春風亭昇々「壺算」
続いて昇々さん。この人は連雀亭を抜けてしまったが、それでも売れっ子なので、ちょくちょく聴かせてもらっていてありがたい。
鯉八さんより半年後の入門であり、その前座時代の思い出噺。
あまりキャリアは変わらないのだが、この人の真打昇進は、鯉八さんの次になってしまう。
小笑、昇々、昇吉の3人になるのかな。恐らく2020年の秋だろう。
鯉八、昇々、それからさらに下の宮治と、これだけスター揃いなのに、みんな年功序列で真打だ。
まあそれはそれで、芸協の未来が明るいことを物語る。
師匠(昇太)から電話があった。「○月○日、ドミノやるから家においで」。
ドミノやるので家に来い? そんなこと言ってるから結婚できないんだ。還暦なのに。
師匠のネタは鉄板だが、そんなのに頼らなくてもいい人なので、あっさり次のネタへ。
なにやら文化放送のSHIBA-HAMAラジオ絡みのネタを話していたが忘れた。
大好きな噺家さんなのだが、ラジオはそれほど聴いていない。
大学時代の、体育会系薬局のバイト、それから竹丸師と一緒に泊まった部屋の強烈ないびきのマクラ。
何度か聴いて、知っているマクラがとても楽しい。
楽しい噺家のマクラは、本人しかやらないネタにもかかわらず、どんどん古典化していくのである。
竹丸師と大の仲良しで、一緒にタイにも行ったというのは初めて聴いた。
昇々さん、私が聴くときは必ず古典である。
この日は新作オンリーの鯉八さんと一緒の会だから古典二席なのは正解だろう。
古典落語が非常に個性的で楽しい人なので別に文句はない。だが、新作はどこかで掛けてるのだろうか?
商売絡みで壺算へ。あんまりつながってないけど。
前回若手研精会で、「私、マクラと噺つなげるの苦手なんです」と語っていたのがやたら面白かった。
壺算は、師匠・昇太の売り物。そこから来ているのだろう。
とても変わったことをやっていながら実はわかりやすい鯉八さんに比べると、昇々さんの芸、よくわからない客もいそうだ。
新作なら、最初から違う世界を描くからいいのだろう。だが昇々さんの古典、落語をちょっとは聴いているレベルの人にとっては、なにを狙っているのかわからないこともあるのでは?
子供の学芸会のようなセリフ回しだと感じる人がいるかも、とちょっと思う。
古典本格派と比較して「ヘタだ」と思ってしまう罰当たりな人も、きっといるでしょう。
だが、別にヘタウマの芸なんてものではない。視点をほんのちょっとずらすだけで、この人の気持ちのいい語りを味わえる。
昇々さんの落語は、すべてマンガである。
既存の古典落語と同一のストーリーをコミカライズして、マンガの独自の体系として演じる。
登場人物のセリフも、すべてカリカチュアされたマンガの世界。体より頭のほうがでかく描かれたようなキャラが動いている。
現実世界のリアリティとは無縁だが、独自の体系の上にちゃんと乗っている。
マンガの世界を味わえる客には、あとは既存の展開があるだけで、やたらと楽しい。
リアルな世界とのブレを、客自ら味わうのも面白い。だが非常によくできたマンガなので、マンガの世界から出なくても十分楽しい。
瀬戸物屋の主人は、計算がわからなくなってうろたえるときも、ちゃんとマンガとしてうろたえる。ピントがしっかり合っている客にとっては、至上のごちそう。
よく考えれば、「壺算」自体が最初からマンガっぽい。だからマンガ的演出は恐らく大正解ということになる。
昇太師の壺算にも、弟分がやたら耳をなめたりマンガっぽさがある。だが師匠の型は、現実世界と対比させて「こんな奴がいたらおかしい」というやり方。
弟子の壺算は、それよりもずっとマンガっぽい。噺の中の秩序が、すべてマンガの中のルールに基づいているのである。
噺の中に出てくるソロバン、ドンキホーテで買ったらしい。
壺が3円で買える世界になんでドンキがあるんだという苦情は無意味。マンガだからいいの。
買い物が上手いと持ち上げられる兄貴分に、弟が「あの人はこすっからいから」とカミさんに言われた内幕を喋るクスグリはない。こうした部分は、ばっさり落としてから料理をするらしい。
他にもたとえば、町内一周して戻ってくるあたりがスピーディ。
弟分の、「最初から言ってるだろ」という苦情もピンポイントでくどくない。
そして、たびたび膝立ちするダイナミックな所作。ここぞというところでのオーバーアクションは楽しい。