いにしえのTV落語(花王名人劇場「リクエスト劇場」下)

圓鏡(のちの圓蔵)の「猫と金魚」をそれはそれは繰り返し聴いた。何度も聴けてしまうのである。
生前の圓蔵に敬意は十分払っていたつもりだが、こんなに上手い人だったか。
敬意が足りなかったことを今になって反省している。
世間の評価は、「四天王の5番目」である。すなわち、志ん朝、柳朝、圓楽、談志の次。
のちに柳朝に替わって四天王扱いされるようになった。
小三治よりは前の世代。

志ん朝や談志の前では、圓蔵は珍芸の扱いだったろう。ご本人がそれをよしとしていたとはいえ。
しかし珍芸をじっくり観てみると、圧倒的な技術の高み。下を眺めて身震いするぐらい高い。
孤高の芸でもある。誰もこんな芸は継げない。

マクラは見事な漫談。マクラなのにカミシモ入れ替わっているから面白い。
いや、正確にはカミシモじゃないんだけども、客席を見回しながらハイスピードで語る。

マクラからすでに現れているが、本編に入って技術はまず、流れるうたい調子に現れる。
カミシモを猛スピードで入れ替えながら、まったく突っかからずセリフが流れていく。
しかしセリフは聞き取れないことはない。
ギャグは二三、うっかりすると客も飛ばす。まあ、飛ばしたところで次から次へ出てくるから、どうってこたあない。

そして、噺のいじり方もすごい。
既存のギャグにはまったく頼らないのである。
猫金の冒頭、「あたし(金魚を)食べませんよ」というシュールなギャグも、圓鏡はごくひっそりとしかやらない。
既存のクスグリを上回るギャグを常にブッコんでくる。
湯屋の煙突の上に金魚鉢を置いて、「双眼鏡で観たら」という番頭が通常。圓鏡はそこに、「俺は山本五十六じゃねえや」とパワーアップしたツッコミを被せてくる。

猫と金魚はのらくろの田川水泡作。
ネジの緩んだ番頭と、ネジの緩んだカシラの寅さんが世界を楽しく変容させる内容。
もともとマンガっぽい落語だが、さらに圓鏡はナンセンスな絵柄でこれをリライトする。

昨日も書いたのだが、扇子での床叩きと同様に、手をパンと叩く数の多さといったら。
よくよく聴いたら、ストーリー上は必然性のないパン!ばかり。カシラの寅さんも多用する。
だが、徐々にこのパン!に客がトリップしてくるのである。噺から脱落しそうになると、パン!で元のリズムに戻れるらしい。
右手をグルンと回す所作も、忘れていたが今回思い出した。視覚と聴覚で客をトリップさせる芸。

現代の誰もこの芸は引き継いでいないが、わずかに春風亭一之輔師が貴重なエッセンスを使っている気がする。
リズムは継げないけども、オリジナルギャグを重視する古典落語の作り込み方が、圓蔵から影響を受けていそう。世代がかなり離れているように思うけども、高校生から寄席に通っていた一之輔師はちゃんと圓蔵も聴いている。
前座のときの圓蔵のエピソードもしばしば語っているから、不思議なことではない。

最後は笑福亭仁鶴。花王名人劇場は吉本の芸人が出ないと終わらない。
リクエストは「時うどん」「池田の猪買い」「道具屋」など。「どれも知らんわ」と仁鶴。
池田の猪買いは大ネタだからできるわけない。
ちなみにこの時代の東京の客のほうが、今より上方落語に詳しかったのではないか、そんな気がする。
上方落語四天王が元気で、そして枝雀がいた。
その後上方落語が衰えたことはまったくないと思うのだが、いっぽうで東京の客の認知は落ちたのではなかろうか。
松鶴はともかく、米朝や仁鶴を復活させてぜひ盛り上げましょう。

リクエストは延陽伯。
東京で言うたらちね。東京では真打はほとんどやらないが、上方だともう少し格の高い噺になるようだ。
仁鶴の全盛期の高座とするには異論もあろうが、この時代脂が乗り切っていたことは確かでは。

先の圓鏡との共通点を発見して驚いた。
圓鏡と枝雀なら驚かないが、むしろ枝雀と対極の仁鶴に共通項がある。
うたい調子である。
圓鏡は高い調子、仁鶴は低い調子。しかしセリフがスラスラスラーッと続いていく快感は同じ。

この噺の言い立て部分は、それまでの展開からガラッと変わるのが普通と思っていた。
だが仁鶴の語りは、言い立てに入っても、前半のうたい調子のままだ。

この語りも、後継ぎがいないなんてことはないけども、珍しいかもしれない。
わかりやすいギャグを入れず、セリフの強弱だけでウケてしまうテクニック。
若手は耐えられないものな。クスグリを工夫して、自分のセンスでもってウケないと不安になってくるのだ。

昔の落語研究会で圓生を聴くのも悪い趣味ではないのだが、花王名人劇場という極めて大衆的な番組における、見事な3席を味わいました。
よく考えたら、落語研究会や日本の話芸と、笑点との間にさまざまな大衆落語が存在したわけだ。
だが、現代に振り返る機会があまりないのだった

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作成者: でっち定吉

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