鈴本演芸場3(入船亭扇辰「五人廻し」)

寿伴  / 金明竹
小辰  / 狸の札
翁家社中
しん平 / 茗荷宿
扇里  / ぞろぞろ
楽一
文蔵  / 目薬
小せん / お血脈
(仲入り)
ぺぺ桜井
一朝  / 家見舞
ロケット団
扇辰  / 五人廻し

うちの息子は本当に落語が好きらしい。
先月喬太郎師など聴きに行って間もないが、もう行きたいんだって。

子供を落語好きにしたいお父さんがどれだけいるか知らない。私は決して、狙ってそう育成したわけではないのだけど、なかなかここまで好きになることはないんじゃないか。

柳家小ゑん師の「鉄の男」の主人公は息子を立派なテツに育てようとして、うまくいかない。それに比べてなんともまあ。

寄席のほうは、12月上席はすごい番組が目白押し。

比較検討の末、鈴本夜席の入船亭扇辰師に行くことに。金曜日だから夜でもOK。

ここを選んだのには、息子の意向も濃厚に入っている。

たとえば池袋の夜席主任は春風亭一之輔師だ。池袋は鈴本と違って入れ替えなしだから、昼席の天どん師匠を聴いて居続け可能という贅沢。

でも、扇辰師がいいって。

息子ながらチョイスが渋い。扇辰アニイはとにかくカッコいいですね。

息子としては、昨年夏に池袋で「野ざらし」を聴いたのがかなり印象的だったようだ。

扇辰師、そんなにたびたび聴けてはいないが、私も大ファンなのである。もっと聴きたいのだけど。

入船亭扇辰「五人廻し」

トリの扇辰師は、五人廻し。

うちの子、それにしても廓噺や艶笑噺を寄席で随分と聴いている。子供がいたら避けるという寄席の掟はどうなっているのか?

うちの子は、子供扱いされないのだ。

私は、扇辰師の五人廻し、3月に黒門亭で聴いている。ネタ出し。

この際息子も来たがっていたのだが、廓噺のネタ出しに子連れは、黒門亭を変な空気にしそうでやめたのである。

その噺が、寄席で聴けて良かったね。

黒門亭の五人廻しは、ブログにも書いたとおり、これで死んでもいいやと思った圧巻の一席であった。

で、今年2度目の五人廻し。がっかりしたかというとまったくそんなことはない。

死んでもいいと思った噺が2度聴けて大感激。

私が感じた感激を、息子がどこまで感じたかわからない。楽しんでいたのは確かだが。

どうせなら、子供の頃から一流のものを聴きたいものだ。それはとても幸せなこと。

息子には、今年1年で一番いい落語だと思うと伝えておいた。

2度目の五人廻し、もちろん爆笑の連続。思わず中手の飛ぶ啖呵も見事。

だが、今回改めて気づいたことがある。それは全編を漂っている感情「切なさ」である。

現代にこの廓を置き換えることはできない。だがそこに漂う人間の感情は不変。

廓に通う男の心情を理解できようができなかろうが、突き放して眺めることしかできない人でない限り、その切ない心情は感じられるはず。

待ってる女が来ないのは辛い。このことは、女性を含めて、誰でも理解ができることだろう。

さらにもっと深い感情がここにはある。大笑いが続く中で、実に切ないのである。

1人目の、鉄火なおアニイさんにも感じるところ。カミさん大事にしよ、とひとりごちる男。

さらに2人目の、妻が病弱であって夜の相手ができないので廓に来ているインテリ男。病弱の妻のことは愛しているのだが、肉欲耐え難く、妻と相談の上登楼している。

ハタから見れば笑える造型。大いに笑っていいのだが、当人にとっては決してシャレではない世界。

よく考えたら寅さんだってそうだ。当人には悲劇、周りからは喜劇というシチュエーションはたくさん出てくる。「男はつらいよ」が落語から多くを得ているのは有名なところであるが、ペーソスもまた落語由来のものが多いことがわかる。

