坊主頭の仁馬(じんば)さん登場。
下げた頭を再度深々と「申しわけありません」と客に謝罪から。それは当然として、なんだかツカミばっちりで面白いぞ。
こども部屋おじさんの仁馬です。
私は最近、連雀亭に入れてもらったばっかりなんです。二人の先輩はキャリアが大きく違う人たちです。
最もしくじってはいけない立場です。
今日は、寝てたわけじゃないんです。でも、なんか変だなと思っていました。
手帳を見たとき、書き込みがあったときの衝撃と言ったら。
そして、着信があったのにも気づかなかったんですけども、吉笑アニさんからのメッセージがありました。
人間、本当にしくじったときには大声出すものです。
母親を心配させながら急いで出てきました。
吉笑アニさんとのファーストコンタクトが、遅刻の連絡です。最もしたくない接触でした。
もともとこの日の予定でなく、春風亭弁橋さんと入れ替わったために、忘れてしまったようだ。
謝罪を述べてから、本編に。
いきなり彼氏に、彼女があなた女々しいところがあるから今日はちゃんとしてと声を掛けている。彼氏は挨拶の練習。
え、新作? 圓馬師の弟子が、坊主頭で新作掛けるなんて想像もしなかった。
満員の客もオヤと思っただろう。吉笑さんの見事な新作の後だし。
仁馬さん、地に返って「新作落語です。とても古典ができるテンションにありません」。
坊主頭は新作に向きはしないが、ちゃんと噺の中で利用していた。
彼女の家に、結婚させてくれと挨拶に出向くカップル。
親父が頑固で難物そうだが、物わかりのいいことも言う。結婚させない条件はひとつだけなんだと。
ひとつだけの条件を警戒した彼氏が、からめ手から質問していく。
「パンクロッカーはダメ?」「役者はダメ?」「お笑い芸人はダメ?」と次々尋ねていくが、すべて問題なし。
安心して、実はぼく落語家なんですと言うと、「落語家だけはダメだ」。
ネタバレすると価値が薄まる噺なので書けないが、実に楽しい新作だった。
濃厚なメタフィクション要素もあり。シュールなネタを軽く使う器用さがあり。繰り返しのギャグと、そして最後に裏切る四段落ちもあり。
大変な衝撃を受け、感動した。新作落語の未来はとても明るい。
「多様性」というタイトルはふざけているが、この噺によくハマっている。
演題付けるのがヘタな人もいるが。
楽屋ネタ、業界ネタを拡大した新作落語は、落語協会の新作派がよく掛けている。
彦いち師なら「つばさ」「舞番号」、百栄師なら「落語家の夢」「マイクパフォーマンス」。それから白鳥師の「富Q」とか。
ただ、仁馬さんの芸協にはこの系譜はない。かつては「新作の芸協」だったのだが。
落語界を題材にした新作に限らず、新作の歴史まで話を拡大してみる。
芸協に新作の系譜は脈々と流れているものの、米丸師が会長だった頃の芸協新作、大部分滅びてしまった。日常生活のスケッチが大部分の落語。
現在では、その古さに価値を感じて虫干しするため掛ける人がいる程度。
芸協新作を滅ぼしたのは、落語協会の三遊亭円丈師。歴史を振り返ったときに、そういう結論が出る。
これと別に、当代文枝師から始まる上方新作もある。
上方新作もまた、日常生活のスケッチが多い。かつての芸協新作と違い今でも隆盛を誇ってはいるものの、落語というより強いお笑い要素を感じる。
現代は芸協でも、再び新作が盛んだ。昇太会長の功績が大きいだろう。
今輔師、そしてこの日先に出た吉笑さんとソーゾーシーを一緒にやっている、鯉八、昇々。
そしてエロ新作の羽光と。
他にも吉好さんとかいろいろいるようだが、すべては知らない。
だが仁馬さんのこの「多様性」という新作落語は、どの系譜にも乗っかっていない。この点がすごいなと。
二ツ目になって1年の若手が、現代の新作落語をゼロベースで作っている。
こんな落語を作って大スベリする若手の姿なら簡単に想像できる。だがアイディアをちゃんと噺に持っていくそのセンス。
落語を知り尽くしているのだろう。
設定はぶっ飛んでいるが、セリフ回しが古典っぽいのがいにしえの芸協新作とまったく異なる。
でも、古典の要素が過剰に出るか、または切り替えすぎてしまい、崩れる残念な新作とも違う。
古典派が新作やろうとして、自分で書けないので他人に頼んだホンを演じると、こうなる印象。
故・円丈は、最初から新作をやる意志を持ちつつ、基礎を身に着けるために圓生に入門した。
仁馬さんもそんなつもりで圓馬師に入門したのではなかろうか。
そこまで想像してしまった。
一席終わると高座に、吉笑さんが登場。
後輩の遅刻でもっとも被害を受けた人である。
吉笑さんひとこと、「坊主にしてきたんで許してやってください」。
袖で聴いてた吉笑さんも、この新作が、この新星がいたく気に入ったに違いない。
楽しいハプニングで4月を終えました。