寄席芸人伝12「雛鍔文七」

古谷三敏「寄席芸人伝」のご紹介。
すべてのエピソードを紹介するつもりももとよりなく、そろそろ終わりかな、と思いながら3回くらい続けています。
落語を聴いていると、マンガの各エピソードが勝手に膨らんでくるのですね。

第3巻から<第39話 雛鍔文七>

落語協会の幹部が、秋に一人だけ昇進させる真打について協議している。
候補は4人いて、いずれ劣らぬ技量と経歴の持ち主。悩んだ末に、寄席の常連「苦虫ジジイ」こと近江屋さんをニコリとさせたものを昇進させることにする。
近江屋さんは、いざというときお客の失敗を笑わないため、日ごろから寄席に「笑わない修行に来ている」という人である。
ひとりは、近江屋が若いころ吉原に入り浸っていたと聞き、「五人廻し」を掛けることにする。
別のひとりは、珍しい噺で勝負しようと、上方ネタの「鷺とり」にする。
また別のひとりは、「転失気」。高座で屁をこいてしまおうというアイディア。
そして最後のひとり、主人公「桂文七」は、「雛鍔」を掛けることにする。
ごくあたりまえの噺を掛ける文七以外、3人の下馬評の高い中、勝負のアイディアを出した大真打「林家菊蔵」は、この時点で文七の勝ちを予想する。
さすがは修行に来ている近江屋、3人の噺にはニコリともしない。最後が文七。
文七、実は、近江屋が孫を連れているところに出会い、商人でない、優しい顔を見ていた。これだ、と子供の出てくる「雛鍔」にしたのである。
おあしを知らない屋敷の坊ちゃんの話を、親父がするのを立ち聞きし、お客の前でそっくり「こんなもの拾った、なんだろな」とマネして見せる坊主。
「あれ、拾った銭をまだ持ってやがる。コラ、そんなもの早く捨てちまえ」
「捨てるもんか、これで焼きいも買うんだい」
サゲに掛かり、笑みを浮かべる近江屋。文七の昇進が決定した。
菊蔵は高座を眺め、席亭に「落語の笑いってのは、ばかばかしさや珍しさだけじゃねえ。情愛に根差した温けえもんだ」とつぶやく。

まあ、これだけの話なのです。
「お笑い」より「落語」が好きな人には、改まってご説明することもありますまい。

「雛鍔」、生意気坊主の噺だが、もちろん後味の悪いものではない。こういう地味な噺に味がある。
あまりよく掛けられる噺ではないかな。私も寄席で聴いたことがない気がする。似たテーマの「真田小僧」のほうがどうしても出てしまうので。

作成者: でっち定吉

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