鶴見さるびあ寄席の春風亭かけ橋(中・「千早ふる」)

サルビアホールの入っている、鶴見駅前広場に面した複合ビルは「シークレイン」という。
クレインは鶴だろうが、シーはどこから来たのだろう。
あ、「見」からか。やられた。

落語の会場は後ろ幕と寄席囲いの立派なしつらえ。
明治座みたいですごいですね。明治座は500円じゃ入れませんけどねとかけ橋さん。

知ったかぶりの話。
知ったかぶりの人は、なんにも知らないわけじゃないんですね。
ちょっとだけ知ってるのでタチが悪いんです。
今年前座として聴いた「転失気」かと思い、一瞬がっかりする。別にその転失気のデキが悪かったわけじゃないけれど。
だが、隠居を金さんが訪ねてきたので、千早ふる。
別に名前は八っつぁんでも吉っつぁんでもなんでもいいが、柳家だと、千早ふるは金さんが多いかな。

落語協会ではわりと大きめのネタ扱い。落語会では若手も出すと思うが。
いっぽう芸術協会だと、若手がやって構わない印象。
かけ橋さんの兄弟子、弁橋さんも寄席で出していた。
ただ、弁橋さんのは小遊三型。
かけ橋さんは柳家のスタイルで、まるで違う。落語協会にいた頃にすでに覚えていたネタなのだろう。

かけ橋さん、若々しさを残したままで、ベテランのような肚を見せる。
この隠居(旦那って言ってる箇所あったけど、隠居でいいよね)、マクラでの振りと裏腹に、百人一首の知識はゼロ。
なのだが、金さんにまったく後ろを見せない。
客に対しては明白な知ったかぶり、しかし金さんからすると、信頼の高いまま。
これだけで、もうすげえ。
この隠居には、その場をなんとか取り繕うとか、自分の体面をムダに維持しようとか、そういうさもしい意図はないらしい。
どんな状況でも、アドリブで答える自信を持っているのだ。
よく聴く千早ふるだが、こんな隠居はなかなかいない。

歌をひもとく際、客席から金属音がする。
すかさず拾って、「お金も落ちたしな」。アドリブ強い。

まったく知らない歌を、しかし一度聞いてちゃんと覚える隠居。
隠居は別に偉そうな人ではなくて、金さんに対して「全部わからないことはないだろう。勉強だって、ここまでわかったけどこれがわからない、そう考えていくんだ」と謎の説得力を持っている。
ここからスムーズに竜田川にたどり着く。
吉原の場面はスピーディ。

3年経つとなんとかなるんすね。前座は4年だよ。

スピーディだが、女乞食との出会いの場面では浪曲入り。
女乞食は、竜田川に突き飛ばされて向かいの山まで飛んでいく。なんで山なんだろ。

「え、これ歌のわけですかい」で大ウケする千早ふるを久々に観た。
なぜか。
客は、完全に隠居のウソ話にのめり込んだ金さんをずっと見ていたからだ。
先代小さんも、この噺はここでウケなきゃ意味がないと語っていたのだそうで。

いっぽうでやや前の場面、「立派な横綱になったから金さんも安心おし」はそんなにウケてなかった。
この場面ではまだ金さんは、隠居の話にのめり込んでなかったからだろう。

サゲをひねってきていた。
だが、こんなサゲのバリエーションもあるよぐらいで、密やかにサゲる。

前回聴いた「転失気」は発声がほぼ元師匠のそれで驚愕したのだが、千早ふるに関してはそんなことはない。
だが、随所に三三らしさが見え隠れするのも事実。
だいたい、隠居が気取って話すときである。独特の鼻に抜ける発声になるのだ。面白いものだ。

一席終わってかけ橋さん。また語りだす。
このさるびあ寄席は、何席やるか演者に任されてるんです。2席かなとも思ったんですが、今日は3席やっていいですか。
拍手。
2席目は、与太郎がおじさんを訪ねてくる。
呼ばれないのにやってくる与太郎といえば、ろくろ首。
ああ、聴きたかった噺だ。嬉しいな。
これも柳家の噺。芸協にはあるだろうか?
そんなにレア感はない軽い噺だが、全然聴かない。
前座に掛けてほしいぐらいだ。

お屋敷に連れていけばと婆さん。
与太郎に説明する。非の打ちどころのないお嬢さんがいるんだが、傷がある。夜中になると首が伸びて、行灯の油をなめにいくんだ。
油なめるぐらい大丈夫だよと与太郎。あたいも油売ってるから。
そしてドヤ顔。これは笑った。
ドヤ顔の与太郎なんて、落語史上初めてじゃなかろうか。
もちろん、かけ橋さんはこれをとっておきのギャグとして出したりはしない。あくまでひっそり。

実に楽しかったのだが、私の好みとしては展開がスピーディ過ぎた。
「およめさんおよめさん」と絶叫したり、見合いの席で鷹揚に構える与太郎も見たかった。
長いのは持ってるのかどうか。
あるいはNHK新人落語大賞を獲るため意図的にコンパクトな落語なのか(←あるね)。

続きます。

 
 

作成者: でっち定吉

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