜席なので、初めて太神楽を観るというような人は少なかったようだが、しっかり盛り上がっていた。
久々に「寄席の吉右衛門」も聴けたし。

金原亭馬玉「たいこ腹」

真打は馬生門下の交互出演で、この日は金原亭馬玉師。元の名は馬吉。
あまりなじみのない真打である。落語協会にはそういう噺家さんがたくさんいるが、聴いてみなきゃわからない。聴かなきゃよかったという場合もなくはないが、さすが鈴本、そんなことはなかった。
幇間のマクラを振るが、鰻屋が出ている以上「鰻の幇間」はできないから、この時点でほぼ、たいこ腹確定。
若々しく勢いのある芸だった。上手いですね。この日の、落語をよく知っている客にびしびしヒットしていた。
さすが、1月下席の夜にここ鈴本でトリを取ってるだけのことはある。
血だらけの一八に悲惨さがないのはとても大事な点と思う。
一か所、一八のセリフで噛んだところを、すぐ若旦那のセリフで「大事なとこ噛んだら台なしだな」とリカバリー。

柳家花緑「つる」

優秀な弟子が次々育っている一門を見ると、その総帥の師匠に改めて敬意を抱くというのは、たまにあるパターン。
三遊亭好楽師なども、弟子の活躍を見て、その師匠に対する好意が強くなるうち、今では師匠の落語自体がすっかり好きになった。順序が多少おかしいが、そういうことがあってもいいじゃないか。
私の中で、今このパターンに乗っているのが、柳家花緑師。
日本の話芸、落語研究会などTVにはよく出る人だが、そんなにいいと思ったこともなかった。ご通家の中にも、そう思い続けている人も多いはず。
次の小さんなんだからしっかりして欲しいと思う年配の方もいるでしょう。
だが、早朝寄席や連雀亭で見かける花緑師の弟子が、揃いも揃って素晴らしい。外れゼロ。成り立ての二ツ目まで上手い。
どんなに優秀な一門だって、外れのひとりぐらいはいそうなもんだが。
こうなると、師匠を見る目も俄然変わってくる。ダメな師匠からいい弟子がこれだけ出るはずないもの。
弟子たちを通し、師匠に対する敬意が高まり続けていたところ、ついに師匠に、ここ鈴本で遭遇した。
この下席は掛け持ちで、このあと浅草夜席のトリである。
花緑師、東西の噺家の人数を、細かく紹介する。落語協会300人、芸術協会150人、円楽党50人、立川流50人、計550人。それから上方300人。
噺家の数、800人という説も、900人という説もある。だが、適当なことを言っている人は、数えたことがないのに言っている。だから私数えましたと。
中には、芸人やっていても逢ったことのない幻の芸人もいる。
噺家、どうしてこんなに増えたのか。どんどん入ってくるのだが、誰も死なないから。
その数少ない人、歌丸師も掛けていた噺を今日はやります。寄席には寄席向きの噺があるので、あいつは軽い噺で逃げたなんて言わないでください、と客に語っておいて「隠居さん、どうしてつるはつるって言うんですか」。
場内大爆笑。
こんな卑怯な「つる」の導入は初めてだ。でも、なんかいいよなあ。
そうだ、確かに歌丸師といえば、大ネタの一方で、「つる」の印象も間違いなくある。
見事なペースに巻き込まれ、終始楽しい一席であった。結構ギャグ尽くしなのに、噺が荒れていないという印象。
ギャグを目的にしていないからだろう。ギャグのためのギャグでなくて、すべては八五郎という地に足のつかない人間をしっかり描くためのアイテムなのだ。
そして、噺のスタイル自体、ムダ、ムリがなくて好きだ。
私の嫌いなつるの演出、枝雀由来の「隠居の話が嘘だと知っているが広めに行く」もない。まあ、これを理由に噺全体を嫌うとなると行きすぎだけど。
そして、この八っつぁんは床屋に話をしに行くが、一度目ガラガラの床屋は、二度目に行くと大混雑。親方は忙しくて面倒くさそうだが、ちゃんと八っつぁんの話を聴きたがっている客もいる。
この噺、うろ覚えの八っつぁんが「黙って飛んできた」というだけの小ネタではなくて、言葉遊びの軽い中に、人間ドラマすら感じる。
登場人物がしっかり描かれていると、そんな理解すら、勝手にできてしまうのだ。
花緑師のような噺家は寄席では派手な席が多く、私はあまり巡り合わない。だが、またこうした出番で聴きたいなと思った。

