第35回昭和大学名人会

きいち / 熊の皮
柳朝  / 紙入れ
のだゆき
左楽  / 目薬
美智
小燕枝 / ちりとてちん
(仲入り)
歌之介 / 漫談
小菊
夢太朗 / たがや

無料落語愛好家の丁稚定吉です。1週間前、7日の落語会をようやく。
昨年初めて行って感激した旗の台の昭和大学名人会。今年も楽しみにしていた。
超ベテランの柳亭左楽師匠が世話役の会。顔付けは毎回総入れ替え。
今年の顔付けも渋い。柳亭小燕枝師や、来春圓歌を襲名する、三遊亭歌之介師も入っていて楽しい番組。
整理券配布の時間に行ってみると、案外列は少ない。昨年は一之輔師がいたから多かったのか?
昨年より少ないかと思っていたが、始まるころには結構埋まっていた。わかっている人はギリギリに来るのだ。
いい席が取れたが、真後ろに老人ホームから来たらしいお婆ちゃんの団体。
思った通りうるさかった。お婆ちゃんは、噺家さんがなにか口を開くたび、いちいちお友達に同意を求めずにはおれないのだ。
白酒師ではないが、世の中に小噺のオチを教えてもらってありがとうという人などいない。

前座の春風亭きいちさんは、師匠・一之輔譲りの「熊の皮」。たくさんギャグを入れていた。
別に、前座は教わった通りにやれなどというつもりはない。実際、いい前座さんこそ、ここぞというところで工夫したクスグリを入れてくるものだ。
だが、ちょっと入れ過ぎている気がする。噺を膨らませるためのギャグではなく、ギャグそのものでいちいちウケさせたいのかな?
きいちさんの将来性まで否定する気はないけど、私の思ういい前座の範疇を超えてしまっていたので寝ることにした。
ともかく、落語を聴いて寝るのはいい気持ち。

春風亭柳朝「紙入れ」

次が春風亭柳朝師。
大森に住んでいて、東急バスと大井町線で旗の台までやってきたそうだ。そういえばこの師匠、大田文化の森などでよく落語会やっている。
いつもの、講師で行ってる玉川大学の与太郎女子大生ネタから、昨年は東西の噺家、二人も不倫でお騒がせしましたといって、成り替わってお詫び。
不倫から紙入れ。
昨年池袋で、弟弟子、一之輔師の代演で聴いたネタ。このときの高座もよかったのだが、さらにパワーアップしていて驚いた。
人物の気持ちを丹念に描いていて、その分艶笑ネタらしいムードは薄れているのだが、この噺はそれが正解な気がする。
女の描写が上手い柳朝師、おかみさんもその気になればいくらでも色っぽくできるのだけど、そういう演出に走るわけではない。女の怖さもピンポイントで押さえておいて、無駄に強調しない。
登場人物が純化され、ちょっとバカな人たちのバカな世界を楽しく見て回る落語になっている。
いや、いいですねこれは。今日は真打なのに二ツ目の枠に登場で、時間も15分でちょっと気の毒だったけど。

柳亭左楽「目薬」

81歳の柳亭左楽師は、昨年ここで初めてお見かけし、のんびりした「権兵衛狸」にいたく感動した。
ファンになり、黒門亭に「厩火事」も聴きにいった。
昨年と同じ高座で似たようなマクラを聴いて、昨年の感動が蘇ってきた。面白いものだ。マクラの内容は忘れてしまって、手品のようだ。
「目薬」なんて噺、過去にそんなにいいものを聴いた覚えがない。この日の左楽師のものが、マイ・ベスト目薬だった。
「尻餅」と並ぶ、二大尻噺。どちらもメジャーな噺ではない。
眼病で仕事ができない、大工の悲壮感などかけらもないのが落語らしい。世の中ついでに生きてる感じがなんともすばらしい。
そして、かみさんの立派なお尻の扱いが、強調もせず、さらっと触れるわけでもなくほどよい描写。
夫婦の会話、なにを話しても楽しいのは、会話におけるツッコミのタイミングが見事だからでもある。
この噺、なまじわかりやすいがため、紋切り型のウケを狙う誘惑に駆られそうな気がする。
だが左楽師は、おかしな夫婦のおかしな行動を、何のてらいもなく描写していくだけ。丁寧に描写するだけで、とてもおかしい。
ベテランの味で、欲しがる若手にはなかなか真似できないだろう。
「め」の字と、「女」が似ているという説明も入れない。
また、説明書きを読めないのは知ったかぶりに基づくものではなく、亭主に替わってカミさんが薬を買ってきたためだ。客を無理やり納得させる必要のない軽い演出。
ヘンテコな世界で、おかしな夫婦がおかしなことをしている様がひたすら楽しい。
今後もイマイチな目薬を聴いたら、左楽師の見事な高座を思い起こしそうな気がする。

