9月2日二部【二ツ目がトリ】
門朗 / 道灌(四天王から)
小圓鏡 / たけのこ
丈二 / リサイクル課長
(仲入り)
彦いち / 舞番号
小もん / 提灯屋(ネタ出し)
朝雨が降って、終日どんよりする中、傘は持たずに黒門亭へ。
黒門亭には何度も来ているが、先日初めて「光る二ツ目の会」に来た。二ツ目さんは、気になり出すとつい続けて聴いてしまう。
今回は、同じく初めての「二ツ目がトリ」。
トリの柳家小もんさんは、春に柳噺研究会で聴いた。当時は前座で、小多け。道灌で、いい客をくすくすさせていたので感心したものだ。
彦いち、丈二と新作派も揃い、面白そうな番組。
人気者も出るとはいえ、札止めになる顔付けではない。だから開演直前に着こうと思っていたのだが、早く着いてしまった。
なので、日高屋(御徒町駅寄りのほう)で、向かいのガード下、蒙古タンメン中本のすごい行列を眺めながら中華そば390円をいただく。
それでもまだ10分ほど早い。開場前に黒門亭に着くと、ちょっと列がある。
一部のトリ、柳家三語楼師が表で客を見送るのを眺める。
二部は空席少々でスタート。でも、二ツ目のトリにしてはなかなか盛況だと思う。
橘家門朗「道灌」
会場入りすると、前座の名前がメクリにすでに出ている。文蔵師の二番弟子、橘家門朗さんだ。
非常にいい前座に当たり嬉しい。
開口一番の前座がすべき、「携帯OFF」「隠し録りNG」のアナウンスを忘れて噺を始めてしまい、袖の番頭、柳家かゑるさんから天の声。
ここで慌てず、しっかりウケを獲るところが門朗さんは偉い。客に「あとなんかありますか」と訊いたりして。
番頭の天の声に、なに掛けるつもりだったか忘れちゃったと言って、改めて、隠居を訪ねる八っつぁんから再スタートする前座の門朗さん。
いきなり太田道灌公の絵に進まない。
この場合、「小町」なら比較的メジャーな噺だが、姉川の合戦、本多と真柄の一騎討ちから「四天王」。
いつも取り上げる私のバイブル「五代目小さん芸語録」で存在だけは知っていたが、初めて聴いた。他にも「児島高徳」なんてあるらしいが。
前座さんから珍しい四天王を聴くとはびっくりである。本の聴き手石井徹也氏だって、一度しか聴いていないそうで。
黒門亭の客にだって当然なじみのない噺だが、しっかり軽くウケを獲る。珍しいだけでなく、ちゃんと面白い。
それから、「ライスカレーの絵」道灌へ。
記憶に残る文蔵師の道灌に似ているので、そちらから来ているのだろう。八っつぁんが首絞めるのが好きだったり、女形に注力していたり。
しかし文蔵師ほど乱暴ではなく、また独自のとぼけた味わい。師匠とは当然キャラが違うのだから、同じようにはやらないのだ。
ギャグは刈り込んでいて、例えば羊羹や生姜のくだりはカット。自分が面白いと思う部分に注力しているらしい。
ここ黒門亭で聴いた、門朗さんの時そばにはいたく感心したものだが、今日も同様。
最近、古典落語における「ワンフレーズの芸」というものを発見して楽しんでいる。文蔵師にもこれがある。
門朗さんの八っつぁんのワンフレーズは、道灌の絵についてひとこと「変な絵」。これで大ウケしていたあたりは師匠譲りだと思う。
噺の構造上、時そばのような爆笑は生まれないが、実に楽しい道灌でした。
前座がいいと非常に得をした感じがする。黒門亭でも、しょうもない前座が出るけどね。
月の家小圓鏡「たけのこ」
番組トップバッターは、通常は二ツ目だが今日は真打。
月の家小圓鏡師は初めて。
