豪雨の連雀亭客2人 桂竹千代に古代史落語をリクエストする

ある朝、駅構内のベックスコーヒーで仕事していた。
一息ついて時計を見ると、10時半を周ったところ。
電車に乗れば、11時半から始まる神田連雀亭ワンコイン寄席に間に合うではないか。
悪魔の誘惑に忠実な私。

朝は小雨から、日中は豪雨となった。
神田駅から連雀亭に向かうごく短い道中で、傘を差していても、服も靴もぐしょ濡れである。
ひどい目に遭った。でもこんな「ご難」も常に楽しもう、そう決意している。
蔵前駕籠の客だって、浪士に襲われるのをきっと楽しみにしているのだ。落語聴きの決死隊。
なじみの花魁に通うような心境だ。こんな日に行けば、さぞもてなしてくれるだろうと。
廓の場合、同じ思いの客が集まって大盛況なのだが、現実の寄席は本当に少なく、客2名。
でっち定吉と、あとひとりということ。
楽屋は3人。客と喧嘩したら楽屋の勝ち。

神田連雀亭での最低人数経験は、4名。次が5名。
それぞれ、思い切ってブログに書いた。少ない人数でも、どちらも立川笑二さんが見事だったので。
しかし2名はなあ。

連雀亭に通うと、演者さんから客の少ないときの話をしばしば聴く。
「昨日は客1名だったそうです」なんてマクラで語る人もいる。顔付け見てみると、ああこの人なら無理ないななんて。
誰も来なくて開催不能。そんな日もあるらしい。
もっとも、そんな席に遭遇する機会はごく少ない。人がいないのは誰も行かなかった結果で、当然の因果関係。

2021年、お盆にある落語会に出向き、やはり雨の日で客2名だったことがある。
この際は行った事実だけ書いた。なんだか雰囲気のおかしな会場の飲食店が、会の直後夜逃げ同然に閉店したことも追記した。
詳細は書かなかったので演目も含め大部分を忘れてしまい、もったいない思い。

連雀亭の客2名、当ブログでどう扱えばいいだろう。
前述の落語会のごとく、詳細には触れない方法も考えた。
だがトリを務めた桂竹千代さんにいたく感動したので、その事実を世に知らしめたいのです。なので時季と、他のメンバーをぼやかして書く。
この日、竹千代さん以外のふたりはハズレではなかった。なのに省略するのは申しわけない気がするが、全員書くと生々しい。

連雀亭のテケツにはトリの人が入る。桂竹千代さんはテケツではだいたい無愛想。
代わりにトップバッターの人が、ニコニコ笑顔で迎えてくれる。誰も来ないかと心配していたのだろう。
竹千代さんは、芸協カデンツァの中でも私がいちばんよく聴いている人。その高座の模様、残らず当ブログに書いている。

演者もやりにくそうだったが、徐々にあったまっては来る。
全員が少ない客に触れる。まあ、触れないと始めづらいよね。
満を持してトリの竹千代さん登場。
最近お客さんの少ないとき(4名以下)に、演目のリクエストを受け付けることにしたんです。
なにかありますかと。
こういうときに、思いつく噺というもの、意外とないもんだ。
好きな古典落語というもの、本当に無数にある。パッと脳裏をよぎったのは「五人廻し」だが、これは竹千代さんから見事なものを聴いたことがあるからである。
あとで思ったが、こういうときは「明烏」と答えておくのがある種正解な気がする。次善として宮戸川。
若手のやりたがる色っぽい噺ベストツー(想像)だ。
3位はたぶん紙入れだが、私は別に好きじゃない。

もう一人のお客さんはお任せしますということなので、私から「古代史落語を」とリクエスト。
古代史落語は竹千代さんの売り物。師匠・竹丸と同じ方法論により神話の時代を地噺に仕立てたもの。
竹千代さんに、なに聴いたことがありますかと訊かれるので、「ヤマトタケルと日本創生」と答える。
なら出雲大社の物語をやりますかと竹千代さん。少々時間オーバーしますがいいですよね。もちろんですとも。

リクエスト内容を予測していたかのように、袂から「落語DE古事記」を取り出す。
まあ、リクエストが古典落語でも出してると思う。
関東以外の全国放送「そこまで言って委員会」で、この本が取り上げられたのだ。番組には竹千代さんも出演した。
そうしたら、アマゾンでのこの本のレビューが爆発したのだそうで。
今日の客にもぜひ買ってくださいと宣伝。

竹千代さんは芸術祭新人賞も獲った。今後芸協カデンツァから抜擢があるとすれば、間違いなくこの人である。
大阪のテレビでも話題になったというのに、神田連雀亭で2名の前で高座を務める。まあ、それが若手。
しかし2名の前で、白熱の高座であった。感動した。
私も遠慮せずに、面白いところでは声を上げて笑うことにしました。
あいにく、ドラゴンボールネタはさっぱりわからない。
出雲大社の流れで竹内まりやが登場し、「神社の近くなのにまりや。まさに不思議なピーチパイ」。これで爆笑する定吉。

大国主命、因幡の白兎、諏訪大社などのエピソードを地噺として、関係のないギャグ入りで進める。
「間違ったことを平気で教える山遊亭くま八」「高座に上がって最初の発声『えー』をやめよという春風亭吉好」など楽屋の先輩のエピソードが入る。

桂竹千代でエゴサーチすると、あるとき類推検索に「女好き」が出てくるようになった。
これも楽屋仲間の仕業に違いない。
悔しいので、「桂竹千代 面白い」と検索を繰り返し、なんとか表示されるように努力する。

脱いで乾かしていた靴も、おかげで1時間で乾いた。
ワンコインが終わった後、天気予報どおり雨は上がっていた。
晴れ晴れした気持ちで連雀亭を後にしました。

作成者: でっち定吉

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