柳家小せん独演会@棕櫚亭(中・「盃の殿様」)

昔は身分制度がありましてと小せん師。
なんの噺だろう。妾馬だろうか。
さる江戸詰めのお大名が、気鬱の病に掛かってしまう。仮病を使っているうちに本当にそうなってしまい、日がな脇息にもたれて鬱々している。
珍品の類でありなんの噺だったかしばらく思い出せないが、これは盃の殿様だ。故・柳家喜多八の持ちネタだという印象。

喜多八師は癖のある人物を癖たっぷりに描くのが味だったなと、頭の片隅で思う。
喜多八師に教わったのかもしれない小せん師には、そういう癖はない。
癖はないし緊迫感もないのに、噺のアクセントのつきようがすごい。どういうことなんでしょう。
くつろぎとメリハリとを同時にもらう、楽しい高座。

殿のご機嫌うかがいに茶坊主が花魁の錦絵を見せる。
美しい女に気がまぎれる殿だが、絵空事であろうと。実際の花魁はここまで美しいものではあるまい。
茶坊主の話が信用できない殿が、ご意見番の老武士、植村弥十郎に問う。堅物の弥十郎は直接は吉原を知らないが、控え部屋で話を聞くと実に美しい女がいるそうだと。
世はひやかしとやらに行きたいぞと殿。お大名たるものが汚らわしい傾城を見にいくなぞなりませぬと弥十郎。
ならば余はもう薬は飲まんぞと、実に駄々っ子の殿。
やむを得ますまい。お忍びではなく、豪勢な大名行列を組んで吉原見物に出向く。
花扇(はなおうぎ)という花魁が気に入った殿さま、登楼とあいなる。家臣たちもみなおこぼれを頂戴。
目くるめく一夜に気鬱の病もすっかりよくなった殿。
さらに裏を返し、なじみになり、日々通い続けるが参勤交代で国に戻らねばならない。
しばしの別れと最後の登楼。花扇と盃を交わす殿さま。

三太夫役を務めるのが弥十郎である。
このご意見番は、本当に固い人。
小せん師は固い侍を、とことん固く描いてみせる。
ごく普通の方法論では、固く固く描くことで主人公の殿さまに聴き手が肩入れしたくなるとか、あるいは「常識」というものを裏切るための紋切り型の設定か、そんなところ。
だが小せん師にそんな意図はない(と思う)。
固い弥十郎も、気鬱の殿さまも、聴き手の感情のなにかを表象するための存在ではないのであった。
そんな方法論を使わなくても、この噺に出てくるお侍たちはとても楽しい人ばかり。小せん師、余計な強調をせず、むしろ抑えめにしっかり描く。

登場人物たちは真面目に行動しているのだが、客の視線を取り入れるなら、やがて壮大なお武家さまごっこにも見えてくるのであった。
金の力でもって高級花魁にたどり着きやがって、と憤慨するのは平等思想にかぶれた現代人。
そんな意味の平等でなく、「高貴な殿さまもたまには遊びたいんだよね、我々と一緒だ」と感じ入るのが、本来の客の目線でしょう。
ただ現代人である私も、「こんなに潤沢に金使って、藩の予算大丈夫かしら。一揆が起きないかしら」と心配してしまうけども。野暮だねえ。

来年猫八を襲名する江戸家小猫先生を思い起こした。
当代小猫先生は、飄々とした先代と比べても、驚くほど固い人。固すぎて躓いてしまうファンもいる。
だが無理に柔らかくしようなんて一切しない。固いままの自分を固く描くことで、それにより日々くつろぎと爆笑を届けている。
小せん師匠も同じ系等かなと。固さはつまり、面白さ。
柔らかさを知り尽くさないと、固い面白さは描けない。
といって、「どうだ固くて面白いだろう」なんていやらしさは皆無。邪心を排し、噺に内在する面白さをしっかり描く小せん師。

盃の殿様、誰でもできる噺でないことは確か。
わかりやすいクスグリもなければ、わかりやすい人情もない。だが全編にわたって楽しさに溢れている。
この楽しさを届けられる人にしか描けない。

固い殿さま、もともと遊びの資質があったようで、日々通ううちにすっかり柔らかくなってしまう。
国元に戻った殿さま、花扇にもらった高価な薄絹をこともあろうに弥十郎に着せ、コスプレごっこ。
弥十郎無念にござりまする。

お武家さまの楽しい遊びには、最後サブエピソードがついている。
飛脚代わりの侍が、殿さまの盃を持って吉原の花扇に届ける。花扇は盃をあおって、殿さまに返杯。
また駆ける飛脚侍だが、大名行列を追い越してしまい咎めを受ける。
職務に忠実な下級侍が運ぶものは、ただの大名の遊び道具である。
実に馬鹿らしく、固く楽しい一席。

久々の小せん師からいきなり珍しい大ネタを聴かせていただき、とても嬉しい。
そしてこの棕櫚亭のお客も、こんな噺を楽しめる人たちばかり。
客とのマッチングが、「ガーコン」につながるのでした。

ガーーコンガーコンガーコン。続きます。

 
 

御神酒徳利/盃の殿様/不動坊火焔

作成者: でっち定吉

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