橘家圓蔵一門は、総帥没後寄席において辛い状況にあるのだろうか、あまりお見かけしない。志ん朝一門だって、かつてそういう状況だったというから仕方ないところか。
とにかく、落語協会のめったに見かけない噺家の高座を聴けるのが黒門亭。ただ正直、聴かなきゃよかったという場合も(たまに)ある。
ご両親が秋田出身だという小圓鏡師、甲子園の金足農業には興奮したと。だが、このマクラは内容がどうかではなく、メリハリなくて今ひとつ。
ところが、「たけのこ」本編に入ったら、人が変わったように生き生きしていてびっくり。
マクラで盛り上げておいて本番失速という人もいるが、そのパターンより逆のほうがずっといいですね。
シャレで生きてるお武家様という、あまり落語に登場しないキャラが、非常にハマっている。
楽しいたけのこ。東京では、亡くなった喜多八師匠がやってましたね。
三遊亭丈二「リサイクル課長」
そして、ピンクの羽織に花柄の着物、長髪で、とても女子っぽい三遊亭丈二師。男です。
この師匠は、黒門亭がぴったり。通常の寄席で楽しみにしていても、同じ小田原丈マクラばっかりでがっかりすることが多いのだが、ここの高座では跳ね回る。
寄席では、はじめて来る人を戸惑わせないためなど、きっとこだわりがあるのだと思うけど。
マクラでこれ以上なくウケを取り、そして本編でしっかり笑いを得る。黒門亭の高座を聴く限りは、圧倒的な高みに到達している超絶天才噺家といって過言でない。
声は終始上ずり気味だが、不自然ではない天然上ずり声。なんだそりゃ。
中には不快感を持つ人もいそうなのだが、ハマると聴き手も高揚してくる。
謝楽祭のために、楽屋で色紙を書く丈二師。5枚書いたが、1枚は当たりか外れか「小田原丈」。
黒門亭の客に、小田原丈を説明する必要はない。
永谷演芸場に出たことのある噺家には、演芸場の空き時間の利用案内が来る。しかし師にはいまだに「小田原丈」と「丈二」と、二通手紙が来る。なぜか一時、「丈二」のほうだけ来なくなった。
新作落語の釣り愛好家が集まるマンタ倶楽部について。というより、主として兄弟子の三遊亭白鳥師のエピソード。
白鳥師、本はよく読んでいるので物識りなのだが、残念なことに、覚えた事柄のすべてが少しずつ間違っている。
女優「和泉雅子」について、高座でずっと「わいずみまさこ」と言う。
「俺、マジョルカ人形買ったぜ」というから何かと思ったら「マトリョーシカ」だった。
さらに、ダッチワイフをドッグファイトと言い間違える。
ダッチワイフ云々は、ルアーフィッシングで釣りあげられる魚の気持ちを噺家らしく語ったもの。「お前、街中でドッグファイト見せられても飛びつかないだろ」。
そんなもん、本物の女を見たって別に飛びつきやしないと丈二師。
マンタ倶楽部はこのたび西表島に行った。事前に打ち合わせていて知っているはずだし、毎回間違いを指摘されるのだけど、それでも口を開くたびにやっぱり「にしおもてじま」と言う白鳥師。
今回の丈二師の高座、私と波長があまりにも合ったため、まだまだ続く楽しいマクラの内容、ことごとく覚えている。
他にもプリペイド携帯の話、イルカの話、故桂吉朝のマクラの話。
西表島でもウミガメとかさらに面白い部分があったのだが、丈二師の財産を侵害してしまうのでこのくらいにしておく。
ちなみに、噺家さんのマクラを聴いてすぐ忘れちゃうという人も多いでしょう。
忘れたって別にいいし、最初から忘れる前提で聴き流したっていい。だけど、楽しいマクラのなにに対して笑っていたのか忘れると人間気持ち悪いものである。
