「わたしの芝浜~落語家林家つる子の挑戦~」

昨日取り上げ損ねた番組について。
整理がつかなかったのだが、番組公式の活字を見たらなんとかまとまった。

“都合のいい女”なんかいない 女性落語家の挑戦

1月30日の早朝にやっていた番組であり、実際に視た人は少ないかもしれない。
ひとりの人気の女流落語家のチャレンジとして、実に面白かった。
古典落語の中の女性に発言権を与えたいという、つる子さんの取り組み。これには賛同する。

演者も聴き手も男性中心の落語界。つる子さんは女性も招き入れたいのだ。
美人落語家ともてはやされ、自分の会にはおじさんたちが押し寄せるつる子さん、実際のところはもっと深い葛藤を抱いているのだ。
それはそうと、「女性のために」と言い出すと、どこかで道を踏み外しそうな懸念もある。
別にフェミニズムを持ちださなくてもいい。最近当ブログでも批判している「Z落語」みたいな、狭い層に向けた落語になってしまいかねないのではと。
人口の半分は女性だから大丈夫ですかね。

「女子会落語」を喫茶店でやるつる子さん。
悋気の独楽のおかみさんを、怖く描いて女性の共感を得る。
妾の家に出かける旦那を、じっとこらえているおかみさんではないのだ。
おきゃんでぃーずの同僚、春風亭一花さんの「悋気の独楽」を聴いたばかりでもあるが、また印象が違う。

師匠・正蔵に「女目線の芝浜を作りたい」と相談するつる子さん。
「よろしいでしょうか」とお伺いをたてるこのやりとり、「師匠の許可がないと若手は自分で噺をいじれないんだな」と理解する人もいそうだ。別にそんなことはないけど、師匠をしくじらないためには逐一相談しておいたほうがいいのは確かだろう。
師匠は全面的に賛同してくれる。この取り組みが、つる子さんの評価を高める結果まで見据えているのだろう。
確かに芝浜のおかみさんは、男性の演者が理想とする奥さん像であると。誰のものを聴いてもそうだし、自分も自然と「こんな奥さんがいいな」になる。
ただし師匠、「重たくならないようにね」と付け加える。
これはまさに、思想を背景にした落語にならないように念押ししているのだろう。もっともつる子さんのほうも先んじて「重くならずに、コミカルに」と語っているから大丈夫。

エレベーターから出てきた正蔵師、つる子さんに「あなたどなた?」なんて問いかけていた。
実につまらないが、こんなのは噺家さんの大好きなやり取りらしい。
真打になったばかりの柳家緑也師も、市馬師に毎日会って毎日「あんた誰」と言われてたと語ってた。なにか面白いことを返す必要があるのだ。

つる子さんの取り組みは、実は2種類の微妙に異なる内容が複合している。

  • 古典落語の女性をもっと登場させること
  • 男性に都合にいい女として描かないこと

古典落語の女は、口を開かないことも多い。
先週笑福亭希光さんから聴いたばかりの「持参金」もそう。描写はされるが、セリフはない。
私自身もこの点で、常に疑問を感じてならないのが「妾馬」(八五郎出世)の、妹おつる。
あんちゃんが屋敷にやってきたのに、おつるのセリフは一切ない。
じゃあ喋らせればいいのか。そんな単純なものじゃないけれど。

まず、女性のセリフの比重を高めないとならない。そして次に主体性を与えないとならないから、実は二重にハードルがあるのである。

私のような男から見ていても、妾馬みたいな噺にはちょっと違和感を覚える。現代の観点からは、あえて口を開かせないと映ってしまうのである。
これに関して疑問を持つのは女流の噺家だけではないはず。
つる子さんが女子会落語で演じていた悋気の独楽も、男の噺家だって工夫はしている。文菊師など、目だけで実は怖いおかみさんを表現する。
それから「粗忽の釘」で、刺さった釘のお詫びにお向かいに出向く粗忽な八っつぁん。
春風亭一之輔師は陽気なおかみさんを登場させて、戻ってきた八っつぁんに対し「ずっと見てた」と言わせている。
デキる噺家は、一気に二重のハードルを乗り越えるのである。
現代の聴き手の違和感をなくし、そしてさらにあらゆる落語ファンを満足させてくれるのだ。

さてつる子さんは、芝浜を完成させるためにさまざまな既婚者に話を訊く。
大阪では(「吉田食堂」とか仕事があったついでと思うけど)、先輩の露の紫さんに結婚生活を訊く。
酔っぱらって電車を乗り過ごして帰ってこない呆れた旦那が、紫さんが急遽ワクチン接種を受けられるようになったとき、外で待っていてくれたのだと。
これ自体、まさに落語であるな。

完成させた肝心の芝浜、ダイジェストだから肝のところはよくわからない。サゲをかみさんのセリフに替えたのはわかるが。
ただ、フェミニズム的なものではなく、現在の落語界が同時に目指している方向性にあるという印象を受けた。

いっぽうでは、売出し中の桂二葉さんのような、男の落語をそのままやる人もいる。
女流の取り組みもいろいろである。

芝浜/臆病源兵衛

作成者: でっち定吉

落語好きのライターです。 ご連絡の際は、ツイッターからメッセージをお願いいたします。 https://twitter.com/detchi_sada 落語関係の仕事もお受けします。