バーチャルリアリティ全盛の時代だそうでして。縮めてVRなんて言いますね。
人が体験できるのは、生身の肉体を通した現実だけではなくなりました。現実世界と違う、仮想空間で遊ぶ人も増えました。
人付き合いも、現実でのものより、仮想空間のほうがずっと気楽だったりします。
一日のほとんどをそちらで過ごすなんて人もいます。そうなりますと、もう自分のぶよぶよしたお腹とか、たるんだお尻とか、全然気にならなくなったりしまして。
やがては肉体が滅びましても、生前の性格を持ったプログラムが、いつまでも動き続けるようなことにもなってきます。
「さあ、いよいよスイッチを入れるぞ。緊張するなあ」
「緊張するわね、ユウヤ」
プチ、プワーン。
「これ、昔のテレビみたいな装置ね。東芝の博物館で見たわよ」
「きっと、このほうがありがたみがあるってことなんだろう」
「これブラウン管っていうやつ? 今どき見ないわね。画面の下に脚までついてるじゃない」
「仏壇みたいなものかな」
「あ、やっと顔が出たわよ。モノクロなのね」
「この人だよ。挨拶しよう。初めまして、ご先祖様」
「オッス。オラ先祖だ。アンちゃん若くていい男さんだねえ。あんた俺の子孫? 何代目? よくスイッチ入れてくれたねえ。今日のラッキーアイテムはご先祖様に会いにいこうってか」
「・・・噂は聞いてましたが、本当に軽いんですね、ご先祖様」
「軽いよー。軽い軽い。重いの大嫌いだもん俺。生きてた頃は軽井沢に住んでたくらいだからさ。俺、嫌いな地名がね、八重洲。それから三重県。重いって字が入ってると嫌い。車も軽しか乗らなかったぐらいだぜ。で、今日は何でえ? 相談ごとかい? あれだろ、(小指を出して)こっちだろこっち。タレだろタレ」
「タレってなんですか、ご先祖」
「おーとあんちゃん、タレも知らねえのかい。タレってのはあれだよ、継ぎ足し継ぎ足し使うやつ、秘伝の味。うちは百年間使い続けてますとか言ってな、絶対腐ってるよなそんなの」
「鰻のたれ?」
「違うよ。ギャグだよギャグ。ご先祖ギャグ。タレってえのは女のことだよ。噺家さんなんかが言うだろ、知らねえか、若えもんな。ヤングマンだもんな、さあ立ち上がれよ、ヤングマン」
「ねえユウヤ、大丈夫この人。本当にアンタの先祖? アンタは結構真面目だけど、先祖はめちゃくちゃ適当じゃない」
「おおー、隣に姉ちゃんがいるじゃねえか。なんだ、じゃあ女の悩みっても結婚のほうだな。この姉ちゃん嫁にしてえけど、風俗で働いてんで親族に反対されてるんだろ。そんなもの先祖に訊くなんてお門違いじゃねえのかい」
「えーと、式の日程も決まってますので。まだなんにも言ってないんですけど・・・ちょっと不安になってきたね、この人確かに」
「なんだとお。子孫が先祖をあがめねえってのはよくねえ了見だ。俺のDNAをアンちゃんだってちょっとは引き継いでんだろ? DNAたってベイスターズじゃねえぞ。昔は大洋ホエールズってったんだ。知らねえだろ、まるはマークの左門豊作」
「豊作・・・なんですか?」
「左門は知らねえよな。巨人の星だよ。あれか、アンタが知ってるのはせいぜい横浜スーパーカートリオか」
「それも知りません」
「アンちゃんなんでえ、怒ってんのかい。まあ、怒んなさんな。俺もな、久しぶりに呼ばれたもんだからよ、ちょっと興奮しちゃってな、すまねえすまねえ」
「いえ、かなりびっくりはしましたが、怒ってはいません。ところでご先祖、わりとお若いお姿なんですね」
「そうだな、先祖っていうと勝手に爺さんだと思うけどな。先祖にだってちゃんと子供の頃も、若え頃もあったってえわけさ。あんまり若え時代だとありがたみがねえからもう少し年取ってるけどな。この画は俺の50代前半の頃だ」
「どう見ても、50を超えた人のキャラじゃないですね、ご先祖」
「いいじゃねえか別に。なんなら、このキャラのままでジジイの顔にもすぐ替えられるぞ。80過ぎまで体があったからな。バーチャルだからすぐ替えられんぞ。バーチャルだと思ったらジーチャルだってな。はーはっは」
「いえ、まだこちらのほうがまし。いや、つい口が滑りました。ごめんなさい」