ホンキートンク

ホンキートンクは今日も爆笑。ネタ数が多くて、知っているネタとあまりカブらないのは嬉しい。
内容、ほとんど忘れちゃったけど、楽しい記憶だけ残ればいいさ。
「ホンキートンク」は安酒場のことなので、日本語で言うと「鳥貴族」。以前は「つぼ八」だったが、あるいは上野に出ると鳥貴族なのか? 「すぐそこにあります」って言ってたから。
落語協会の寄席に通えば必ず出会うコンビだが、うちの家内は初めてとのこと。
楽しい漫才をしばらく続けたのち、「長いコントをお届けしました」と言ってから、二人揃ってジャケットを床に落とす。
初めて観たらなんのことかわからないだろう。マクラを終えた噺家さんが羽織を脱ぐパロディだ。
以前は、ボケのトシさんのほうだけジャケット脱いで突っ込まれていたはずだが、両方脱ぐようになったのか。ギャグも進化し続けているのだ。
この人たちも、古今亭の一門に連なっているはず。どの師匠か知らないけど。

宝井琴調「次郎長伝・お民の度胸」

講談は宝井琴調先生。
楽しい漫才で盛り上がった場内をケレン身なくスッと鎮める。鎮めかたにもいろいろあるが、琴調先生は自分に注目を集めておいて客をペースに乗せる。
講談は寄席のバラエティ化において、実に貢献していると思う。笑ってばかりだと疲れてしまうのだ。
でも、落語協会には講談師が三人しかいない。
瀕死の森の石松が兄貴分、かくまってもらうため七五朗を尋ねる緊迫のシーンにスッと入る琴調先生。
いやあ、客の気持ちがお笑いにしっかり向いたところにぶつける、真逆のムードがたまらないですね。
緊迫場面を緩めるための、微量の笑いもいい。
カッコいい七五朗兄貴と、さらにカッコいい、肝の据わった女房のお民。カッコいい夫婦に守られるカッコいい石松。
講談もここしばらくご無沙汰していたのだが、先日の神田蘭先生からこのかた、またいい講談に触れている。
落語の入らない講談だけの席にも、必ず行こうと思う。
まあ、行くとするとなじみのより深い、日本講談協会のほうになりそうだが。琴調先生などは講談協会なので別団体。
先日、落語協会の台本募集に応募した話はブログに書いた。今、さらに国立演芸場で講談脚本も募集されているのだ。
落語より、講談に向いてるんじゃないかというネタが実はあり、ひとつ頑張って書いてみようかなと思っている。
落語の台本と違って毎年募集があるわけじゃないので。

柳家さん喬「ちりとてちん」

仲入り前の柳家さん喬師は、昼に弟子・喬太郎の代バネを済ませていて、昼夜出演。
西日本豪雨について、客に寄付を呼び掛ける。ほんとに小銭でもいいんでと。
前座のまめ菊さんを座らせて、一緒に頭を下げる師匠。

世間の、ワインの気取った扱いを皮肉るマクラは昔からこの師匠やっている。本当はご本人もワイン得意そうだけど。ご実家も洋食屋だったし。
それはそうと、このマクラがパワーアップしている。三角形に畳んだ扇子を、ボトルとグラスに見立て、ワインの注文からテイスティングまでひとりでこなす。
以前は、「ブルゴーニュの豚小屋の香り」などクスグリ入れて笑わせていたが、より気障に、無言でやることにしたらしい。
それはウケておりました。マクラでも、常に立ち止まらず進化し続けるさん喬師は素敵である。
食べ物の噺に進むふうで、十八番の「そば清」でも出るかなと思った。「どお~も~」もいいな。
しかし、これも得意のちりとてちんだった。この時季はよく掛けているはず。
欲を言うと、古今亭の芝居なので誰かから「酢豆腐」を聴きたかった。さん喬師も、幾代餅を初め、圓菊から教わった多くの古今亭の噺をお持ちなのだが。
まあ、酢豆腐とちりとてちんと、両方やる人は少ないから、さん喬師も持っていないかな。
ちなみに、弟子の左龍師は酢豆腐やるようだ。同じ若旦那が出る「羽織の遊び」が絶品なので、酢豆腐もぜひ聴いてみたい。

酢豆腐はともかく、夏の終わりまではちりとてちんはあちこちで掛かるだろう。
さん喬師は丁寧だ。料理が余った理由を非常に丁寧に描写する。セリフのない女中のお清もどことなく存在感がある。
飲み食いも丁寧だし、珍味ちりとてちんを、臭気に負けずに瓶に詰めるあたりも丁寧だ。
マクラで振ったワインのネタからすると、料理よりも、灘の生一本の味わいに注力しているようである。
まあまあですねと六さんに評される灘の生一本が、いかにもおいしそう。
そして珍味を食べるシーンは、結構クサくやる。
それまでの丁寧な描写がここで生きてきて、場内大ウケでありました。