マクラを覚えておくにはコツがあって、それは内容そのものではなく、聴いたときの自分自身の気持ちを瞬時に脳裏に焼き付けることだと思う。そうすると、メモなんか取らなくても結構覚えられる、はず。
瞬時に脳裏に焼き付けるにはどうしたらいいかって? さあなあ。
漫談だけで終わっても十分なくらい楽しい丈二師。だがマクラが楽しければ楽しいほど、本編への期待は高くなる。
だから、マクラで盛り上げ過ぎないというのも、噺をトータルコーディネートしたときの、ひとつの立派な技法。しかし堂々攻め抜く丈二師。
「リサイクル課長」を生で聴くのは初めてだが、喬太郎師の番組で出ていた。
環境省のリサイクル課長が、チンピラの息子ひとりを残して亡くなる。
手伝いに来る元部下が、息子に面と向かってチンピラ呼ばわりを繰り返し、そしてCO2排出削減のため、なんとか課長の遺体を焼かないように説得する。
土葬や水葬など、地球にやさしい埋葬法、チンピラだったら一度や二度やったことはあるだろうと部下。
息子にどれも拒否されると、じゃあ無駄にしないように食べようという部下。
実に楽しくくだらない噺である。丈二師の噺はだいたいサゲの前に切れ場があって、TVではそこまでやるのだが、今回知らなかったサゲが聴けた。
丈二師の新作はすごいが、冷静に分析すると、作り方の秘訣は多少わかる。
アイディアを思い付くには、異質なものどうしを結び付けろなんていう。「エコロジー」と「チンピラ」という、異質なものを結びつけると一席の噺ができるわけである。
「ヤクザ」と「学生アルバイト」を結び付ければ「極道のバイト達」になるし、「女子高生」と「虚無僧」を結び付ければ「カフカの虚無僧」になる。
そして結び付けた異質なものどうしに、ブリッジが掛かると実に楽しいのだ。人を簀巻きにして海に放り込むのは、CO2を排出しないから環境には優しいというふうに。
とにかくも丈二師、ワンアンドオンリーで、新作落語界になくてはならない人。
寄席でもこの力を発揮して欲しいな。新作落語の本場、池袋ならトリを取っていい人だと思うのだけど。
林家彦いち「舞番号」
仲入り後の林家彦いち師は、黒門亭でも高座の一番前に座って狭い客席に圧を掛ける。
丈二師と同様、色紙を頼まれた。すでに鈴本で書いたのだけど、また追加でリクエスト。
なので、「三遊亭小田原丈」と書いておいたと客にその色紙を見せてくれる。「三遊亭小田原丈 押忍!」って書いてあった。あとひらがなで「さんゆうていおだわらじょう」。
謝楽祭でこの色紙が当たったお客さん、なんのことかわからないだろうだって。
黒門亭の後、新真打駒次改め駒治師のパーティに行ってスピーチするらしい。一門じゃないのに。
師もマンタ倶楽部のメンバーで、西表島や対馬にも一緒に行った。
丈二さんのマクラの内容を引いて大ウケ。さらに彦いち師も、爆笑白鳥ネタを。
しばらくご無沙汰してるのだが、白鳥師匠がたまらなく聴きたくなってきましたぜ。
ちなみに、二人のマクラに共通して出てきたのが、白鳥師の弟弟子、マンタ倶楽部会員の彩大師の名前。
彩大師、今いろいろ悩んでいるらしい。悩んでいる弟弟子に対し、白鳥師がとてもいい兄貴だということが伝わってくる。
黒門亭といえば、彦いち師は以前、ネタ出しで「不動坊」を出していた。ところが、協会から東京かわら版への伝言ゲームの過程でなぜか、「不動坊」が「黒ん坊」になってしまい、かわら版にも印刷される。
「彦いち師匠だったら、そんな噺持ってるんじゃないか」という双方の思い込みによるものである。
ネタ出し「黒ん坊」を楽しみに来た客に「やりません」とは言えない。また、落語事典を紐解くと、誰もやらないが「黒ん坊」という短い噺が載っているのである。
