神田連雀亭ワンコイン寄席12(金原亭馬久「近日息子」)

駒次  / すももの思い出
喬の字 / ワロタノール
馬久  / 近日息子

ちょっと前、21日は神田連雀亭ワンコイン寄席へ。もうすぐ真打昇進の古今亭駒次さんを目当てに。
落語協会3人の顔付け。30人くらい入っていて大盛況。
この日のブログ書いた方、他に2人見つけました。いえ、お顔は知りませんよ。

前日の月曜日もA太郎、とむ、吉緑という、所属団体もバラエティ豊かな顔ぶれで、当初こちらに来たかった。
駒次さんは大好きな噺家さんなのだが、ここ2回、5月6月と続けて「すももの思い出」に当たっているので。不安を抱えつつ。
と思ったら、見事に当たった。よそで聴いた「鉄道戦国絵巻」を除くと三連続です。新作被りというのは珍しいかなあ。
真打披露目に合わせ、この噺をバージョンアップさせている様子もうかがえる。鈴本での披露目に行ったらまた当たりそうじゃないか。どうしよう。
といって、不快な噺でもなんでもない。かなり面白い噺なのだけども、さすがにもう書くことがない。
ちなみに、ギャグは刈り込んでいる最中のようで、だんだん噺が短くなってきた。
披露目の前に、東神奈川で駒次さんと、春風亭昇羊さんとが出る会があって先にこれに行きたいのだが、また「すもも」かなあと思うとちょっと考えたりもします。
(※ 後日人さまのブログで知ったところ、本当にそうでした)
いや、同じ噺ばかり聴いて嫌がるなんて態度は、落語ファンの風上にも置けないとも思うのですが・・・
三遊亭白鳥師は、なるべくなにをやるか事前に告知して、ファンの負担を軽減しているようではある。

柳家喬の字「ワロタノール」

前説は柳家喬の字さんだった。順序変更があります、最初に力不足のために駒次が出ますと。
駒次さん、それを受けて「力不足の駒次です」と始めていた。今、披露目の前の一番忙しい時期でしょう。
駒次さんは、先日ここ連雀亭で卒業公演をしたが、その後2回高座に上がってます、卒業ってなんだろうだって。

喬の字さんは、「あったらいいな」を形にする小林製薬をマクラに振って、新作落語へ。
未来の噺なんだと。2058年、大政奉還から200年のこの年が噺の舞台。大政奉還って1867年なのでなんだか微妙に間違えてますがね。
その頃は、東京の落語会は大日本落語協会に統一されている。統一の手順は、まず円楽党と、立川流穏健派が芸協に合流し、しかる後に落語協会と芸協が合併したのだそうだ。立川流の過激派は、朽ちていったらしい。
まあ、でもそういうシナリオは実際にありそうだ。
過激派の弟子も、連雀亭に出てるけどね。
危ないネタを振り、「ここカットです」と、これは兄弟子の喬太郎譲り。

柳家喬の字さんの新作落語「ワロタノール」。知らなかったが新作をやる人なのだ。
この人は寄席の二ツ目枠で聴いたことがあったと思うが、記憶にない。ブログに書いていないのは、印象がなかったためと思われる。まあ、平凡な古典落語だったのだろう。
2058年に売れない二ツ目は、小林製薬と大日本落語協会がコラボした新商品「ワロタノール」を売りに歩かされる。ワロタノールを飲むと、落語を聴いて笑うのと同じ効能があるのだそうだ。
ということは、ワロタノールを売れば売るほど本業が減るのではないかと悩む二ツ目たち。
主人公は、金原亭馬久師匠の弟子という設定。まあ、毎回変えてるんだろうということは想像がつく。
実にしょうもない、くだらない噺でした。褒めてるのですが。
しかしさん喬一門からは、変な噺家が次々出てきますね。一番下のやなぎさんも相当変な噺家だし、上のほうも喬志郎とか、小太郎とか。
ライバル・権太楼一門からはこういう噺家は出てこない。権太楼師より、さん喬師のほうが一般的にはきっちりしていると思われているのに。この対比は実に興味深い。
客にギャグの身振り「ファイト!ひと笑い」を一緒にさせたり、やりたい放題、客席をかき回して去っていく喬の字さん。
馬久さんが古典落語でちゃんと締めますからだって。

金原亭馬久「近日息子」

そして、確かに金原亭馬久さんがしっかり締めた。愉快な顔の本格古典派。
面白い顔を武器にできればブレイクしそうなのだけど、面白古典をやるわけではなく、本格派。これでいいような、ちょっともったいないような。
先日黒門亭で、大ネタ「臆病源兵衛」を語るのを聴いたばかりである。そして、その際のトリ企画、高座舞が一番上手かったのがこの人。
昔ながらの噺家らしい修業をきっちりしている人らしい。
落語をよく知るお客の前で、「13か月」「馬鹿の親子」のマクラを堂々と振る。堂々とやると、手垢のついたマクラにもちゃんと効能があるものである。
もちろん、ここでウケようなどとはしない。淡々と振り、客に世界観を馴染ませていくのみである。
そして「近日息子」。わりと珍しい噺。馬鹿な息子の噺だが、与太郎とは個性の異なる馬鹿。
この噺のスタンダードな形を初めて聴いたかもしれない。亡くなった喜多八師のは本筋と関係ない「そうとも言う」をフィーチャーしていて雰囲気がかなり違うし。
スタンダードな形を丁寧に語り、バカ息子を持った親父の悩みをしっかり描き出し、しかしながら落語らしく非常にカラッとしている。
大いにウケておりました。
喬の字さんと馬久さんに見送られ、満足して連雀亭をあとにしました。

作成者: でっち定吉

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