「いいってことよ。お前さんとは血を分けた兄弟みてえなもんだろ。それからな、昔のテレビみたいな作りにしてっけどな、一応VRだからな。兄ちゃんたちがこっちに入ってきてもいいんだぞ。こっち来るときは、『こんちは、ご先祖いますかー』って入ってきてくれ。そしたら俺が、『八っつぁんじゃないか。まあまあお上がり』って。粗茶ぐらい出してやるぞ。現実世界と違って最高級の粗茶がいつでも出せるぜ」
「えーと、そもそもをうかがっていいですか。ご先祖だけ、僕の一族の中で、どうしてこうやってバーチャルで保存されてるんです? 僕の直系ご先祖も大勢いらっしゃるわけですが、ご先祖だけなにか特別のご功労があったんですか」
「なんでえ、知らねえのか。俺は昔な、何を隠そう、落語新作台本コンクールで大賞を獲ったことがあるんだ」
「落語の台本? へえ、ご先祖は落語の作家さんだったんですか」
「まあ、専業ってわけでもなかったけどな。書いたのがたまたま入賞してな。池袋演芸場で噺家さんに掛けてもらったわけさ」
「池袋演芸場。へえー、あの池袋の地下にあったという伝説の寄席ですか」
「なんでえ、もう潰れたのか、だらしねえな」
「ご先祖の掛かれた落語には、どんなのがあったんですか」
「俺の書いた落語な。『ぐつぐつ』『母恋くらげ』『ナースコール』あとなにがあったかな」
「へえ、すごいんですねご先祖」
「そうそう、俺の代表作がコンクールで優勝した『噺家ロワイヤル』ってのな。噺家がひとっところに集められて、扇子と手拭いだけを武器に互いに殺し合うって噺だ。噺家さんには結構ウケてたんだけどな。新作台本祭りで掛けてもらったときに、客が『金返せ』つって暴動が起きてな」
「ある種の伝説ですね」
「えへん」
「なんだか自慢げね」
「ところでご先祖、すみません。なかなか本題に入れないので、もうよろしいですか。このたびのご相談はですね、他でもない、あなた様のことでございまして」
「俺のこと? なんでえ、アンちゃんが俺の名前を襲名したいってか。二代目になろうってのかい」
「えーと。ご先祖は、基本的に人の話聴かない人なんですね」
「そうだよ俺、生きてた頃から自分大好き少年だからね」
「それはまあ、この際いいんですが、実はですね、ご先祖様のVRの維持費がですね、すごくかさんでましてね」
「ギク。金ならねえぞ」
「僕も、ご先祖にいただこうと思っていないですよ。僕たちにとっては貴重なご先祖ではあるんですけど、ちょっと負担が大き過ぎまして。それに、日ごろからお世話になっているかというと・・・僕もただのサラリーマンで余裕がないんです。非常に言いにくいのですが、ご先祖様のこのVR、いったん休止にさせてもらえないかと」
「・・・アンちゃん今なんつった。『九死に一生を得る』っつったか」
「残念ですが違います。休止です。一時VRを止めさせてもらえないでしょうか」
「やめてえだとお。意味わかって言ってんのかアンちゃん。この仮想空間で生きてる俺に、死ねと言ってるのとおんなじだぞ」
「えーと、私からいいですかあ。生きてるって言いますけどねえ、ご先祖電源入ったのも久しぶりだったんじゃないですかあ。ご先祖の知らないうちに止めちゃうことだってできたのにー、ちゃんとご先祖に敬意を払って、こうやって相談してるんですよお」
「これは姉ちゃん、痛えところを突くな。確かに先祖ってもんはな、勝手に活動できるもんじゃねえんだよな。子孫が期待してくんねえとなんにもできねえんだ。あーあ、先祖になんかなるんじゃなかった。子孫がよかった」
「まあまあ、ご先祖。ご先祖がこうやってまるで生きているように動いているのは、僕も見てよくわかりました。これを止めるとなりますとね、確かにちょっと心が痛みます」
「そうだろ、痛むだろ。あ、いたむっていっても『哀悼の意を表する』の悼むのほうか」
「まだ悼んでません。どんな状況でもご先祖はギャグを忘れないんですね。ともかく、大変申しわけないのですが、休止にしたいのです。完全にやめてしまうわけじゃないので、ご先祖のメモリーだけは、フロッピーディスクに入れて倉庫で保管しておきますので」
「フロッピーディスクなんて、俺の生きてた時代にも、もうなかったぞ」
「レトロでいいでしょう」
