柳家花緑弟子の会@らくごカフェ(柳家花いち「へっつい幽霊」)

吉緑  / 夏泥
花いち / へっつい幽霊
(仲入り)
花ごめ / 粗忽長屋

楽しい池袋の直後でもあったし、平日はうちで真面目に仕事をするつもりでいた。
だが仕事で嫌なことが二つ三つ積み重なり、落語に救いを求めることにする。救いを求めに出向く途中、さらに仕事で嫌なことが一個増えたが。
9月25日「柳家花緑弟子の会」会場は神保町のらくごカフェ。
今、大いに注目している柳家花緑一門の二ツ目3人で、500円という昼間の落語会。1時間半だからリーズナブル。
吉緑さん、花ごめさんは神田連雀亭のメンバーだが、そちらに出ない花いちさんについては、なかなか聴く機会がない。
福袋演芸場の新作の会で知った、すっとぼけた楽しい噺家さんである。
この会はメンバーを変えて毎月やっているのだ。広く情報を集めているつもりだけど、恥ずかしながら初めて知った。
前から一度行きたいなと思っていた神保町の「らくごカフェ」に初めて出向く。
神保町の交差点の南西角、岩波ホールの脇にある古書センターの5階。靖国通りからは入れず、コソコソ裏に廻って入るという、アクセス難易度の極めて高いスポット。でも、そんなビルの2階にカレーの名店「ボンディ」があったりする。
らくごカフェ、たどり着きさえすれば、落ち着いたいい環境。
小さな空間に20人くらい入っていた。
らくごカフェは飲食店なので、ワンドリンクが義務だと勝手に認識していたのだが、別に頼まなくてもいいんだそうだ。
ペットボトルの持ち込みがNGというだけか。

柳家吉緑「夏泥」

吉緑さんは初めて。マクラからたっぷり笑わせてもらった。
でも実は、熱中症で倒れたという結構怖い話。命にかかわる状況をカラッとネタにするとは偉い。
足立区某所で夏、狭い空間に50人くらい入れた会があったそうで。
家庭用の冷房しかなく、全然効かずに実に暑い。30度くらい。
一緒に行ったにゃんこ金魚先生、マスカラが取れて顔が真っ黒になってしまう。
そんな熱気の中、1時間半やらなければならない吉緑さん。高座に湯飲みでも出したいところだが、SNS時代だから、その部分だけ拡散されてしまうとイメージが悪い。
高座は無事務めあげたが、打ち上げ終えて夜中自宅で寝ていたら、熱が39度になる。
ネットで調べると、40度になったら救急車を呼べとある。しかし、39度8分から上がらない。
逡巡したが最終的には救急車を呼ぶ。すったもんだのうえ、唯一空きのあった目黒の某病院に担ぎ込まれる。
その某病院は、救急隊員も担ぎ込むのを躊躇する、業界では有名な雰囲気の悪い病院であった。
そんなこと構っていられないので同意し、本当に雰囲気最悪のその病院で手当てを受け、なんとかよくなった。

最終的に某病院の名前は出していたが、ここで明らかにするのは控える。
さて、本編は夏泥。今季はそろそろ終わりだろうか。
裸で寝ている大工と、間抜け泥棒との力関係が、一瞬で逆転する場面がよくわかる。その描写が上手い。
まったくブレない肝の据わった大工。
途中で泥棒に帰られたらおしまいなのに、人間心理を知り尽くしている大工は骨までしゃぶってしまう。
非常に達者な落語なのだけど、この日はマクラが面白すぎたかな。

柳家花いち「へっつい幽霊」

吉緑さんが、メクリを「花ごめ」に替えて退場するが、なぜか次に花いちさんが登場。
客に指摘され、花いちさん自らメクリを直す。「まあ、花いちでも花ごめでもどっちでもいいんですけどね」。袖から吉緑さんの詫びる声。
花いちさんは9月1日、弟弟子の圭花さんと一緒に夏祭りに呼ばれたというマクラ。
大型ライトを当ててもらって外で落語をするが、カナブンが飛んできてバシバシ顔に当たる状況。
二席終わり、自治会長が客の前で挨拶。今年初めて落語家さんを呼んだが、いかがでしたか、またぜひ呼んで欲しいという人は拍手して欲しい。
それを聞いて、必死で拍手する花いち、圭花のふたり。
客もあおられて、結局7割が拍手したおかげで来年9月1日も呼んでもらえることが決まった。

私は、安易な自虐ネタで客を凍り付かせる噺家が許せないのであるが、たまにその安直なレベルを突き抜けて、自虐でちゃんと客を楽しませる噺家さんがいる。
花いちさんはそのひとり。
他にもボイストレーニングの話などがあったが、この人の自虐を聴いても、「可哀そう」などという負の感情が一切湧かない。
地に足のついていなさそうな花いちさんに、共感だけしてしまう。

