国立演芸場16(下・瀧川鯉昇「武助馬」)

国立演芸場へは、永田町から来ることが多い。この日土曜は、半蔵門から向かった。
土曜の半蔵門、ドトールコーヒーすら閉店しているとは知らなんだ。でも、山下書店併設のサンマルクが開いていた。
そこでちょっと仕事してから仲入り休憩時を狙っていった。
もちろん席に余裕があるのは確認済み。といっても、そこそこは入っていた。
この国立中席の番組は、どう作るのだろう。別に毎年、主任が固定ではないし。
国立の顔付けは一般の寄席とは違い、基本的には掛け持ちはない。あらかじめ依頼する主任を除くと、他場が使わなかった人から顔付けして作る。
だが、正月は例外なのだろう。今席のメンバーはみな浅草二之席と掛け持ちしている。

ヒザのマジックジェミー先生のマジックは正月らしく和装。
和装だが、赤い髪にサングラスは同じ。「マジックも普段と同じです」とのこと。

仲入り後の入場で、あっという間のトリは瀧川鯉昇師。
口を開くまでの間は、びっくりするほど長くはなかった。もう飽きたのでしょうか。
客も慣れたし。

あまりいい話がない昨今だが、町内のおじさんが刑務所から帰ってきたマクラ。
客、爆笑。
力を抜かないと(抜いたように見せないと)、話術はウケないものだ。つくづくそう思う。
なじみのマクラも、爆笑に持っていくメカニズムを探りながら聴くと実に楽しい。

われわれの商売は、世の中がはっきりしないときのほうがいいのですと鯉昇師。
世の中はっきりしないので、落語でも行こうか、そんな商売です。
業界に入ってきたときはみんな理想に燃えていますが、そのまま燃えている人はわずかで、だいたいは廃業しそこなった人間です。
私も役者になりたいと思った時期がありました。
楽屋にもそんな仲間がいて、寄席の余興で芝居をやりました。歌舞伎の「俊寛」です。
鹿芝居のことだ。これもまた、オチの付く小噺。

本編は武助馬。芝居噺である。
あまりやり手のない噺だが、鯉昇師はよく掛けているはず。
もっとも、本来のサゲまで行くバージョン、初めて聴いた。

武助馬も、そしてこの噺から派生したというもっとレアな「きゃいのう」も、下っ端役者の悲哀が背景にある。
だが鯉昇師は、そんなところを強調する描き方はしない。
悲哀は確かに漂うのだが、悲哀の生み出すユーモアのほうを大事にする。
さすが、変人として有名な先代小柳枝に入門し、野草を食べたり、駅前で師弟ともども寝ていたりしていた人は違う。
腐った豆腐がもったいないのでちりとてちんよろしく本当に食べてしまい、神経をやられてしばらく寝込んだというエピソードだって持っている人。
主人公、下っ端役者の武助の下積みも、好きなことをやっている以上、楽しいものだと捉えているようである。

元奉公人の武助が挨拶に来る。
役者の夢が諦められず上方で修業したが芽が出なかった。江戸に戻って再度修業している。
今までやった役は動物ばかり。十二支だねと主人。
人間は、腰元を一回だけやったが、単独のセリフはなし。ちなみにこの部分を独立させると「きゃいのう」となる。

芝居は血縁がないと出世できないから、お前落語はどうだと唐突な主人。
落語は、血のつながりがあるとかえってよくないこともある世界なんだよと。
鯉昇師も、こんな時事ネタっぽいことを入れるのですね。少々意外に思った。
まあ、実際はたまたま時事ネタになっちゃっただけで、いつも入れてるんだろうが。

しかし三平に関する続きものでさんざん書いたのが、「圧の強さ」である。
鯉昇師はまったく対極にあって、業界一圧の低い人。
客に対する押し付けはゼロ。客のほうも、自分の前を開放して、師匠の語りをやさしく受け止める。
圧が低いといったって、客が自ら身を乗り出してこないと成り立たないのであるから、これもまた大変な芸だ。

武助は隣町の仮設小屋の芝居に、馬の脚役で出ている。
ぜひ行ってやろうと、鰻弁当の差し入れをして出向く主人。
だが前脚担当の兄弟子は朝から一升酒でぐでんぐでん。武助は鰻弁当のおかげで仲間に持ちあげられ、舞い上がっている。
ここから、ドリフ全員集合のようなドタバタ劇。
背景が後ろに倒れ、奥の家で行水してた婆さんが現れたりして、もう大騒動だが客は大喜び。
芝居はもうめちゃくちゃなのに、武助は客に頭を見せたりしてまだ調子に乗っている。

爆笑ものを多く持つ鯉昇師の噺の中では、ドタバタなのに比較的地味にも映る。
クスグリよりも、展開面のドタバタの比重が大きいためだろう。
だが、こうして振り返ってみると、改めて実に楽しい。
芸なんて、所詮はこんなものなんだという師の割り切りも感じられる。客が喜べば、それも芸。
といって、そんな乱暴な思想を客に押し付けようなんていうのでは、もちろんない。
どこまで行っても緩い緩い世界の物語。緩い芝居を外から見ている落語の客にも、その緩さがにじみ出てくる。

一年の計にいい噺を聴いたなという気が、しみじみしてきました。

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作成者: でっち定吉

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