新宿末広亭4 その3(柳家小せん「夢の国コブシーランド」)

翁家社中も時間がないので、傘の廻し分けはなし。
毬の曲芸と五階茶碗、そして急須をたっぷりめ。
毬が、ストレート松浦先生のお手玉と被っている点だけ、前座さんに確認して何とかしてほしいな。
短い分、この夫婦の持ち味であるお笑い要素はなし。

仲入りは主任の師匠、柳家さん喬師。
ちなみにこの日の高座返しは、末弟の小きちさん。
夢の話を振る。夢見る乙女、夢を持つ男。
夢の酒かと思ったら、品のいいおかみさんではなくガラッパチ女房が出て「天狗裁き」。
最近はあまりウケない噺のようである。初めて聴く人にも展開が読めてしまうからか。
若手もそんなにやってないんじゃないか。弟子のやなぎさんから聴いたけど。
しかしさん喬師、まだこの噺に強いこだわりがあるらしく、工夫がビンビン伝わってきた。
前半を厚めに描いて、そして後半は可能な限りスピーディに。そんな方針のようである。
お奉行さまと天狗のくだりは、驚くほど短い。夢を聴きたがる展開だけ取り入れて、その理由など深掘りしない。
タメを排除しどんどん進むその演出が実に効果的。
さん喬師、「はじめ女房が聴きたがり、隣家の主人が聴きたがり」の「はじめ」すら取っ払ってしまう。
八っつぁんはとっととぶら下げられ、とっとと鞍馬の山中(高尾じゃなく)に投げ出され、とっとと天狗に絞め殺される。
夢だとわかってからも、実に早いフィニッシュ。
天狗裁きの令和スタンダードを観ました。そして、末広亭向けでもある。
ところで喬太郎師の「心眼」は夢オチ被りなんだけどこの点はどうなんだろう。

仲入り休憩明けのクイツキは、代演の小せん師。
代演は前日のうちにツイッターで出てるけども、プログラムを見比べる客も多数。
小せん師、代演を深々とお詫び。百栄師がコロナだとか、客に不安を与えることは言わない。

小せん師は、テーマパークの話。
夢と魔法の国や、映画の世界のテーマパーク。
スペイン村やドイツ村。千葉にあっても東京ドイツ村。

そこから入った噺は、タイトルだけ知っている「夢の国コブシーランド」。
落語協会新作台本募集の2019年入選作(最優秀賞)だから存在を知っている。
春の池袋新作まつりでも毎年掛けられているようだ。だが聴くのは初めて。

神経細やかな小せん師だけあって、百栄師のファンのために新作を出そうということでしょうか。
実際この枠、天どん、駒治、きく麿といった師匠方が入っている。

彼女が彼氏に、今度テーマパーク行きましょうよ。
ディズニーランドかと訊く彼氏に、違うの、最近できたでしょ、コブシーランド。
コブシーランドは演歌のテーマパークなのよ。
あまり乗り気でない彼氏を連れ出す。

コブシーランドってタイトルだけ見ていたけど、演歌のこぶしだったのか。
歌の上手い小せん師のためにアテ書きされたかのような噺。市馬師でもいいが。
夏丸師は芸協だから掛けられない。

コブシーランドは4つのゾーンに分かれている。夢の国、酒の国、恋の国、北の国。間違ってたらすみません。
末広の枠では、夢の国と北の国までしかできなかったが、もっと長い尺なのだろう。
でも、この時間がぴったりだった気もします。

カップルが最初に乗るのは兄弟船のアトラクション。必ず兄弟で乗る必要があるので、便宜上彼女が弟役。
兄貴役の彼氏は体力勝負。長いロープを自力で引き上げる。
荒れる船は、船徳の所作で描写。やっぱり古典落語になるんだねとつぶやく彼氏。

いいところでまた、小せん師の歌が入るのだ。
ちなみに中手の嫌いな小せん師、見事な歌を披露しておきながら拍手をもらわないワザが進化している。
手を叩きたい客に不満が残るかというと、実にさりげないのでそんなこともなく。

夢の国から北の国へは、夜行急行列車が走っている。3分半で着くのだけど。
北へ帰る人の群れは誰も無口なのだった。
途中、暗闇を抜け、また外へ。一切説明されないのだが、どうやら青函トンネルを抜けたらしい。
そこは北の国。さだまさしがお出迎え。
さだまさしって演歌なのかなと登場人物の疑問も挟みつつ。

襟裳岬がテーマの館で、悲しみを暖炉で燃やすゲーム。彼氏も結構楽しい。

実に楽しい新作だった。通常の寄席で聴けて実に嬉しい。
もちろんまず、演者に感心。
小せん師の、登場人物に近寄らない描写が、この乾いた新作にぴったりハマる。
そして、作家さんにいたく感心。
今井ようじ氏という、プロの演芸作家。Wikipediaに項まで建てられている。
面白い新作は自作のほうが多いが、それでも作家の台本によって、落語界はさらに活気づくのだ。
演歌は現代社会では埋没気味だけど、そんなテーマでも落語にすればちゃんと人の琴線に引っかかることを証明している。
新作も楽しい末広亭、続きます。

 
 

作成者: でっち定吉

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