柳亭小燕枝「ちりとてちん」

柳亭小燕枝師は、夏が戻ってきたみたいですねというマクラからちりとてちん。本来、季節的にはもうおしまいだと思う。
今夏もよく聴いた噺。どの噺家さんのものも楽しく、変なちりとてちんを聴かなかったのは幸い。
人気の演目であるちりとてちんは、よくも悪くもわかりやすい噺。小燕枝師も、客の様子を見てこれにしたのだろう。
ヨイショのいい六さんと、愛想も口も悪く、知ったかぶりの寅さんを対比させれば一応描ける噺だと思う。だが小燕枝師の演出、もちろんそんなありきたりのものではない。
大げさな言動をする登場人物がひとりもいない。実に抑制が効いている。
よく考えれば当たり前。なにも寅さん、客に笑われようとボケて知ったかぶりを始めるわけじゃないし。
こういう丁寧さが大好きな師匠なのである。先代小さん譲り。
多くのちりとてちんと異なり、六さんと寅さん、そんなに極端に違う人物造型ではない。
実際この寅さん、灘の生一本について「ニセモンでしょ」とは言わない。「ホンモノじゃねえんでしょ」。ちょっとした違いだが、著しい人格破綻者ではないことをうかがわせる。
抑制のきいた小燕枝師の演出だが、だからといって淡々と演じているというわけでもない。しっかり確実に、人物の性格を詳細に描いていく。
そうした布石があるので、嫌味な寅さんが息も絶え絶えに腐った豆腐を呑み込む場面で爆笑が生まれるのである。
ちなみに寅さん、二度戻しかけていた。普通は一度だが、前半が落ち着いているので、ウケどころで少しぐらいはクサくてもいい。

三遊亭歌之介

三遊亭歌之介師はいつもの漫談であり、至高の話芸。
いつものように少年隊のカッちゃんと間違われる挨拶、そして多歌介計画停電から始まった珠玉のネタは、どこへ飛んでいくかわからない。恐らく、演者にもわかっていないのだろう。
時空を超越する自在な漫談に、予定調和はない。だから、すべてのエピソードを残らず知っている私にとっても、なおスリリングなのだ。
演者もまた、師匠圓歌譲りの芸であり、語るネタにまったく飽きていない。
終盤は、血液型から歴代総理のネタ。あらゆる総理からギャグだけ引き出すにあたり、思想的な偏向が皆無な点もまた素晴らしい。
噺家の最大の仕事が政権批判だと勘違いしている人もいる。噺家に特定思想を勝手に期待したりなんかして。
喝だ。
右から左まで、あらゆるお客を同時に満足させつつ歴代総理をぶった斬る歌之介師こそ、真の風刺家。
歴代総理でもっとも体重の重く、もっとも脳みその軽い森喜朗の、米大統領「栗キントン」に対する「Who are you?」ネタは鉄板。見事な小噺。
さらに、目の前で観ると、改めてつくづくすばらしい歌之介師の所作。Novaがなかったのでオバのうちに英語を習いにいって、「グー」に対抗して「パア」とやるあたりなど。
このダイナミックな所作は、師匠圓歌になかった部分。言葉と流れるようなモーション、体の機能をフルに駆使した渾身の一席。
変なところで羽織脱いでいたけど、たぶん高座が暑かったのでしょう。後ろの老人ホーム団体のうるさいお婆ちゃんたちが、寒い寒いといって係員に相談しに行っていたようで、仲入り後は非常に暑くなっていた。
当ブログでたびたび書いていることだが、やたら面白い歌之介師のネタは、案外聴いて疲れない。
客はちゃんと、自分の意思でギャグを拾いに行っている。笑いの主体性を失わないのでくたびれないのだ。
襲名披露、行きたいな。
一緒に行った家内は、生で歌之介師を観られて感激していた。

 

三笑亭夢太朗「たがや」

昨年の鶴光師に続いてトリは芸協の師匠で、三笑亭夢太朗師。3年振りかな。
夢太朗師も高座が暑かったようで、終始手拭いで顔を拭いての30分の高座。お気の毒さまでした。
客観的な温度を体感できなくなっている年寄りが、猛暑の中冷房を掛けず、熱中症で次々死んでいくのだなあと腑に落ちる。
夢太朗師は、胃カメラと大腸カメラの検査を受けてみたというマクラから。以前聴いた気がするが、鉄板ネタなんだろう。
噺家たるもの、チャンスがあれば自らの身体を実験台にしてネタにするのだ。
この人も、円楽不倫ネタを入れてきた。円楽師匠も今や芸協客員だから、お仲間である。
屋号で呼ばれる歌舞伎役者、町名で呼ばれる噺家から、花火の際の掛け声「たまや」の解説。
柳朝師と同じく、夢太朗師も大森なんだそうだ。しかも生まれてこのかた。だが、お客に「待ってました! おおもり!」と呼ばれても定食屋みたいで嬉しくない。
「橋の上 たまやたまやの声ばかり なぜにかぎやと言わぬ情なし」の都々逸を振って、「鍵屋だけに錠なし」と言うと、拍手が起こる。
「あたしが考えたんじゃないですから」と夢太朗師。なんでもかんでも拍手し過ぎだよ。
「たがや」は夏の噺だが、夢太朗師もマクラで振っていた通り、前日にも長岡の花火大会があったので、まるで季節外れというわけでもない。
橋の上の騒動の分からない町人たち、乞食のお産だのなんだの好きなことを言う。それにかぶせて「日大の選手がタックルしてるらしい」。さすがにもう旬を過ぎたギャグと思うけど。
たがやは地噺であるから説明が多いが、お付きの侍の刀が錆びていて抜きづらいというあたりの描写が丁寧だった。
スパっと殿様の首を飛ばし、楽しい会を締めた夢太朗師でした。

色物さんについては今回は省略させていただきました。嫌いなわけじゃないですよ。
無料にしては充実している昭和大学名人会、ちょっと大学入試自体がニュースになっているが。
それはともかく来年も参加したい。客の質だけはもう、どうにもならないのであきらめる。

作成者: でっち定吉

落語好きのライターです。 ご連絡の際は、ツイッターからメッセージをお願いいたします。 https://twitter.com/detchi_sada 落語関係の仕事もお受けします。