鶴見さるびあ寄席の春風亭かけ橋(下・「試し酒」)

現場の模様をお届けするとアクセスが落ちる悲しい当ブログ。
だが、かけ橋さんのこの記事は初日から多いですよ。
まだまだ話題先行のきらいがあるのは否定できないが、実力は申し分ない。
挫折があり、修業のやり直しでパワーアップなんて、少年ジャンプみたいなストーリーは誰にでも好まれる。

しかしつくづく思うのは、小三治という人、これほど立派な噺家を潰してしまってもまったく平気な神経だったということだ。
ひどい人だという以前に、人を見る目も持っていない。
今までは、円楽党に行った故・三遊亭小圓朝がわずかに小三治破門後の成功事例だった。
かけ橋さんは、もっともっと高いところに行くはず。
ついでに、もうすぐ二ツ目だったのにクビになった柳家小ごとさんも復活しないかね。

さて、続けて三席目。
どういうフリから入ったのだったか、試し酒へ。
本日とっておきの一席であった。やはり、若々しさを残したベテランの味である。

試し酒、メジャーな噺だと思うけども、意外と聴いていない。トリネタだからそんなもんだが。
柳家のお家芸のひとつだが、かけ橋さんの兄弟子、橋蔵さんから聴いたことがある。
柳家も春風亭も、スタイルが大きく異なるわけではないがなんとなく、移籍してから覚えた演目ではないかという気がする。

かけ橋さんのなにがいいか。
試し酒の3人の登場人物に、決して深入りしない。外面だけ描く。
気だけで持っていかなければならないこの噺、演出としてはなにかしら深入りしたくなるものだろう、普通。
深入りしないが、行動自体はしっかり描かれる。だから噺が深い。ハードボイルドな手法。
正確に言うなら、客が勝手に深さを感じてくれる芸だ。まさにベテランの味。
5升の酒を飲む飯炊きの久造。そして見守る二人の旦那。
かけ橋さんに掛かると、二人の旦那は鷹揚で、本当に動じない人だ。5升の酒が飲めようが飲めまいが、うろうろしない。
二人の旦那の人間関係も描かれない。迎え撃つほうの旦那も、5升飲むところを見たいのか、勝ちたいのか、どちらが優先なのか明確でない。
「賭けに負けたら大変だ」という心理状況なのかどうかも客にはわからない。
だからこそ、客はこの状況を自由に楽しめるのだ。
多様な解釈が可能だが、なんなら解釈しなくたって構わない。3人の登場人物の気が充満したそのさまを楽しめば十分。
といって、単に描写をしないなら、それはつるんとした落語である。人間がしっかり描かれているのが大事。

こういういいのを聴いてしまうと、今後余計な味付けの試し酒を聴いたときに、ガッカリしそう。すべてかけ橋さんのせいだ。
具体的には、迎え撃つ旦那が嫌味な人だったり、久造の旦那が家で相手の旦那を悪く言いすぎてるとかである。
今までは、5杯目を飲めるか飲めないか、わかっているのにドキドキする試し酒がいいと思っていた。
それも確かにいいのだが、かけ橋さんはそこは深入りしたくないようなのだ。
他の演者のものより、5杯目を飲めるだろうという安心感が強い。久造の態度がそうだから。そして実際に楽に飲んでしまう。
なんとか飲めたというシーンを描けないわけではない。描くつもりがないらしいのだ。
前半からの演出を見ていると、これがうなずける。5升の酒も噺も、いかに突っかからないで進むかという。

試し酒はよくできたサゲが特徴だが、噺の生命はここにはない。
とにかく、気が充満していないと面白くもなんともない噺だと思う。
充満する気をわけてもらい、どんどん楽しくなっていった。

今まで考えたことがなかったのだが、丁寧な飲み口を見ていてふと思った。
1升は1.8リットル。5升は9リットル。
久造の胃袋の中身は、一度に9キロ増えてるわけだ。こりゃ確かにすごい。
さらにいうなら、18キロ。
大酒飲みというものは、アルコール以前に胃袋をいかにふくらませられるかなのであった。

寝てた人が多かった。
つまらなくてでないことは確かだ。安定した語りが気持ちいいのである。

そんなわけで、大満足の1時間強でありました。
かけ橋さん、しばらくは「二度目の修業を終えた男」として引っ張りだこだろう。
そうこうするうち、賞レースを制覇していって、本格的にブレイクするに違いない。

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作成者: でっち定吉

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