両国寄席5(三遊亭竜楽「徂徠豆腐」)

神田連雀亭ワンコイン寄席でかなり満足した10月1日。
5時間以上間が空いているが、街中で仕事をしてから、予定通り両国へ三遊亭竜楽師を聴きに。
都民の日で、無料になる都の施設が多い日だったが、どこも寄らずちょっともったいない。
子供のいる家庭では、夜席にはそうそう行けない。行ける日に竜楽師がトリなのは僥倖である。
お江戸両国亭に着くと、竜楽師が入口を出入りしていた。受付の前座、スウェーデン人のじゅうべえさんにリーフレット渡したりとか。
背中を向けている竜楽師を横目で見ながらじゅうべえさんに「竜楽師匠を聴きにきました」と言って、1,200円で入れてもらう。
客は30人弱といったところか。
トリの竜楽師は期待にたがわず、圧倒的な一席。
ただ、それ以外はこの日はわりと普通の寄席だった。決してガッカリしているわけではない。
円楽党の噺家さんにもすっかり慣れて、多少刺激が薄れたということ。だが、落語協会の寄席に行ったって普通の寄席だなという日はある。
他の演者は、一部を除き短評にさせていただく。

  • まん坊 / 狸札。まだ上手くはないが師匠譲りの味とギャグが好き。チラチラ時計見すぎ。
  • 楽天  / 牛ほめ。肺がんの師匠マクラ。「引きずり」を「だらしないこと」と説明。
  • べ瓶  / 地蔵の散髪。後述します。
  • 正雀  / 鼓ヶ滝。マクラに「有馬の秀吉」。ギャグは「永谷園」ひとつ。
  • 楽京  / 釜泥。地噺っぽい。爺さんは晩酌でラッキョウ食べる。
  • 楽松  / 三人旅(びっこ馬)。珍しい噺を聴けてよし。
  • 全楽  / 真田小僧。初めて聴く。元の師匠の談志っぽい、というか志らくっぽい。
  • 隆司  / 高座を片付けずに脇でおとぼけマジック。

両国寄席のこの日のゲストは、落語協会から林家正雀師、マギー隆司先生と、上方から笑福亭べ瓶師。
べ瓶(べべ)師が収穫。袴を着けていた。上方落語だが見台は出さないので、袴がよく目立つ。
鶴瓶師の弟子であるこの人は、結構TVにも出るが、決して好きな噺家ではなかった。
だが、この日初めて生で見た高座、爆笑ものだった。そして客に対するサービス精神が、旺盛だがしつこくはない。なるほど、TVに呼ばれるわけがよくわかる。
爆笑なのだが、あまり疲れないから不思議だ。鶴光一門のように、東京で活動している効能だろうか。
罰当たりにも、お地蔵様の頭とトリモチを使って、生えすぎたケツ毛をまとめて抜くアホな噺。
上方落語でも、知らない噺などそうそうないと思っているが、この噺については新作落語かと思ったくらい。まったく知らなかった。
あまりにも楽しい一席で、どうして今までべ瓶師をよく思っていなかったのか、もはやまったくわからなくなってしまった。顔かな?
こうしたこともあるので、噺家の好き嫌いはできるだけ決めつけないほうがいい。そして、高座で対峙することにより、噺家さんからしばしば最大のパワーをもらえるものである。

あとは、初めて聴いた三遊亭全楽師。
ヒザ前で眠く、竜楽師に備えたいポジションで、極めてポピュラーな真田小僧。
寝る要素が三拍子揃った状況。だが、思いのほか楽しくて起きていた。
口調ですね。円楽党に移ってからのほうがずっと長いだろうに、立川流っぽい口調が両国において妙に楽しく響く。
志らく師っぽくもあるが、私は志らくファンではない。なにか別のものが聴こえてきた。
一度、目当てにしてじっくり聴いてみたい師匠だ。

三遊亭竜楽「徂徠豆腐」

トリの三遊亭竜楽師は、昨年6席聴いて、今年は4席目。
毎回圧倒させられる師匠である。外れたことはただの一度もない。
竜楽師を聴いた直後の私は、いつも大変高揚している。ブログにもたびたびその素晴らしさを書いている。
だが、私も竜楽師しか聴かないわけではない。いろいろ他団体の席に行って、すばらしい落語を聴く。
当然、チャージした竜楽パワーは相対的に薄まってくる。
だが、完全に薄まる前に、また寄席で圧倒的な竜楽師の人情噺を聴く。たちまち落語脳が竜楽パワーで満タンになる。
最近はその繰り返し。

この日は本編の尺の関係でマクラ短め。
今は無き若竹で、前座の頃から独演会を開いていた。そのときの色物ゲスト第1号が、直前に上がったマギー隆司先生だった。
竜楽師は、またしても海外公演でドイツとイタリアに行ってきたそうである。
西洋に行くと、「お金持ちは尊敬される」という価値観が普通にある。
しかし、日本にはこの価値観がない。これは江戸時代からそうで、支配階級の武士が貧乏していた。
貧乏していたのに尊敬される支配階級。先進国で唯一、金持ちを尊敬しない価値観の国ではないかと。
ありがたいことにまた人情噺である。誇り高いお侍の噺、柳田格之進でもやるのかなと思ったら、徂徠豆腐。
竜楽師の人情噺は、ひたすら楽しい。喜怒哀楽を超越した話芸の楽しさを、脳髄で直に感じる芸。
聴いている最中の快感を、がんばって言葉にしてみるとこうなる。

  • 芝居として自然
  • 立ち振る舞いが美しい
  • 人間の内面を描写しないハードボイルド
  • しかしながら、人間がしっかり描かれている
  • 口調が滑らかで歌のよう

ああ、どう語っても、竜楽師の高座を評するのには陳腐なことば。しかも繰り返して書いたことばかり。
それでも、このすばらしい師匠の落語について、今後も言葉にし続けたいと思う。
今日などもう、序盤からグイと首根っこを掴まれた感じだ。こちらからお願いして掴んでもらっている感じ。

釈ネタの徂徠豆腐はいい噺だが、地味な噺でもある。だが、地味さなどまったく感じない。
竜楽師の噺、井戸の茶碗とか、ちりとてちんなどメジャーな噺から、阿武松、鼓ヶ滝などマイナーな噺までいろいろ聴いているが、どんな噺のどんな場面も常に楽しい。
そして、滑舌いい竜楽師から講談の雰囲気も漂う。
釈ネタだからといって、講談らしさが必ず漂っているなんてことはない。
入船亭扇辰師の徂徠豆腐には入っていない、同時期に発生した忠臣蔵のエピソードが盛り込まれる。
上総屋(豆腐屋)がタチの悪い風邪で寝込んでいる間に柳沢吉保に取り立てられた徂徠、直後に赤穂浪士討ち入りについて細かく講義をさせられる。

「人情噺=泣く噺」ではない。魂をゆすぶられる結果、笑いの方向に感情が向いたって別に構わない。
世に出ようとして果たせない学者と、江戸っ子の豆腐屋の間に生まれる交流を、きちんと描く竜楽師。
いつも黒紋付の師匠だが、今日は羽織を脱がずに一席務めあげた。
今月は、30日の亀戸梅屋敷寄席(主任・好の助)に竜楽師出るので、行こうと思う。とむさんも顔付け。

作成者: でっち定吉

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