国立演芸場1

19日、国立演芸場中席に、三遊亭円丈師を聴きに行ってきました。

私は、落語を聴きたいときはもっぱら寄席に行っている。世間には、落語会というものも実にたくさんあるのに。
なんで寄席に行ってしまうのか、自分でもよくわからずにいた。
「平日昼間のただれた雰囲気を味わうと、世捨て人になった感じがしていいから」などと自分では理由づけしていたりした。亡くなった喜多八師匠に、「友だちがいないんだなって方が集まって」と言われて喜んでいたりして。
このブログを始めてから自分でも腑に落ちたのだが、寄席というところは、安い料金の割に「失敗した」ということがあまりないのである。失敗というのは、「来るんじゃなかった」ということです。
出演者が多いから、コケた人がいても誰かがリカバリーしてくれる。主任がパッとしない空いた席だって、他の演者がサポートして、楽しませてくれる。東京の寄席の、チームプレイの素晴らしさよ。
色物さんを目当てに行くことは最近はあまりないのだが、それでも、落語が続いたときにリフレッシュさせてくれる色物さん、最近はそのありがたみを実感している。
といって、やたら演者の数が多いのが好みかというとそうではなくて、持ち時間と演者の数のバランス的には、「池袋演芸場」が最高である。
そんなわけで、つい、酒も飲めない池袋に出かけていく。池袋に行っているとなんとも感じないが、よく考えたら「酒飲めない」演芸場ってすごいな。どれだけ演芸に対しストイックなのだ。

国立は、あまり好きではない。周辺の雰囲気がどうも・・・ 今から落語を聴くぞ、というムードになってこない。
この日の国立、天気が悪く五分の入り。実に落ち着く。円丈師のWebサイトによると、連日多かったようなので、天気が響いたか。
私の愛する池袋は、喬太郎師が主任できっと超満員だったんだろうと思う。一度、喬太郎師主任の池袋に行ったことがあるけども、異常な混み方だといささか躊躇します。
国立は、開演時間が短く演者の持ち時間が長いので、メンバーは少数精鋭となる。このことは、池袋の下席に似ていて悪くない。
ただし一度、少数有象無象の席に出くわしたことがある。これは後悔した。
レベルの低い一門というものもあるので、こういう危険は一応あります。

メモを残さないので記憶ベースだが、国立はたぶん1年振りで、昨年の円丈師の芝居以来だ。「東京足立伝説」を聴いた覚えがある。
「噺が思い出せなくなった」と、TVで特集までされるようになった円丈師、昨年はしっかりされてた気がする。
今年は釈台に台本を置いて登場だ。いいのか。
いいんでしょうねきっと。

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釈台に台本を置いて喋るようになったトリの円丈師。
これが客に、「気の毒」として映らなければ、笑いになるし、いいのだろう。
少々危ういところではあるが、「噺の覚えられなくなった噺家のライブドキュメンタリー」として頑張っていただくのも絵になるかもしれない。
「足の悪い師匠が、膝を隠すために釈台を出している」のと同じような空気になればいいのだけど。
二つ目の弟子「ふう丈」「わん丈」が、真打に昇進するまでは頑張らなければならないそうで。

とりあえず、不思議な不思議な「シンデレラ伝説」を聴かせていただいた。マクラを入れ忘れたので、噺に入ってから戻ったりなどして。フリーダム。

円丈師、新作落語会に君臨するパイオニアとして深く尊敬してはいるが、この人を追っかけたいと思ったことはなかった。まあ、もともと誰も追っかけてなどいないけど。
ただ最近音源を立て続けに聴いて、ちょっと意識が変わった。この方の落語は、聴く人間の魂をゆさぶる。
近いうちに筆を割くつもりだ。
ただ、聴いているのがYou Tube。ありとあらゆるCD音源がアップされているのは、いいのか? よくない。
聴いて感動しながら、師匠に申しわけない気持ちでいっぱいである。いずれCD買わせていただきます。

国立に話を戻す。
この日は、林家正雀師がお休みで、代演は川柳川柳師。正雀師も聴きたかったのだが、川柳師ならいい。
しかしこの代演によって、少数精鋭の国立定席、前座を除き古典落語がわずか一席という異空間が出現したのであった。
そして、二ツ目のふう丈さんを除き、新作落語を掛けているのはいずれも年配の噺家さんである。
異空間であり、そしてある種の日本の縮図がそこにあった。

ただ一席の古典落語を堂々と演じたのは柳家甚語楼師匠。
ホームランが、歌って踊ったステージの後に出てこられて、さぞやりにくかったと思う。ホームランってあんな芸風だったっけ。
しかし、堂々と、落ち着いた空気に戻したうえで楽しませてくださいました。
「黄金の大黒」だったけども、この噺も不思議だ。めったに聴かないにも関わらず、メジャー感が半端ないという演目。メジャー感というのは、年中やっていそうな雰囲気だけはあるということです。

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「ホームラン」の歌謡漫才、ではないと思うが漫才のあとにマイク握って歌ステージに突入、歌と変なダンス。
落語主体の寄席ではあまり見ない芸だ。もちろん、楽屋の協力が必要不可欠だから、ちゃんと根回しもしてあるはず。
後に上がる柳家甚語楼師匠もちゃんとOK出しているのだろうが、OK出していても、やりにくいだろうと思う。
ざわめいた空気を古典落語モードに変えるため、よくあるのは「こういう芸をされますとね・・・後の芸人やりにくくって仕方ねえ」とギャグにする手法。
甚語楼師はどうしたか。なにもなかったように普通にマクラに入り、噺に入っていった。
そして、わりと短い時間で客を噺に引き入れていった。
こういうシーンを見ると、大変得した気になる。

三遊亭究斗師匠も久々にお見かけした。真打昇進後初めてだと思う。
ミュージカル落語の第一人者だ。第二人者はいないジャンル。
「私は劇団四季に十年いまして」と話すと客席が驚いていたので、客はあまりご存じでないらしい。師匠円丈の芝居であっても、そんなものか。
「ライオンキング」観たことある方? と言われて手を挙げた人も少なかった。
私はなにを隠そうミュージカル好きである。ミュージカル落語の第一人者、究斗師にはもっとご活躍いただきたいものだ。
ご存じのとおり、落語と芝居とは切っても切れない関係にある。芝居とは、この場合、歌舞伎である。
だから落語ファンも、ある程度歌舞伎の知識がないと、どこかで置いてけぼりにされてしまいかねない。
一方、ミュージカルの知識は、通常落語に役に立たないので、知る必要もない。でも、そういうものじゃないと思う。
上質なエンターテインメントを知っていて、損はないはず。
究斗師の会にもぜひ行きたいのだが、一方、寄席で引き続き、ミュージカルを知らない客を沸かせていただきたい。

柳家小ゑん師は、やはり寄席の掟が染みついた方で、ヒザ前は、あくまでも軽く済ませていらした。
残念な気もしたのだが、これでいいのだ。主任を立てるのが寄席というもの。

作成者: でっち定吉

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