小ごと / 道灌
一琴 / ふぐ鍋
駒治 / 十時打ち
(仲入り)
喬太郎 / ウルトラ仲蔵
今月はあまり落語に行っていない。国立の駒治師の披露目と、らんまんラジオ寄席の録音に参加しただけ。
検討した席はいくつかあるのだが。
このぐらいの頻度が普通だと思う。
それはさておき、勤労感謝の日の23日は、今年前半から楽しみにしていた宝寄せ。
大田区、六郷土手のお寺、宝幢院(宝憧院とも)で開催。柳家喬太郎師と、新真打古今亭駒治師が顔付けされている。
新真打古今亭駒治師匠の名が、パンフレットやチケットでは「駒次」のままなのだが、名前を変える発表前からチラシが刷られていたので別に間違いではない。
喬太郎師は、行くつもりだった夏の鈴本の芝居が休演で、今年まだ一度も聴いていない。それでも、私と家族の落語生活の中心にいるといっていい師匠である。
会場の宝幢院、交通は結構不便なところである。京急の六郷土手駅から歩くか、蒲田駅からのバスに乗るか。
我々家族は、東急バスの一日乗車券を買い、乗り継ぎ乗り継ぎお寺へ。
家から決して遠い場所ではないのに1時間以上掛かった。
この会は前売りがなくて、すべて当日売り。まさか入れないことなどないと思うが、喬太郎師を確実に聴くため、2時開場だが1時過ぎに到着。
場所が場所だけに、それほど長い列はできていない。20分くらいすると、本堂へ入れてもらえる。
空席などなく満員である。結局、池袋演芸場くらい入っていた? それは大げさかもしれないが、そんなイメージ。
こちらの会は、10年以上もご無沙汰だろうか? 夏の暑い盛りに、柳家三三・橘家圓十郎の二人会というものに来たことがある。
狭い道をくねくね走る、六郷土手行きバス路線に乗るのもそれ以来だ。
その際は、本堂の冷房設備が古いので効かないとやらで、和室に誘導された覚えがある。
だから会場である、立派な本堂へは初めて。コンクリート打ちっぱなしで、耐震補強がされている。ステンドグラスが飾られ、お洒落であるが、夏は暑そう。
そして前列の桟敷は、ホットカーペット。
前座の柳家小ごとさんが舞台の袖に顔を見せる。前座は恐らく、一琴師の弟子のこの人だろうと思っていた。
とぼけた人で、私の期待している前座さん。
スマートフォンを一生懸命操作している。出囃子を流すのである。ブルートゥースで接続するのかと思ったら、スピーカーのジャックに直刺ししていた。
ご住職がご挨拶して宝寄せのスタート。
小ごとさんが出てきて開口一番。
この人の道灌、3度目であるが、実に心地よく聴ける。
定番のクスグリは取捨選択している。「しょうが」のギャグなどは抜いていた。しつこさとは無縁。
ちなみに、わざわざバスに乗ってやってくるだけあって、なかなかいいお客さんが揃っている。
だから駒治師や喬太郎師が遊びつくせるのだ。
柳家一琴「ふぐ鍋」
小ごとさん、一席終えて座布団を引っ込める。そして、高座の後ろに籐の丸椅子を用意する。
メクリがないのだが、どうやら次の出番は膝の悪い一琴師らしい。
一琴師、椅子に座り、「稲川淳二の怪談じゃないんです」。
太り過ぎて、半月板を傷めたとのこと。ツイッターに書いていらしたとおり。
この自虐マクラをひとしきり。
医者には、痩せれば治ると言われている。どうやら、膝の痛みは一生ものになりそうだと。
一琴師は東京デブサミットの一員。
尻の下に敷くあいびきも買ったが、膝が太いのでどれも尻が付かなくて結局使えないらしい。
そういえば、喬太郎師もかつてあいびき使ってTVの高座を務めていたなと思い出す。
一琴師、私の身体はマヨネーズでできてます。キューピーから仕事もらったときは嬉しかったですねだって。
どんな流れだったか忘れたけど、「我々コレステローラーは・・・」というギャグがやたらウケていた。