「だいたい、俺を動かすこのプログラムが、フロッピーに全部入るのかよ」
「MOも選べますから大丈夫でしょう。どっちにしても、クラウドにご先祖を置いておく限り、費用が結構掛かりますもんで」
「倉庫に入れとくとな、鼠穴から煙が入って全部燃えちまうんだ、どうせ」
「そんなことさせませんよ。それにちゃんと供養もします」
「供養ってのは、俺を死んだ者として扱うってことだろうが」
「でもまあ、亡くなったご先祖を供養するのは子孫の務めです。どうかご成仏を」
「わかったぜ。子孫が困ってる以上、仕方ねえ」
「ありがとうございます。ご先祖」
「ひとつだけ頼みがあんだけどな。成仏するからよ、俺の葬式してくんねえかな。このテレビごと燃やしてくれ」
「え、そんなことしたら、もう復活できなくなりますよ?」
「いいんだ。もう十分楽しんだしな。仮想空間で生きてきただけに、最後は火葬がお似合いってか。はーはっは」
「常に笑いを忘れないご先祖、結構いいかもしれません。お前もそう思わないか」
「そうね。ちょっとウザいけど」
「確かにウザいけど、ご先祖面白いですよね。どうせなら、ご自分でVRの維持費稼ぐってのはどうでしょう。ユーチューブなんかやったら意外と売れるんじゃないでしょうか」
「なに、死んだ先祖を強制労働させて、ギャラは生きてるお前らが持ってくってか」
「持ってきませんよ。ご先祖が稼いだお金は全部積立てて、ご先祖のVR維持費に使うっていうならどうですか」
「おおそうか。乗ったぜ。生きててよかった」
「だから、生きてないでしょ」
というわけで、ひょんなことからご先祖は、子孫のサポートを受けて現実世界のタレントに。
昔の人のくせに、やたらと軽いキャラと毒舌が受けて、一躍大人気。
他のVRを集めてトークをする「先祖の部屋」が皮切り。
ドラマにも出ました。VRのチームが科学捜査で犯罪と闘うサスペンス「仮想空間の女」。それからバラエティ特番「ご先祖の仮想大賞」の司会などなど。
とりわけ評判なのがテキトー人生相談。お悩み相談を一般募集し、ご先祖との対談を配信します。
「こんにちはご先祖。相談がありまーす」
「おっす姉ちゃん。最近はみんな俺のこと先祖って呼ぶよな」
「ご先祖にもお名前あったんですか?」
「あるよ名前くらい。本名は千造ってんだ。うそだよ。本気にすんなよ。それで姉ちゃんの悩みはなんでえ。あれか、整形しようか悩んでんだろ。上に向いた鼻の穴をなんとかしたいってんだな。あれだろ、友達に、『鼻息を直接掛けないで、寒いから』とかなんか言われたんだろ。呼吸くらい好きにさせろってんだよな。せちがれえ世の中だよなあ」
「えーと、違います。私、そんなにひどい顔じゃあないと思うんですけど」
「そうか、人間前向きに生きてくためには勘違いも必要だからな。わかるぞ。俺なんか勘違いだけで生きてきたからな」
「ご先祖見てるとよくわかります。でも、ご先祖の生毒舌が聞けてあたし嬉しいです」
「最近はキツいこと言うほど喜ばれちゃってな。毒舌考えるために、わざわざ電源入れてもらってるんだ。少しは休ませて欲しいぜ」
「ご先祖も大変でしょうけど、私の相談を」
「そうだったな。で、なんでえ。姉ちゃんの相談は。あれだろ、エラが張ってるのをなんとかしてえってんだろ。友達とすれ違うとき毎回エラがぶつかってケガするから削ってくれって言われたんだろ」
「違います。そんなことじゃなくてですね。私も将来、ご先祖みたいに死んでからもVRになりたいなって思ってるんです。人気のVRになるには、今からどう準備したらいいのかなっていう相談でーす」
「隠居生活の準備か。随分早え計画だな。まずはあれだな、人気よりも金だ。金さえあれば、隠居暮らしができる。投資で儲けな。仮想通貨で儲けて仮想空間で隠居入りなんていいじゃねえか」
「ご先祖、お金持ちだったんですか?」
「ううん、全然」
「よく人に投資勧めますね。仮想通貨なんかに投資して、失敗したらどうするんですか」
「そのときは、一文無しで最『下層』。あ、ダメだなこりゃ。そんときはまた訪ねてきな」
「なにかしてくださるんですか?」
「うん、今では俺もVR界の売れっ子だ。小金なら、かそう」