池袋演芸場27 その4(柳家小ゑん「悲しみは埼玉に向けて」)

柳家花いち「土産話」

仲入りの前という、若手にとって非常にいいポジションを務めるのは昨秋の新真打、柳家花いち師。
昇進後も何度かあった聴くチャンスを逃し、その披露目以来。
順調に出世している。近いうちに、若手が登用される池袋下席でトリを取るんじゃないか。行きますよ。
ただいつも気になっているのが、古典はやれているのかなということ。
落語協会の場合、席亭から新作派として期待されると、新作縛りになってしまう傾向がある。天どん師のように、この縛りにとらわれなかった人もいるにはいるが。
花いち師は古典もユニークなので、両刀を続けられることを望む。ただ、どちらかに絞るならやはり新作か。

いつものように「オランウータンの赤ちゃん」(by花緑)「インドネシアの郵便局員」(by昇太)という二つ名を語る。
私前座からこの「花いち」なんですけど、二ツ目になるとき、「いち」を漢字にしたいと師匠に相談したんです。平仮名は安っぽいなと思って。
師匠には、なら「小さん」はどうなんだと言われて、ぐうの音も出ませんでした。

コロナで配信の落語が増えました。先日も渋谷で配信に出てきました。
私は開口一番で「だくだく」を演じていたら、楽屋の小里ん師匠が、「お、新作か」とつぶやいていました。
古典をやっても新作になるみたいです。

嫌味のない自虐を吐いて楽しい新作落語へ。
お隣の奥さんが、「初めて海外旅行に行ったの」とお土産を持ってきてくれる。行先はムンバイ。
ムンバイってどこかしら。
左手を出して説明する隣家の奥さん。これがインドとすると、ムンバイはここなの。
よくわからないと言うと、ちょっと待ってねと手の甲を叩き、「今血管でガンジス川出すから」。
お土産は、木彫りの仏像。もらっても困ってしまう。

この仏像を包み直し、別のご家庭に持っていって「ムンバイ土産」だと言うのだろうと。
その際の、左手のギャグが繰り返しで効果的ではないか。
最終的にはお土産が隣家の奥さんに戻る。
そんな噺では、ありませんでした。すみません、極めて陳腐な想像でした。

そんなのだって落語にはなるんだけども、もっとスケールの大きい噺。
それに土産には過去の伏線がある。ムンバイの木彫り仏像は、オーストラリア土産の木彫りコアラの返礼だったのだ。
その妙な土産にも、理由がある。
教員免許を持つ花いちさんらしい、ちょっとした教養に溢れる楽しいバカ落語。たまりませんな。
この落語もやはり、日常からスタートしてどんどん飛躍をしていく。
飛躍しながら、旅行のお土産という、庶民的な悩みにフックが掛かったまま。上手いつくりだよなあ。
まともそうな隣家の奥さんは、善良だがちょっとだけエキセントリックな人。

柳家小ゑん「悲しみは埼玉に向けて」

仲入りは柳家小ゑん師。この新作まつりの総帥みたいな人。
白鳥師みたいなツートンカラーの着物を着ている。
皆さんは普通の寄席では満足できない変態なんですねと。
早々に噺に入る。「○時○分発、準急新栃木行きのベルは、まだ鳴っていた」。
三遊亭円丈作「悲しみは埼玉に向けて」だ。小ゑん師から聴くのは初めて。

マクラが短いのも納得。
円丈師の語った、このストーリーのない噺を、さらにもう一段上のメタ構造にしているのである。
「ストーリーのない噺」というか、地噺の一種でしょうか。でも、演者の語りが脱線ではないから、古典の地噺とは違う構造。

噺を語っているのはあくまでも小ゑん師本人。
円丈師の役割はナレーター、解説者だったわけだから、すでに角度が異なっている。
北千住の街並み、佐野厄除け大師とか、佐野女子短期大学とか、ネタの多くを踏襲しつつ、この歴史的快作をさらに進化させる小ゑん師。

語り口はそのまま、いにしえの実験落語会に思いを馳せる小ゑん師。
伝説のジァンジァンには円丈、しん平、談之助、清麿など多くの新作落語家が集結。左談次まで。
そして今や芸協会長の春風亭昇太が客席にいたのだ。みんな私を踏み台にして出世する。
そこで掛けられ、バカウケを取ったのが、北千住を舞台とするこの噺なのだ。

千住というと粋なイメージなのに、北が付くだけで印象悪い北千住。北は悲しいです。北浦和、北越谷。
しかしそんな北千住に行くことになる、山の手育ちの小ゑん師。円丈師の住む竹ノ塚まで稽古をつけてもらいにいくのだ。
西小山から目蒲線に乗ったはずの小ゑん師だが、時代設定もまた混沌としている。
東急はすでに目黒線となっており、三田線に直通している。
大手町から千代田線に乗ると、なんと乗り換え1回で北千住に着いてしまう。
その北千住は、千代田線を使って二重橋、表参道、そしてなんと成城学園にまでつながっている。

あまり早く円丈宅に付くと時分どき。おかみさん(モノマネ入り。わからないけど)がお寿司を取ってくれたり気を遣わせるから、北千住で時間を潰そうと。
北千住は今やルミネがあり、マルイがある。「rumine」とか、「丸丼」とかパッチモンでなくて。
ルミネには成城石井まで存在する。
ただ駅前には、円丈師もネタにしたパチンコ「ビックリヤパートⅡ」がある。
東口にもビックリヤパートⅡがある。パートⅠはどこに行ったのか。
そして、駅前に並ぶサラ金ビル。
ちょっと時代が古めで、「三和ファイナンス」や「武富士」のある時代。

北千住から東武スカイツリーラインに乗って竹ノ塚に向かう小ゑん師。
スカイツリーラインとは世を忍ぶ仮の姿。まこと本名は東武日光線。
本当は伊勢崎線だが。
隣の女の子がメールを読み、涙を流している。ここからとめどなく広がる妄想。

ユニークな新作は、ちゃんとしみじみした余韻を残して終わる。円丈師も、そして小ゑん師もすばらしい。

続きます。

 
 

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作成者: でっち定吉

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