神田連雀亭ワンコイン寄席40(中・立川吉笑「ぷるぷる」)

続いて、本来トリの吉笑さん。
いつもの、うぐいす色の着物に山吹色の袴姿。
背が非常に高いのだけど、特に大きくは見えない不思議な雰囲気の人でもある。
ずっと聴きたかったが、連雀亭の巡り合わせがよくなくて2年以上間が開いてしまった。

ワンコインは10時半集合。いつもの電車でいつもの時間である数分前に来てみたら、一番キャリアの浅い仁馬さんでなく、1年先輩の優々さんが幟を出したり木札を出したり、準備している。
上方落語の人だから、こういう場では気合が入るのだろうと。
仁馬さんが来なくておかしいなとは思うものの、寄席でちゃんと修業している芸術協会の人だから、大丈夫だろうと。なにしろ公益社団法人なんだから。
この点我々立川流や、上方落語の人は高座ひとつの重みが違いますからね。

でもかわいそうなので、SNSに遅刻したなんて書かないでくださいねだって。
もう昨日書いてしまったけど。
ちなみに、昼席に出る寸志さんにも念のため声掛けたらしい。

2人で準備するのは大変です。太鼓も叩けませんし。
なので二番太鼓はCDです。CDで太鼓を流したそのままで出囃子に入ろうと。
そうしたら、CDがランダム設定になってたみたいで、流れてきたのが談春師匠の出囃子です。もう、この時点で叱られてるムードなんです。
入門したばかりの頃、談春師匠に怒鳴られた話があります。
談春師匠、怖そうでしょ。落語界に入ってみると、やっぱり怖いんですよ。

師匠・談笑のカバン持ちで楽屋に始めていく。まだ名前もない時代。師匠はちょっとぶらぶら外に出てしまって、楽屋で立ち番をしている。
談春師が見かけないツラを見て、いきなり「テメエ誰だあ」。
今の吉笑さんなら、談春師の心持ち的には「あなた誰?」ぐらいのセリフだということはわかるのだが、でもこの人は喉元にフィルターがあって、キツイ言葉に逐一変換されるのだ。
ビビりながら「談笑の弟子のひとらです」。
「ひとら? なんだそれはあ」
「珍しい名前なんですけど、人に羅生門の羅と書いて人羅なんです。京都の名前なんですけど京都でも珍しいんです」

こんな楽しい噺を、所作入りの、モーレツなスピードで喋る。
歯切れがいいし、使う単語が練りに練られているので聞き取れないことはない。
相変わらず面白いなと。
ちなみに吉笑さん、談春師と誕生日が同じだそうで。

マクラはコミュニケーションというテーマで本編につながるらしい。
噺が始まる。
どんなシチュエーションだかまったくわからないまま、上手を向いた人間が変な声を発している。
唇をぶるぶる鳴らしながら、でも明らかに日本語を語っている。
カミシモが変わり、下手を向いて喋っているのはご隠居だ。
隠居がムダなく、先ほどの話を解説してくれる。
なるほど八っつぁん、壁の塗り替えのために棟梁が長屋の各部屋に置いていった松ヤニが、おいしそうだったので舐めてしまったと。舐めても味がしないのでさらに舐めたら、唇が張り付いてしまったと、こういうわけだな。

いきなりすごいな。
長屋を舞台にした、古典設定の新作だ。かろうじて、古典落語の世界から逸脱しない作りになってはいるが、実際にこんな雰囲気を漂わせた古典はない。
ハイパー古典落語だ。
ちなみに、言葉は東京落語のものでした。最近、江戸上方二刀流がちょっとだけ話題になったけども、昔からこの人は、普通に両方やってるのだ。
古典と新作、上方と江戸だから、四刀といえないこともない。

連雀亭のボードによると、タイトルは「ぷるぷる」。思いっきり新作のタイトル。
この記事で検索1位を取りたいな。吉笑さん自身の記事が強敵だが。

アホな八っつぁんが、唇がくっつきながら喋る言葉が、客の耳にも、隠居の耳にも徐々に聞き取れるようになってくるから面白い。
しかし、唇をぷるぷるいわせながら喋る稽古をしている吉笑さんを想像すると、二倍楽しい。

やはり東京の新作には、「飛躍」が濃厚にあるなと。
唇をぷるぷるするだけで飛躍なのだが、物語はさらに2人の登場人物を加え、エスカレートしていく。

さらに面白いのは、八っつぁんはくっついた唇をなんとかしたいと隠居に救いを求めにきたのではないということ。
すでに八っつぁんはぷるぷる喋るのが日常になってしまい、隠居に人生相談をしにきたのだった。
ぶっ飛んだ人物が平常モードだという点で、噺の飛躍を再度裏返してくるのである。

伝わるべきものが中途半端にしか伝わらないというアイディアに、「ぞおん」と近いものを感じた。
ご本人のブログをチラ見すると、同じ作り方なんだそうだ。客の反応もフィードバックしていって作り上げるそうで。

やはり吉笑さんはすごいです。
もともとアイディアの優れた人だが、この日は落語の上手さも濃厚に感じた。このレベルの人、2年聴いてなければ、ますます上手くなっていて当然。
意味不明のシチュエーションを徐々にわからせていく展開からは新作の上手さを、そして唇で遊ぶ隠居の姿に、古典落語と共通する人物描写の上手さを見た。
ソーゾーシーにも行きたいな。この新作ユニットのメンバーは、鯉八、昇々、太福と鬼才揃い。

遅刻した仁馬さんが着替えているのを確認して高座を下りる吉笑さん。

続きます。この仁馬さんもまた、すごかったのでした。

 
 

作成者: でっち定吉

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