ペーソスがギャグと一緒に焼き付けられている扇辰師匠の五人廻し。

「このうちは、牛と狐の泣き別れ もうこんこん」という落書きは、この噺において極めて象徴的である。

ペーソスという観点で五人廻し全編を見回すと、他の登場人物もみな切ない。

決して露骨にそう現れているわけではないが、隠れたペーソスが、この噺に深みと爆笑を与えている。

喜瀬川花魁は、杢兵衛大尽から1円もらい、これを大尽にやるからみんなと一緒に帰ってちょうだいと。

こんなぞろっぺえな女をみんな必死で待ってるんだと思うと泣けてくる。

でも、花魁だって苦界務めの身。

若い衆は、お見立てのように自主性のないキャラではない。

深い人生を抱えつつ廓の2階を寝ずの番で飛び回り、客の愚痴を聞きまくる。自分でも言う通り因果な商売。

上司と顧客の板挟みになりストレスを抱えるサラリーマンには身につまされるところだが、もう少しこの若い衆は強い。強いがゆえにより切ない。

扇辰師の技術面もまたすばらしい。前回も今回も感じた、そのキャラ分け、七変化の見事さよ。

これ以上の五人廻しが、果たしてあり得るのだろうか? 先人も含めて。

鉄火男は、扇辰師の地でできる。地といったって、本当にそのままじゃないだろうが、まあ扇辰師のイメージ通りの登場人物。

だが、次から次へ現れる個性の塊を、すべて同等に描き分ける扇辰師。ひとりぐらい、苦手な人ぐらいいるのが普通だと思うけど、全部完璧でありました。

自分の経験していない世界でも、しっかり描ける扇辰師のような噺家がいる限り、廓噺は滅びないだろう。

ちなみに、「酢豆腐」でおなじみの若旦那の悪い遊びは、「目玉をつつく」から、「背中に焼け火箸を当てる」に替わっていた。多少マイルドにしたのかしら。

柳家小せん「お血脈」

主任の扇辰師に感激の鈴本演芸場であった。

でも扇辰師と、仲入り前の柳家小せん師を除くとあとはわりと普通の日であったなという印象。

決して悪い席だったわけじゃない。文蔵師もいて、三K辰文舎勢ぞろい。

他にも、ヒザ前の一朝師とか、感じ入る部分もちゃんとある。ただ、もう少しこの日の演者すべてに「おおー」という部分があればななんて。

トリを立てるヒザ前に関しては、むしろおおーと言わせちゃいけませんが。

ともかく、もうひとりのヒット、小せん師について。

私はこの、抑制が効きつつもグルーヴ感に溢れる師匠の大ファンでもあるのだが、5月の黒門亭以来だ。

意外と他にはないリズムの刻み方でもって、客をぬるい温泉に浸かっているような気分にさせてくれる得難い師匠。

今日は地噺で「お血脈」。おけちみゃく。

地噺は、セリフ回しでなくて講談のように演者の語りで進める噺である。「目黒のさんま」「紀州」なんて有名。

地噺もたまには聴くけども、ほとんどの地噺は、ギャグで受けさせる構造。

ギャグといっても、噺に入っているクスグリではなくて、演者のオリジナルギャグで。演者のギャグが、噺の成否を決定する。

有名な地噺でもやっぱりそう。目黒のさんまはさすがに、入れ過ぎると噺が死ぬが。

そういうギャグたっぷりの作り方が悪いなんて言わない。

私は寄席の漫談も好きだ。漫談のバリエーションとしての地噺だと思えば、それでいい。

いずれにしても、多くの地噺では、全面的に演者が前に出ていて、しばしば自分のことを語る。

だが、小せん師のスタイルだけはそうではない。漫談タイプのクスグリがなくても、地噺を乗り切ることができる人なのである。

小せん師は、地噺にセットされたクスグリを大事に使う。

セットされたクスグリには手垢がついている。だがクスグリを笑いのために使うのではなく、客を心地よくさせるために使うのなら、最強アイテムにもなる。

たとえば「甘茶でかっぽれはここから始まった」なんて、実にサラッと進める。

自分自身のことは語らないが、オリジナルギャグは多少、実にサラッと入っている。

ねずみ小僧は地獄芸術協会所属の真打、石川五右衛門は、地獄協会副会長なんだそうだ。

地噺ではないが、師の得意な「鷺とり」と同じムード。

***

冒頭に戻り、前座のあとの番組トップバッターは扇辰師の一番弟子、入船亭小辰さん。

おかげさまで、神田連雀亭メンバーでない二ツ目さんにしてはよく聴かせてもらっている。