今日は特に一琴師を目当てにしたわけではないのだけど、マクラから爆笑の一席でとても得した感じ。
寄席よりも、長い時間をたっぷり務めるのがいい人みたいだ。この日は45分ほどの長講。
寄席は落語の基本で、私も寄席が大好きだ。だけど残念なことに、寄席にばかり通っていても落語の全体像は決してつかめない。
落語会に来てわかることも間違いなくある。
フグのマクラを振るので、ふぐ鍋とわかる。季節ものなので、ご本人も一年振りにやるらしい。
噺家なんてごちそうしてもらわないとフグは食べない。みんな大して売れてないし。喬太郎は別だけどだって。
一琴師匠は、ネタ選択があまり柳家っぽくない人だ。この噺、落語協会では聴いたことがない。昨冬、円楽党で二度聴いた。
登場人物は旦那と、幇間ではないのだが幇間っぽい、訪問者。
河豚は食いたし命は惜ししのドタバタコントをたっぷり。
なんの具か訊かれてモゴモゴッと喋る旦那。先の小ごとさんの道灌の「泥棒」にギャグを被せる。
ふぐ鍋は、乞食にフグの毒見をさせようとする、ある種ひどい噺である。現代の人権感覚と抵触しかねない。
この課題が気になり、そして処理できなさそうな噺家さんは、手を出さないほうがいいと思う。
一琴師はというと、マクラで客をあっためて、アホな人たちの楽しい世界観を確立しているので、まったく策を弄せず正面突破でこの噺を語るのだった。
人権問題など全然気にならない楽しい世界。
ひとつ気になるんだけど、旦那のおかみさんはふぐ鍋にありつけたのであろうか? 客人がみんな食べちゃってる気がする。
古今亭駒治「十時打ち」
古今亭駒次改め駒治師は、今年もよく聴いた。たぶん9席目。春風亭昇羊さんが8席でこれを追っている。
管理してないんで、いちいち数えないとわからないですがね。
真打になったという挨拶は一切せず。名前の字がチラシから変わっている話もない。
国立でも聴いた、調布のインターナショナルスクールのマクラと、懐から原稿用紙を取り出して学校寄席の生徒の作文ネタ。学校寄席があったのは大田区の設定。
うちの家族にとってもすっかりおなじみのマクラなのだが、完成度が実に高いので、まったく聴き飽きることがない。
おなじみの古典落語を聴くような心地よさだ。
本編については、テンポをあえて速くしていながらしばしば噛む駒治師であるが、マクラについては口慣れていて流れるようである。
それはそれはウケていた。
駒治師の噺については予想を立てていた。未聴だが、京急線が舞台らしい「泣いた赤い電車」ではないかと。
だが、同じく未聴の「十時打ち」だった。披露目でも掛けたらしい噺が聴けてとても嬉しい。
京急について触れた部分はちゃんとあった。十時にちょうどに発売開始のプラチナチケットを取る、十時打ちのプロ谷口駅員。
同じくJRの職員である、谷口駅員の娘・みどりを誘拐して、自分たちのために十時打ちをさせようと企む上野駅の職員。谷口に向かい、言うことを聞かないと娘を京急に売り飛ばすぞと。
谷口氏は「京急はひどい。せめて東急にしてくれ」。
京急をディスっているけど、ウケていた。バスがつないでいるのは蒲田との間で、東急エリアでもある地域なのでいいみたい。
古典落語も織り込んでいる。
十時打ちを狙って半年前からチケットを得ようとする鉄ちゃんは、幼少の頃源兵衛と太助に騙され、寝台に載せられてからすっかり鉄道にハマったらしい。
あなたがた、先に帰ってごらんなさい。大館で止められる。
十時打ちも、今月国立の披露目で聴いた「旅姿浮世駅弁」と同じく、なんでもありの噺。
テツの人も喜ぶだろうが、その分野に一切興味がなくてもまったく問題なし。なんでもありの世界を楽しむ能力さえあればいい。
駒治師の新作落語の根底には、ふざけた世界の人物が困難に陥り、それを苦難の末に打開するという共通したテーマがある。