仕方なく、不動坊の前にやったらしい。
彦いち師匠、本当は古典落語をもっとどんどんやりたいんじゃないか。上手いし。でも、新作を期待されるから大変だ。
本編はマイナンバーネタの「舞番号」。昨年作ったそうで。
近未来、ラジオの落語番組も、芸名ではなくマイナンバーで紹介される時代になってしまう。
なんでもマイナンバーが紐づく事態に反旗を翻し、携帯からマイナンバーを抹消してしまう二ツ目の噺家、もみじ亭エリンギ。
あ、噺家ものだ。古典落語には少ないが、新作には噺家ものは多い。
弟弟子のしめじを証人に、目の前でマイナンバーを抹消して得意になっていたが、途端にクレジットカードは使えなくなり、駅の改札も通れず、自宅の電気もつかない。
ツイッターやフェイスブックでは、エリンギさんの死亡でお悔やみコメントが次々付いている。
困りはしたが、ネタになっていいやと、翌日出番のある鈴本に行くと、エリンギさんの代演で、柳家権太楼師匠が代わりに入っている。モノマネ付きの権太楼師匠に詫びるエリンギだが、噺家にも昔亭にも、その場にいないように扱われる。
死神のパロディが入り、そして冒頭の伏線が活きる、衝撃の結末。
実に変な、楽しい噺。変な登場人物の造型がまた、彦いち節。
新作落語を書き始めた私だが、彦いち師の噺の作り方はとても勉強になります。
この師匠の新作には、理屈で解析できない部分が必ずある。その独自のムードが、落語の世界観を生み出しているのだということがよくわかる。
日常用語に言い直すと、飛躍だ。
謝楽祭で、彦いち師の書いた偽物の「さんゆうていおだわらじょう」の色紙をもらった人が、ツイッターにアップしていた。
彦いち師匠の目論見通り、投稿者さんが首をかしげている様子なので笑ってしまいました。
柳家小もん「提灯屋」
トリは二ツ目昇進して間のない柳家小もんさんで、ネタ出し「提灯屋」。
小もんさん、抑制の聴いている語りで実にいい味なのだが、提灯屋というそれほど聴けない噺、実に難しいのだなあと、聴きながら思う。
客に家紋がわからないという理由もあるが、難しい理由は他にあるようだ。
全編、ウケどころといえばウケどころなのだけど、いっぽうで爆笑を獲るシーンがない。ギャグも繰り返しである。
弾けないまま進むので、中には不満のたまる客もいるだろう。
そして、町内の若い衆にやり込められ、金銭的損害も大いに受けて頭にくる提灯屋の怒りの変遷に相当の技術がいる。
唯一の常識人である、米屋の隠居と対峙するときに、もっとも怒っていなきゃいけないのだ。すでに気が狂っているといってもいい。
常識的な隠居の常識的な受け答えにヒートアップするのだから、すでによほどひどい目に遭っていなければならない。
ねじり梅とかくくり猿とか、こういう知識は別になくてもいい。
提灯屋という噺が滅びなければ、家紋がわからなくても言葉だけは覚えてしまう。
小もんさんの前に出ない引きのスタイルは、爆笑噺には向いているけども、この噺に関しては別の技法が必要な気もする。
この難しい提灯屋を十八番にしている小遊三師匠はすごいや、と改めて敬服する。
小もんさん、しっかり上手いし、聴いて気持ちもいい。面白さについてはもうひとつかなという高座でした。
でも、やり手が少なく難しいこの噺、滅ぼさないためにも、ぜひものにしてください。
大満足の黒門亭。
楽しい日曜日でした。
その次の週は、家族で落語協会の謝楽祭に出向きました。
明日からは、それについてたっぷり、もういらねえよってくらい書きます。