池袋演芸場27 その7(柳家喬太郎「焼きそば」下)

この日一番のバカ落語、「焼きそば」。
なんのネタを出すかはまったく知らなかったのだが、途中でキーワードが出てきてわかった。
2020年の新作台本募集の佳作である。タイトルだけなんとなく覚えていたのだ。
その際の表記は「焼そば」。表記は揺れている。
マクラのカツカレー談義も、B級グルメとしてここに薄くつながるのだ。

当時の発表会では桂才賀師が掛けたそうで。
そして、柳家小ゑん師も昨年のこの席で手掛けたのだ。小ゑん師だと、「フィッ!」に近いイメージだろうかと想像。
それらは聴いていないが、喬太郎師にとっては、実にドンピシャの噺だなと。
喬太郎師の復刻落語「綿医者」と、そのバカさ加減がよく似たムード。
振り切った喬太郎落語には、ツッコミを務める常識人は出てこない。ツッコミの欲しい客は自分でツッコむしかあるまい。

「焼きそば」の新作台本作家は荒井久美子さんという女性。
私もたまにつまらん落語を執筆してるのだが、こんなバカ落語を書きたいものだと、このたびの高座を聴いて強く願った。
高座は噺家のものだから、作家は二次的存在。でも、この作品のコアアイディアからは、作者の貢献度の高さがよく伝わってくる。
落語の創作というもの、数をこなすことで上達はするだろう。
だが、発想というものは果たして上達するのだろうか? 才能ではないか。

劇中で喬太郎師、「佳作に残しといたんだよ」とこの噺自身について触れていた。
佳作止まりでも、高座に掛けることで出世する作品があるのだ。
そして、めちゃくちゃな展開に関し「ここまで台本通りにやってるんだけどな」。
ネタおろしとは思えない、完成度の高さ。演者との抜群の相性。

頭痛のひどい旦那。奥さんに付き添われ、病院でMRIなど精密検査を受ける。
いきなり「お父さんどうしたの、マクラが長かったから?」という卑怯なギャグにやられる。
医者が言う。命に別状はありません。ただ、ご主人の左脳が焼きそばになってます。

なんですかそれ?と奥さん。
訊きたいのは、笑ってる客のほうだけど。

この症例いくつかあるんですけど、欧州やパプアニューギニアでは、焼きうどんなんです。焼きそばは珍しいですね。
大丈夫ですよ。脳が焼きうどんになった人、むしろ長生きしますから。
あまり公にされてませんが、100を超えた人ばかりですから。三遊亭圓朝を生で聴いた人もいます。

奥さんも驚いているが、パプアニューギニアに焼きうどんあるんですかと、疑問に思う点がズレている。
このあたりに古典落語のクスグリが隠れているし、喬太郎落語のエッセンスも強く感じる。戸惑った人の戸惑いをストレートに出すと、自然なギャグになる。

奥さん続けて、いったい何の焼きそばなんでしょうね。
医者いわく、恐らくインスタントでしょうね。生麺ではないです。
ペヤングでしょうか、UFOでしょうか、それとも一平ちゃんでしょうか。
知るか。
いずれにしても、インスタントを愛する喬太郎師、心の底から嬉しそうにこの噺を語るのだ。

医者が語る。
ところでペヤングというのは、本当は「ペアヤング」なんですよ。CMに出ていた桂小益さん、今の文楽師匠ですがね、小益さんが撮影の際「社長、ペアヤングって言いにくいんでペヤングにしちゃったらどうですか」と言って、それが通ったんですよ。
私ご本人から聴いたんで、事実です。

次回の診察に行くと、焼きそばの正体がわかりました、日清インスタント焼きそばです。
最近見ないですね。
見ないですね。焼きそばなのに茹でてから炒めるんですね。

旦那の症状はさらに進んでいるが、もはやシュールすぎて心配する人などいない。
シームレスに舞台から抜け出せる喬太郎師は、登場人物のセリフのまま「この後オレ、落語研究会で品川心中やるんだよ」。
「そんなときのテンションはどうなんですか」「まあ、仕方ないね」。

世界では戦争が起きており、日本でもまだまだ第6波なのに、満員の池袋ではこんなバカな落語が堂々と掛かり、客は喜んでいる。
平和っていいなと実に思います。

焼きそばはすでに名作だと言っていいだろう。
来年の新作台本まつりでもまた掛かるんじゃないですかね。喬太郎師か、小ゑん師か。
演者を選ぶ噺だという印象。ブっ飛んだ噺の見事な、彦いち、駒治、花いちといった人ですら、焼きそばは語れないのではないかなんて。
丈二師なら語れそう。

果てしない満足の池袋。
4~5年前の私なら、こんな席では笑いすぎ、疲労困憊して倒れていたと思う。比喩でなくて。
面白いもので、今や大満足を味わいつつそれほど疲れなくなってくる。
落語のシャワーを浴びながら、同時に休憩できるようになるんですね。
そして、楽しみながら頭の隅で、今回書きつづったことをすでに同時につぶやいている。
メモなんか一切取らなくても、ネタの中身を忘れにくいのはこのためだ。
一皮剥けた気がします。これも落語の神さま、喬太郎師のおかげ。

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作成者: でっち定吉

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