夜中の自転車練習にいろいろ思う

外出していて、夜中9時頃帰ってきたことがあった。
自宅の前には、昼間保育園児で賑わう公園がある。この夜の公園で、自転車の練習をしている男の子がいる。

だが、異様だ。
男の子は、未就学の坊やなんかではない。すでに大きな図体。
公園の照明だけではよくわからないが、中学または高校生になっていると思われる。
母親らしい人が、じっと間近で見ている中、自転車をこぐ男の子。これが、本当に下手で。
カーブする際、車輪を接地していることができず、ズザーと砂を蹴る音がする。
通常、これは幼少期に体で覚えるスキルである。

いったいどういうシチュエーションなんだろう。
この公園はそこそこ広く、自転車の練習には向いている。
だが、人に見られずこっそり練習できるような場所でもない。交通量の多い通りに面しているのだ。
でも、「夜中だから恥ずかしくないし迷惑も掛けない」という、ある種のフィクションにのっとっての、妥協した活動なのだと想像する。

小学生の男の子というものは、自転車で遠乗りし、冒険するものだと思う。実際によく、どんな街でも冒険中の坊やを見かけるものだ。
その時代を自転車なしで過ごしていたとおぼしき少年に、引きこもりの可能性を強く感じる。
引きこもりをお母さんが連れ出し、失われた10年弱をなんとか取り返そうと必死でペダルをこいでいる。そんなことだろうか?

引きこもりというものは、家庭の問題点を一身に背負ったことで生まれるらしい。
一之輔師のあなたとハッピーの合間に流れる人生相談で、加藤諦三先生がそう言っていた。
ということは、引きこもりの少年の背景には、家庭の問題もあるかもなんて。
家庭の問題をひとり背負って引きこもった少年は、今になり、自転車をこぐことで家庭をよみがえらせようとしている。
そういうことか。

しかし、自転車に乗ることは、もっと小さな子にとっては、もはや大したスキルではなくなった。
かつて、自転車に乗るとは、子供が社会通過儀礼を済まし、ライセンスを得るという、大げさなものだった。
逆上がりや、水泳と比べてもさらに重要。逆上がりができないのは恥ずかしいだけだが、自転車に乗れないと社会性を獲得できなかった。
だからこそ、夜中自転車の練習をする親子に社会性の獲得の意思を見るわけだ。

だけど今、補助輪を付けた自転車に乗っている子供、ほとんど見ない。自転車に乗るスキルを獲得する前のステップが、激変した。
たまに補助輪自転車を見ると、大きなお世話なのは承知だが、とても可哀そうな気がしてならない。

自転車を巡る環境が激変したのは、言うまでもないがストライダーが登場したためである。ペダルをこがず、またがって地面をこぐアレである。
一般名詞ではランバイクとか、キックバイクとかいうらしい。
私の推測だが、現在中学1年生ぐらいの子の時代から、ストライダーが普通に普及した気がする。
ストライダーに乗っている子はみな、ほとんど苦労することなく自転車に乗るスキルを獲得できる。バランスを取ることを先刻マスターしているからだ。

今年高校に上がったうちの子の幼少期には、残念ながらストライダーはまだなかった。なので、幼児用自転車のペダルを外し、似た環境を作ってやった。
ただ、足がぺたりと地面に着地しないため、つま先で蹴る必要があり、ストライダーと同じとはいかなかったが。

とにかく、子供の通過儀礼のひとつは、いまやその意味を失ってしまった。
古今亭駒治師に、「初めての自転車」という新作落語がある。
子供の頃ついに自転車に乗れないまま、大人になってしまった親父の噺。
楽しいのだけど、この物語の世界観は、ストライダー一発で滅びたなと感じたものだ。

ストライダーは、人間の能力獲得を極めて容易にしたという、画期的なツールだ。世紀の大発明と言って過言でない。
こういう便利なものはどんどん活用したらいいでしょう。

しかし一方で、幼少時代労せずして能力を獲得する機会をなんらかの理由で失い、成長ののちこれを取り返そうという、駒治師の落語みたいな少年がそこにいる。

さらにいろいろ考えた。
「自転車に乗る」という成功体験を、過剰に引きずっている年配者も多いのだろうなと。
こんな経験、なきゃないで全然いいものなのだ。新たな発明によって、過去の遺物となっていく。
これで思い出したのが、私の本業であるキャッシュレスの話。
「キャッシュレスが普及したおかげでお釣りの計算ができない」子供がいるのだとか。
ほとんどフィクションだと思うのだけど、現にその、嘘くさい事実に憤っている現金派がいる。
だから中には、孫がストライダーのおかげで自転車にすんなり乗れてしまうことを残念がる年寄りもいるんじゃないかな。

自転車の練習を見ただけでいろいろ考えてしまった。
こういう中から、新たな新作落語のヒントが生まれるかもしれない。
生まれないかもしれない。

作成者: でっち定吉

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