立川志らくの「弟子全員降格」を嗤う(中)

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立川流の修業はよそとは違う。着物も畳めず、太鼓も叩けない。
だから、このたび真打に昇進した立川吉幸師も、師匠・談幸とともに芸協に移ったあと、いったん前座から再スタートした。
志らくのほうも、「着物なんて畳めなくていい」と発言している。だから修業の中身が違っていることについては自覚的なのだ。
修業の中身が違うのを認識し、自分の考える修業の形でいいと発言していながら、同時にこの修業を世間に対ししばしば一般化して語るという、最大の矛盾。
吉幸師の前座修業につき、芸協にケチを付けていた志らく。基本的に自分本位である。
しかし吉幸師、前座を1年立派に務めあげたおかげで、その後短期間で誰にも後ろ指を刺されない真打になれた。

ツイッターで「パワハラではない」と釈明するのもいやらしい。
人格否定ではありませんと答えているが、噺家の身分という、人格よりもある意味重要なものを一方的に取り上げたのだ。
人格否定よりさらにひどいともいえる。愛情を隠れ蓑にしているが、弟子のほうには抵抗の余地がないのだ。
破門じゃなきゃ優しい?
こんな理由で本当に全員破門できる? 世間の非難を受け止められるのか?
そんなことすればTVの出演に影響が出るかもしれない。そこまで考えたとして当然だし、実際には破門をしないのも当然。
根が小心者で、世間に向けて「こんな優しい、愛情あふれる師匠なんですよ私は」とアピールに余念のない志らく。まあ、まんまと賛同した人たちもいるから半分成功か。
こんな了見の人間が、世相を斬るなんて片腹痛い。

噺家は、将来真打になって独り立ちすることを前提に、師匠がバカでも耐えて二ツ目に昇進するのである。
弟子たちが、自分で弟子を取ればわかるだろうという志らく。いや、きっとわからないと思うぞ。あまりにも落語界の一般常識と掛け離れているから。
そもそも、弟子たちが、自ら弟子を取るような売れっ子になれるかどうかについてもかなり疑問があるが。

「噺家は弟子は師匠に惚れて入門した」という美しい話、今回も免罪符として使われている。
落語界の師弟関係の大好きな私も、そのことはまったく否定するものではない。
だが、これは実のところフィクションに過ぎない。
昔から、噺家はみな、プロになる手段として師匠を選んできているのだ。とにかく入門しないとプロにはなれないのだから。
たまたま観た一度の高座に惚れてとか、紹介があってとか、TVの売れっ子だったからとか、あるいは家が近かったからとか。弟子入りするのに理由は一通りではない。
今一流になっている噺家でも、自叙伝を読めば、どちらに入門しようか両天秤を掛けていた人はざらだ。

それでも、客観的には適当な理由で入門したとしても、幸い、フィクションを真実にする機会が、修業中にはたくさんある。
人は噺家に生まれるのではない。噺家になるのだ。
入門後の修業において、師匠に惚れる弟子はたくさんいるはず。逆もあるにせよ。
だから入門する側にとっても、「この師匠だからついていく」というフィクションは、絶えず必要なものだと思う。
木久扇師など、先代正蔵の思い出を高座で掛けているが、もともとは三木助門下である。師匠の逝去により移らざるを得なかった弟子なのだ。
そんな弟子にも師匠との物語は作れる。
いっぽうで、師弟関係の美しい物語の作れない弟子だってたくさんいる。立川流にももちろん。
どうして師匠のやっている芝居に弟子が来ないんだと怒るのは、どうしてお前はフィクションの世界にやってこないんだというのに等しい。

今回、寝床芝居に誰も来なかったといって弟子を降格する志らく、要は師匠が弟子に惚れてもらえなかったというだけ。
師匠の側から「どうして師匠に惚れていないんだ」とみっともなく愚痴る前に、弟子の行きたくなる芝居を作ってみたらどうなんだ。その人間性に惚れさせてみたらどうなのだ。
そもそもその芝居、噺家の誰かが観にくるようなものだったら、弟子だって来るだろう。
弟子と師匠との固定の関係に基づき、こうしろと「行動」を強制するのなら、それはまあいい。不条理だとしても。
だが、「師匠に惚れる」ことを強要する神経は、ストーカーと同じ。
噺家である以前に、人間として極めて気持ちが悪い。
「愛情があるからいいのだ」? しつこくつきまといをするストーカーがそう言ってたら、賛同してみる?
一般人の住む世界と異なる落語界について、そこをなるべく神聖視しておきたいファンの気持ちはわかる。私もそうだもの。
だが、その思いが強すぎて、ごくわかりやすいハラスメントの正体に目をつぶるとしたら、ちょっと卑怯じゃないですか、皆さん?
賛同している人は志らく芝居に行って、「こんなすばらしい芝居に来ない弟子は許せん」と憤ってやってください。

続きます。

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作成者: でっち定吉

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