NHK新人落語大賞でウケていた、こたつマクラを振る。寄席でも十分にウケていたけど、準優勝の原動力になったあの舞台での爆笑は、やはり想定外だった気がする。

そこから、かなり強引に狐狸に話をもっていき、狸の札。御殿対宮殿とか、昔ながらの小噺をきっちり振る。

この人は、師匠とは違って軽いポピュラーな噺が好きなようだ。軽くて心地いいたぬき。

ごく普通の演出だが、それにこだわりがあるのだろう。個人的にはもう少しオリジナルギャグを入れてもなんて思うけど。

でも先日、三遊亭らっ好さんの、オリジナルギャグのない「子ほめ」を激賞したばかりでもあるし、それをどうこう言えない。

そういえばこの二ツ目枠は、二番弟子の辰乃助さんと交互である。

辰乃助さん、たぶん4日の日に十徳のパロディ「マオカラー」を掛けたようで、私のブログにも数件ご訪問がありました。

こうしたことがあると、ブログやっていてとても楽しい。

太神楽の翁家社中は和助・小花の若夫婦。浅い出番なので若い人のほうがいいだろう。

着物と傘が、水色とピンクのそれぞれお揃いでビジュアル最高。

寄席の彩として、実に華やかでいいですね。

林家しん平師匠は久々。

白酒師匠のとはかなり違う茗荷宿。珍しい噺だが、どこから来ているのだろう。

みょうがづくし料理のあとで、「これからいろいろな事件がありますが」と言って降りてしまって衝撃。

古典落語も上手く、器用な人である。

いろいろな寄席があって目移りするこの日、当初は夜席でも、両国に行こうかと思っていた。なにせ割引もあってコスパ最高なので。

両国には、橘家文蔵師が顔付けされているのも大きかった。うちの息子も、無頼な文蔵師匠が大好き。

だがこの日の両国は休演が多く、三遊亭愛楽師や、落語協会の初音家左吉さんもお休みだったので止めた。

それはそうと文蔵師、番組通り6時半に鈴本の高座に上がったが、両国のほうも同時刻なんだが?

両国のほうを順序入れ替えで対処したのだろうけど、でも最初からわかっている気がする。事実、先の休演は事前に告知されている。

協会をまたがると番組作りも大変だ。

さて文蔵師、今日は目薬。この週に、私の録画コレクションで聴いていた。

うーん、文蔵師の数々の爆笑持ちネタの中では、私にとっては最もピンと来ない演目。昨年、喬太郎師の芝居のヒザ前でも聴いたけども、どうもなあ。

文蔵師は寄席の出番によって様々な噺をちゃんと用意している人。仲入り前の手前、この出番で目薬はまったく間違っていないのだが。

目薬自体、いいものを聴いたことがなく、そもそも面白くない噺なんじゃないかとすら思っていたのだが、10月に聴いた柳亭左楽師のものは素晴らしかった。

考えてみたが、文蔵師の落語にしては、おかみさんがごく普通の人だからピンとこないのだろうか。

普通のかみさんが尻をむき出され、屁をこく不条理なシチュエーションが面白いだろうと言われたらそれまでなのだけど。

もともと、文蔵師は女をあまり描かない。

転宅なんて十八番だから、女が苦手ということはまったくないはずだけど。

文蔵師、同じく尻噺の「尻餅」やらないかな。架空の人物までしっかり描く必要のある、難易度の高い噺。

春風亭一朝師も久々。

家見舞で、珍しいバージョン。

なじみの道具屋に行って、そそのかされて掘り出し物の水瓶を持っていくというもの。

以前、入船亭扇遊師で聴いた型。ブログにも載せている。

それにしても、落語界随一の品のよさと形の美しさを誇る一朝師がやると、家見舞も全然汚らしさのない噺である。

ホームランはこの日休演で、ロケット団が代演。

代演なのに待ってましたの声が掛かる。声掛けした連中、ギャグひとつひとつにいちいち手を叩いてうるさいよ。

12月なので1年の振り返りのネタ。ギャグの総決算が聴けて楽しい。

振り返りなので、森友学園ネタなども古くない。

ロケット団の漫才は決してヒザ向きの芸ではないのだが、その分短い時間で去っていった

作成者: でっち定吉

落語好きのライターです。 ご連絡の際は、ツイッターからメッセージをお願いいたします。 https://twitter.com/detchi_sada ブログコメント欄でのご連絡でも結構です(初回承認制)。 落語関係の仕事もお受けします。