鉄道戦国絵巻もそうだし、披露目で掛けたという「ビール売りの女」もそう。
駒治師のふざけた落語が大人にとって心地いいのには、このあたりに秘訣がありそうだ。設定はふざけているが、登場人物はふざけた世界の下で、みんな大真面目に行動しているのだ。
噺の世界の背景には、東京駅と上野駅の対立というものがある。そんな対立聞いたことがないけど。
山手線でもっとも客が少なく、ラブホテルに囲まれた鶯谷の駅員が、東京駅側について手助けをしたり。
楽しい楽しい一席でした。
柳家喬太郎「ウルトラ仲蔵」
仲入り休憩を挟んでトリは柳家喬太郎師。
一琴師が古典落語でたっぷり笑わせ、駒治師がぶっ飛んだ新作で盛り上げた後である。
意外としっとりした噺ではないかと予想したが、大きく裏切られた。いいですけど。
この会場は三度目だが、高座の前に賽銭箱が出ているところは他にないとキョン師。
駒治師の話さなかった真打昇進について軽く振り、この日の順番を決めるに当たっての裏話から。
喬太郎師としては、披露目ではないけど駒治師がトリのほうがよかったんじゃないかと。でも本人が固辞するので仕方なくだって。
マクラは落語協会の九州巡業の話。
喬太郎師が座長で、一座を組んで九州各地を巡業する。メンバーは文菊、二楽、小んぶ、ホンキートンクといった人たち。
ホンキートンクに過剰反応する客に突っ込むキョン師。
九州全土を廻る前、1日目が沖縄(浦添)で、2日目が高知。
沖縄から高知へは直行便がないので経由しなくてはなりません。どこを経由すると思いますか、これが羽田なんですね(客、爆笑)。もう帰らせてくれよと。
柳亭市馬師の故郷、豊後大野にも一座は出向く。市馬師から、本当になにもないところだぞと聞いてはいたが、本当になにもないところだったと。
そしてマクラの締めに、落語協会の身分制度を、他のジャンルと照らし合わせて解説。
喬太郎師、「前座、見習い、真打」って言ってたけど。おやおや。
そして仲蔵が出てくる。そうか中村仲蔵か。マクラでたっぷり笑わせた後の人情噺なら、私の予想にぴったりだ。
と思ったら、これが仲蔵のパロディ、ウルトラ仲蔵である。
そうだった。喬太郎師は中村仲蔵はやらないのだ。やるとしたらウルトラのほうだけ。
もう、本当にくだらない噺。途中で、今日はずっとこんなのだよとセリフに混ぜて語る。だからトリじゃないほうがよかったんだと。
名代になったばかりのウルトラマン仲蔵、地球防衛の意欲に燃えているが、なかなかお呼びがかからない。
香盤が発表されたと思ったら、地球によく似たR惑星で、無観客のもとバルタン星人と闘うというもの。
でも、ここで工夫をしなければならないと妙見様に願掛けをする。なんでだ。
満願の日に、雨に降りしきられてソーラー屋に飛び込み、そこでかたちのいいケムール人と出逢う。
ソーラー屋ってなんだろ?
キング親方とか、命を二つ持ってくるゾフィーとか、おなじみの世界が総登場。
座布団の上でバルタンと闘う喬太郎師。
人情噺の形式は、一応表面にだけあるが、人情に訴えかける要素はなにひとつない。
とことんふざけた世界である。
闘い方をしくじったと思い、上方で修業し直そうと手甲脚絆にわらじ履きで旅に出るウルトラマン仲蔵。
うちの家内など中村仲蔵自体を知らなかったが、知識の有無は特に問題なかったようだ。
やりたい放題の楽しい一席でした。
ちなみに、喬太郎師の出番になると、日が陰ってどんどん本堂の中が暗くなっていった。照明は暗い。
決してこのくだらない噺がイヤだったわけではないのだけど、死神なんてやったら、ぴったりだったのではないかとちょっと思いましたけども。
楽しい会、客も上質でした。
また来年、今度は夏に、正雀師を聴きにこようと家内と話をしたところです。