仲入り休憩を挟み、クイツキは久々にお見かけするペペ桜井先生。この人も古今亭の一門。
ときどきネタを間違えたりしながら、そんなのも味になる楽しいギター漫談。

古今亭文菊「あくび指南」

久々の古今亭文菊師もちょっと楽しみにしていた。
たっぷり自分の顔を描写して、気取ったお坊さんだという結論を付けるマクラ。これは他の噺家には絶対できない。
あくび指南へ。年中できる噺ではあるが、この時季が向いている。
しかしまあ、若手なのに、間がたっぷりの噺。
文菊師、もとより風格は若手離れしている人だけど、噺のスタイルがいよいよ老成してきている。
といって、老成してきているが嫌味ではなく、板についているのはすごい。
年だけ早く取っちゃったという噺家にはなっていなくて、老成したスタイルを持つ、若々しい噺家。

昨年、黒門亭で柳家小ゑん師の「鉄指南」を聴いたとき、小ゑん師、柳家と古今亭の体の振り方の違いをレクチャーしてくれた。
なるほど、確かに文菊師、横揺れだ。小ゑん師は柳家なので、縦揺れなのである。
文菊師、体の揺れだけではや、バカウケ。あくび指南は楽しい噺ではあるが、本来爆笑落語というわけではない。所作ひとつで、ここまでウケを取るのは珍しい。
しかしながらヒザ前らしい、さらっとした仕事でもあるのだ。主任の師匠を喰ってしまうような落語ではない。
あくび指南という噺、私にとってテーマがあって、それは看板夫人の扱いである。
夫人(八っつぁんは人妻だと知らない)の色気を強調するのは、みんなやる楽しい演出だが、しかし難しいのである。ここを強調すればするほど、今度は、稽古に向かう八っつぁんのテンションとそれていってしまう。
多くの演出では、男の師匠だと知って一度がっくりくる八っつぁんが、男の師匠の見本を見て、「俺がやりたかったのはこれだよ兄貴」と、いきなりやる気に目覚める。
ちょっと展開に無理がある気がしてならない。
だから柳亭小燕枝師みたいに、看板夫人が最初からいない演出はスムーズでいいなと思っていた。
だが文菊師の演出なら納得がいく。看板夫人をかなりアオるので、男の師匠が出てきて八っつぁんは当然意気消沈している。兄貴にも大笑いされている。
その後、帰るきっかけがつかめない八っつぁん、渋々稽古に入っていくのだ。
先日早朝寄席で、「明らかにがっくりしたままの八っつぁん」という演出でやっていた二ツ目さんがいて、いたく感銘を受けた。だが、この「柳家小かじ」さんはその後廃業してしまった。大変残念。

林家正楽

林家正楽師匠の紙切り、ハサミ試しの後の変なタイミングで続けて注文が掛かり、注文を逸してしまった。
うちの子が注文する気になっていたので残念。「ご注文を」を師匠が言ってから頼んで欲しいぞ。
この日のお題は「たこ焼き」「菊之丞師匠」「パンダ」。
たこ焼きという珍しいお題に戸惑いつつ、「たこ焼きが切りたかったんです」と正楽師。
「おおさか名物う、たこ焼き~」とつぶやきながらハサミを動かす正楽師匠。でも予想外なので、苦戦していらした。
できあがりは、屋台の店主と女性のお客さんが、焼けたたこ焼きを挟んで向かい合う見事な構図でした。

珍しくも「菊之丞師匠」のお題で失敗して、最初からやり直す正楽師匠。いったん修正を掛けたのだけど、さらに失敗してしまったようだ。そんな師匠、初めて観た。場内バカウケ。
前座のまめ菊さんを呼んで、「今のうちにぼくの緑色のファイルから紙出して」だって。切る枚数しか高座に持って上がらないんだね。
途中まで喋っていた「爪切ってくれ」の小噺、おかげでサゲないままどこかへ消えてしまった。
ハプニングも面白いのが寄席というところ。
最後のパンダは、中の黒い模様も抜いて、OHPでなく黒い台紙で見せる。

古今亭菊之丞「妾馬」

主任の菊之丞師まであっという間だ。
弟子のまめ菊さん、座布団返して、メクリを変えぬままいなくなってしまう。おいおい、と思っていたら、湯飲みを持ってきた。
湯飲みを置いてからちゃんとメクリ返し。ああよかった。いや、たまにあるんですよね替え忘れが。
先にメクリ替えちゃうと、再度湯飲みを持って登場したときに間違って拍手が起きてしまうからだろう。前座さんも気を遣うものですねえ。
菊之丞師は花緑師と逆で、浅草夜席に出てから鈴本のトリ。演芸ホールから歩いてくるそうである。
あんまり早く着くと、前座にいじめられるし、文菊にあることないこと言われる。だからゆっくり来るんです。
その代わり、高座で水分補給するので湯飲みが出ているのだと。名人気取ってるわけじゃないんです。
でも、高座で湯をすすれるのは今や小三治師匠とアタシくらい。客、拍手。