マクラとは特に関係なく、博打のネタ振りから「へっつい幽霊」へ。
へっつい幽霊の主人公は、これ以上なく肝の座ったバクチ打ち。
だが、線が細く、頼りなさげな外見の花いちさんに、バクチ打ちのニンなどかけらもない。
いったいどうやって料理するのだろうという不安と期待。
だが花いちさん、迫力ある人間を演じようという変な欲は最初からゼロ。肝の据わった人間だという記号が、高座にしっかり現れればそれでいいということなのだろう。
どう料理するかというと意外と簡単で、出てくる幽霊に「親方強いですね」と言わせるだけ。料理していない。
で、親方のほうが幽霊が出てくる展開でも確かに動じていないので、これで人物の了見を描くのは終了。
理屈を書いたら簡単そうだけど、結構すごいテク。結局、最初から語り手のすっとぼけたキャラが高座に座っているからこそできる芸当なんだろう。
最初から遊びが多い分、客の許容範囲が自然と広くなるのだ。
ここにリアリズムを持ち込んだら、たぶん楽しい噺が変な感じになる。
いわく付きのへっついをもらって、その日なぜか寝付けない親方。「羊が2357匹、羊が2358匹・・・」というセリフから場面転換である。数字はうろ覚えです。
あたしはバクチが大好きで、という幽霊に「パクチー?」と返す親方。親方自体は、ボケているのではなく本当に聴き間違えているらしい。
つまらんボケにも思えるが、これまた噺の世界構築におけるマジック。パクチーにいたく感動しました。
もうひとつ楽しいクスグリがあった。
シャバでの楽しみを思い出し、サイコロを振ってみる幽霊。左手が前に出るポーズではやりにくいので、すみませんと断って、下の手である右手を出す。
最初が「四・三」、次が「二・五」。
古典落語を知っている人なら、あれ、「ニ、ゴ」なんて言ってるけど「グニ」じゃない? と思う間もなく親方、目を読み解いて「黄泉にGoか」。
散々遊んでおいて、普通に「足は出さねえ」とサゲる。
いやあ、すばらしい。花いちさんが出る会だったら、今後も追いかけていきたいや。
浜松出身だそうだ。それにしても静岡県出身の噺家さんは、実に怪しい人が多い。

柳家花ごめ「粗忽長屋」

仲入り後は女流の花ごめさん。謝楽祭の住吉踊りでも頑張っていた人。
この人については、ここから一駅、神田連雀亭で「壺算」を聴いた。
聴き手の慣れは大事。一度彼女にチャンネルを合わせたので、女性が喋る、登場人物がみな男の落語への違和感はまったくない。
この人だけ、今やっている兄弟子、勧之助襲名披露の噺をする。笛で楽屋に入っているそうで、へえ、笛吹きなんですね。
粗忽ものの中では群を抜いて難しい「粗忽長屋」に入る。これより難しい粗忽ものは、「松曳き」だけらしい。
柳家のお家芸だが、ハードルは実に高い。
私の落語耳は、幼少期にTVで聴いていた先代小さんの粗忽長屋をベースに作り上げられているといってもいい。最近は頻繁には聴かない噺だが、お手並み拝見。
などといささか上目線で聴き始めたが、見事にやられました。
難しく、かついじりづらいだろう噺に、かなり手の込んだ工夫を入れている。
行き倒れを町人たちに確認させている町役人二人に、役割を与えるのだ。ツッコミと、小ボケ。
ツッコミのほうは従来の粗忽長屋型なのだが、小ボケのほうに仕事をさせる。「この人だったら、本当に長屋から当人を連れてくるかもしれない」と言わせるのである。
で、連れてくると「やっぱり連れてくると思っていた」。
最大の工夫は、前半で仕込んでおいた「煙草入れ」。
行き倒れた熊の野郎は粗忽者で、現場に出て翌日まで、煙草入れを忘れていったことに気が付かない野郎なんだと語っている八っつぁん。
行き倒れの現場に連れてこられた熊さん、自分が死んじゃったことについてどうも得心しない。だが、死体の持っていた煙草入れを見て、動かぬ証拠、ああ俺だとついに納得するのである。
仕込みを回収する、実に上手い作りだなあ。
花ごめさん、花いちさんのように新作は作らないのだろうか。新作作りに向いた才能だと思った。

いや、三人とも面白かった。
古典落語でも噺を作らなくてはならないのだが、その大変さがよくわかる。新作落語をやるのと実は労苦は変わらないのだ。
演出を日々努力している花緑一門はすばらしいですね。
聴きにいってよかった。ストレスの溜まっていた私も、ちょっと救われたかな。

作成者: でっち定吉

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