ネタに困っているわけでもないのに珍しく、数日前に落語・演芸と関連の薄い、世間の事件をちょっと取り上げた。
しかし、いつもとほぼ関係ない話を書いておいて、それより時系列で古い落語界の醜聞について触れないのも変だ。
誰に義理立てしているのかよくわからないが、そんなわけで桂春蝶の愛人DV事件を。
いろいろな意味で衝撃を受けた。
ひとつには、1週間ぐらいこのニュースを知らなかったという衝撃。世間的には意外とどうでもいい噺家みたい。
そんなことよりもまず、DV加害の噺家なんて、存在すら聞いたことがない。
松鶴とか、弟子への暴力というのはネタとして有名だけども、昔はDVには分類されなかった。
いずれにしてもパートナーへの暴力は聴いたことない。
いや、離婚する噺家だっているし、DVが皆無ということはないかもしれない。だが、売れない修業時代に世話してくれたおかみさんに頭が上がらないという、一般の噺家のイメージは強固。
噺家さんがマクラで話す、おかみさんに頭が上がらない話はもちろんネタである。だが、カミさんを殴って蹴っている了見は、これとそぐわないにもほどがある。
本当に頭が上がらないほうが噺家らしい。
春蝶の場合、バツイチ女性を大阪現地妻として扱っていたみたいなので、DVの相手はおかみさんではない。かみさんでなければ殴って蹴っていいわけではもちろんない。
売れない時代を支えてもらっていたのならなおさら。
「権助提灯」とか、「悋気の独楽」など、女性にも人気のある楽しい古典落語からは、妻と妾との間で右往左往する主人の姿が浮かぶ。あんまり出ないけど「悋気の火の玉」なんていう噺もまた楽しい。
愛人がいること自体、芸人として不適格だなんて言わない。現代では決して褒められはしないにせよ、春蝶の師匠、三代目春團治だってお盛んだったわけで。
だが愛人を囲うにしても、せめてそこに、ささやかでも噺家らしい了見を期待したいものだが。
もっと衝撃なのは、二次報道のありかた。
最初に報道されているフライデーには噺家の属性は書かれていない。だが、二次報道はすべて左翼系メディアとSNS。
「安倍応援団」の桂春蝶が愛人にDV、今まで散々みこしかつぎをしておいてこのざま、それ見たことかという内容。
桂春蝶、ただの噺家ではなく、安倍政権御用噺家という扱いである。
まあ、左翼でない私にすら、その認識はあるけども。
だが、政権をヨイショしてようがしてなかろうが、人としてDVはいかんと思うのだが。
左翼の人たちの叩き方に凄い違和感。
叩く人たち、貧困炎上問題など引っ張り出して春蝶を非難するのもいいが、最大の弱者であるこのたびのDV被害者に同情はしないのか? 左翼にとっていちばん大事な資質は、まずそこだと思うのだけど。
被害者がいる事件において、それ見たことかと喜ぶ了見もわからない。
だいたい、春蝶叩いたって政権には痛くも痒くもない。
衝撃がもうひとつ。産経・夕刊フジ系のWebメディア「zakzak」では、恐ろしいことに事件後も普通に春蝶の連載が続いている。関西のラジオは降板させられたのに。
政権担ぎ上げ芸人になると、右のメディアからは本当に守ってもらえるのだな。これもまたびっくり。
もっとも産経だって、春蝶擁護しても今後は義理以上の価値はないから、いずれ切り捨てて当然だとは思うけども。
世間の非難を無視して掲載しているそのコラムの内容は、全然つまらない。面白かったら、たとえ犯罪者でも私は一定の敬意は払います。
事件について面白おかしく弁明できる文才があればよかったのに。
そもそも、面白さに需要があっての連載ではないことがうかがえる。
暴行・傷害は、示談が成立していても立派な犯罪。だが、師匠が亡くなっているので破門されることもない。
上方落語協会と所属事務所からお咎めがなければ、今後も堂々と活動できる。最悪、そのふたつともなくたって噺家ではいられる。
私は近寄りたくない。
「人間的に破綻していても芸人としては一流」などと言われる存在が昔はいたものだが、噺家に関してはそんな存在すら疑わしいと思っている。
「噺家は人格者でなければならない」などとは言わない。だがこの人に関しては、日本のどこでも高座に上がって欲しくないレベル。
春蝶には、桂紋四郎という弟子がいる。神田連雀亭などにもよく出ているが、気の毒な弟子だ。
阪大工学部まで出ておきながらなんでこの門下に・・・
師匠選びは噺家にとって一生を左右することだけど、失敗したからといって、すべて自己責任とは思わない。
そういえば、春蝶と逆に政権批判を続けている立川談四楼がツイッターで話題になっていた頃、素人のリツイートを読んで腰が抜けそうになった。
何人かが書いているのをまとめると、「思想の左右の違いはあっても、お互いの芸に敬意を払う噺家さんの世界は風通しが良くて素晴らしい」というような。
おいおい。
この特殊な二人だけで、900人近くいる噺家のすべてを語らないでくれ。もちろん、志らくを加えた三人が噺家の代表でもない。
落語の本業で本当に売れている噺家は、群衆の多数派に共感してもらうネタを日々掛け続けている。
炎上している事実は尽きるところ、聴衆、ではなくて読み手の多数派を納得させられていないということ。
噺家の了見としてはそれがそもそもダメだろう。
右でも左でもいいので、ユーモアとインテリジェンスに溢れたものが読みたいし、聴きたいものだ。
追って取り上げるが、日曜日に聴いた三遊亭歌之介師の歴代総理ネタはたまりませんでした。
DV報道とは何の関係もなく投稿されたものだけども、インテリ噺家の代表、春風亭一之輔師のツイートには快哉を覚えた。
産経のコラムが済んだら次は朝日を書かなきゃ、自分は節操ないのだと。「赤旗まつりも、民音も、労音も、寺も、神社も、チャペルもなんでもこいだよ」。
そう、これが噺家。