私は落語協会一だと思っているマクラの楽しい菊之丞師だが、この日は短く、すぐ噺の付属のマクラに入る。
マクラの楽しい師匠は、マクラを振らなくても楽しいという法則がある。私が勝手に言っている法則だが、外れてはいまい。
江戸時代の身分差別(噺家はドブを泳いでいた)を振るので、時季的に「たがや」かなと思ったら、季節の噺ではなくて妾馬。最近では「八五郎出世」ということが多いでしょうか。
菊之丞師、ツイッターによると「鰻の幇間」を掛けたかったのだそうだが、鰻も幇間も出ている。
トリの師匠というものはそういうものだ。だから噺を多く持っていないといけない。
「世はあの女を好むぞ」という殿様を受け、「私もNHKのアナを好んだ。おっとこりゃ自分で言うことじゃない」。大ウケ。
昨年の謝楽祭で、屋台でたこ焼き焼いてる藤井アナがTVに映ってましたね。今年は菊之丞師は、実行委員長だそうだ。
さて女の得意な菊之丞師だが、妾馬には直接描写される女はいない。だが、江戸っ子八五郎もまた上手い。

菊之丞師の八五郎は、まさに芝居ですね。たびたび「いよっ」が入る八っつぁんの形の綺麗なこと。
もともとやる人の多い妾馬。八五郎の肚であったり無知で動物的な楽しさであったり、母娘の人情であったり、強調するところがそれぞれ見つかる懐広い噺。
そんな中、菊之丞師ならではのポイントが、この綺麗な所作だろうと思う。
音だけ聴いてももちろん楽しい噺だし、現に私も音をよく聴いているのだが、高座で向かい合うと、とにかくビジュアルが楽しい師匠。
前述のNHK云々を除き、変わったクスグリは少ない。その分、噺がストレートに客に伝わってくる。
そして、予定調和なところが一切ない八っつぁん。この八っつぁんは、次から次に身に降りかかる難題について、しっかり考えて立ち向かっている。
三太夫さんをぶん殴るのだって、別に多少は面白がってのことではなくて、わからないのに命じられるからいよいよ困ってそうしているのだ。
東京かわら版8月号のインタビューに登場している菊之丞師だが、この、登場人物らしく先の展開を知らずに演じることについては、師匠と小三治師から強く言われたそうである。
簡単そうに思えるけど、難しい技術ですね。噺家は先を知っちゃってるんだから。

「これから八五郎出世をいたします。めかうまでございました」と菊之丞師。
家内も息子も、それは喜んでおりました。息子のほうが落語に詳しいが、今日の寄席は特によかったと。そうだね。
落語はすべて古典で、それもよく知っている噺が多い。
そして後から思ったのだが、サゲがフレーズとして一般的に確立している噺ばかりでもあった。いつものサゲを聴くと非常に心安らぐ。
サゲを語るにあたっては、形式的分類だけしても意味がない。サゲのもたらす印象、効果というものもあるのだ。
追って「丁稚の落語論」で、この日の確立したサゲのフレーズの数々について筆を執るつもり。
そんなスタンダードな古典落語が、とても楽しい。そういうのも寄席のすごさだ。

4階のトイレに寄ってから、エレベーターで直接1階に降りる。
予告通りロビーで募金を集めていた。募金箱を文菊師が持っていて、いくばくか寄付。まあ、入場料割引してもらってますしね。
ロビーを歩いていた前座の柳家小ごとさんを目で追い掛けて、なにげに後ろを振り返ったら、今下りてきたばかりのエレベーターに正楽師匠が乗っている。目が合ったら、息子に手を振って下さった。
なんだかわからないけどやたら面白いお爺さん。
菊之丞師はツイッターで予告していた通り、お客さんと写真撮影中。まめ菊さんが撮影していた。
うちは撮らないけど。
外は珍しく雨だった。すぐ左手に、地下道入口があって助かりました。人通りの少ない上野の地下道、たまに役に立つ。

8日間に渡って1日の寄席を取り上げた。それだけ中身が詰まっていたということです。
聴いても、どうやってもなにも書けない落語もありますからね。

作成者: でっち定吉

落語好きのライターです。 ご連絡の際は、ツイッターからメッセージをお願いいたします。 https://twitter.com/detchi_sada 落語関係の仕事もお受けします。