池袋演芸場15(三遊亭白鳥「富Q」)

あおもり/ 弥次郎
ぴっかり/ ナース・コール
つる子 / 豆腐屋ジョニー
彩大  / 失神歌謡ショー
楽一
一之輔 / 睨み返し
菊之丞 / 湯屋番
(仲入り)
きく麿 / 寝かしつけ
彦いち / 足立工業高校学校寄席/あゆむ
ロケット団
白鳥  /(ネタ出し)富Q

今月は、扇辰師の五人廻し、圓太郎師の大工調べとすばらしい古典落語を聴いて少々お腹いっぱい気味。
それはそうなのだけど、もうひとつなにか、たっぷり飲んだ後のラーメンみたいな締めが欲しい。
昨年も感動した、池袋下席のちょっとした新作まつりへ、息子を連れて行くことにします。息子も今月3度目だ。
また、この席の顔付けがいい。今年はもう聴けないなと思っていた一之輔師も出ている。仲入り前は菊之丞師。
古典落語をきっちりやる人を押さえておいて、あとは新作勢ぞろい。
昨年、自分の担当4日すべてで「富Q」を掛けた三遊亭白鳥師、席亭の評判がいいので来年もあるかもとツイッターに書いていた。
今年はその、白鳥師単独のトリとなり、7日間すべて富Q。
昨年も同じく千秋楽で、天どん師の日に行ったので割引券があったが、今年はない。
200円のことでガタガタ言いなさんな。へい。
天どん師はリストラされたわけではなく、ちゃんと上席昼席のトリを取っているし、この席も一之輔師と交互。

今年もやはり、素晴らしい席でした。爆笑の連続で、なかなか休むところがない。
池袋らしい、演者相互の、ネタの入れあいなど遊びも非常に多かった。
このブログはいつも、メモなど取らず記憶だけで書いている。今回は結構、細かいギャグなど忘れてしまった。これだけ笑わされれば無理もない。
疲れてしまった人もきっといると思うが、意外と噺家さんたちの心遣いもあり、なんとか私は大丈夫でした。
白鳥師は大好きな噺家さんなのだが、実は1年半振りだ。タイミングが合わなくて。
最近の代表作「落語の仮面」などまったくわからない。
当ブログでは、白鳥師のネタは実によく検索でヒットする。だからというわけでもないけど、もっと聴かなきゃ。

池袋下席は2時開演。12時に行ってみると、すでに列が少々できている。食事を済ませてから、12時45分くらいに並びました。40分くらい並んで入場。
当然、立ち見客でギュウギュウである。
学校は冬休みなので、昨年もそうだったが小学生が多い。落語の未来は明るいですね。
白鳥師を子供に聴かせる親も偉い。白鳥師が、新作落語の、ではなくてもっと普遍的な一流の噺家であることの証明になっている。

ちょっと気になったのだけど、池袋演芸場のプログラム、落語協会のときは毎日刷るものだと思っていた。だが今回は芸協スタイルになっていた。
つまり、交互出演も含めて全部記載する方式。変わったのかしら。だとするとちょっと残念。
サイズも一回りでかくなっていた。

三遊亭あおもり「弥次郎」

前座は三遊亭あおもりさん。白鳥師の弟子である。随分上手くなったなあ。
古典落語の弥次郎だが、落語そのものの上手さよりも、高座の上にいる自分自身の取り扱いの上手さに驚いた。
クスグリ不発のあと「まあ、あんまりウケませんでしたけど」とサラッと言って爆笑を生む。師匠譲りだ。
口調もすでに慣れていて、古典落語自体十分上手いけども。
北海道は飛ばして、弥次郎を恐山から。山賊退治と猪退治。なにしろあおもりだからな。
この人の後で続けて散々笑わされたので細かい部分は結構忘れてしまったけども、入れ事をするときは必ずウケていた。
歌舞伎の見栄もちゃんとウケる。
弥次郎って、北海道のホラ噺がむしろメインの噺だと思ってたけど。恐山のくだりでこんなにウケるのですな。
料金のうちに入らない前座が楽しいと、その日の寄席は実に嬉しい。

春風亭ぴっかり「ナース・コール」

この芝居は、トップバッターおよび2番手が、女流二ツ目交互。白鳥師が席亭に進言でもしたのだろうか。
池袋演芸場のサイトでは、この千秋楽の顔付けは美るく&つる子になっていた。だが、いきなり春風亭ぴっかりさんが出てきて驚く。
協会のサイトのほうでは、正しくぴっかり&つる子になってたけど。
ぴっかりさんは、今日は白鳥トリビュートです。ナース・コールをしますと。
基本的な筋立ては変わらないが、ずいぶんとぴっかりさんらしくブリっ子のみどりちゃんであった。ブリっ子だけど、やっぱりカバトット。
先輩噺家の入れごとが多かった。セクハラ患者について、「五明楼玉の輔みたいな」。
みどりちゃんの「メス」「押忍」で、「それは彦いちしかやらない」。
本家白鳥師もやっている、扇子を爪切りに使うネタで、「柳家の人はしません。喬太郎ならするかもしれない」。
白鳥師のこともいじっていた。超満員のみなさん、この寄席でいいんですかと。
かっぱ橋で作ったマイ・メスは出てこなかった。ぴっかりさんもクスグリを取捨選択しているのだ。
かなりウケていた。

林家つる子「豆腐屋ジョニー」

続いて林家つる子さん。実はTV以外で落語聴くのは初めて。楽しみにしていた。
当ブログでは、変な顔としつこいネタを厭わないものの、実はかなりの美人だという、落語と関係ない扱いしかしていなくてすみません。
私も白鳥トリビュートですと言って「豆腐屋ジョニー」。タイトル以外、中身は知らない噺。
いやいやいや。つる子さんすばらしい。私、たちまちにしてファンになってしまいました。
その濃いキャラから、落語より先にTVで売れる人じゃないかと勝手に想像していたが、落語自体実に上手い。
正蔵一門で一番この人が好きだと思った。他の弟子には悪いけど。
意図的に大げさでしつこいこの人の語り口が、白鳥落語の世界観にドンピシャなのである。
そもそもこの豆腐屋ジョニー、浅草のスーパー、三平ストアの売り場における豆腐とチーズの恋物語である。豆腐とチーズは売り場面積を常に争う敵同士。
擬人化の際たるもので、リアリズムとは縁がない。つる子さんのために存在しているかのような世界。
手拭いで扇子を巻いて、ピストルにした見立てが最高。落語史上初のピストル見立てだそうだ。
こういうふざけた、客も失笑するギャグが、しかし一方、物語の世界の中ではふざけて見えないところがこの人の真骨頂だと思う。
古典落語のほうはどうなのかわからないけども、こういう噺はとても向いているようだ。
幸いつる子さんは、神田連雀亭のメンバー。そちらに行けば聴ける。ぜひ聴きにいくつもり。
舞台が三平ストアなだけに、海老名家ネタもいろいろ入っておりました。
「ライフ」「いなげや」「成城石井」「西友」とスーパーネタも豊富。

三遊亭彩大「失神歌謡ショー」

二人の女流二ツ目に続けて笑わされ過ぎ、ちょっとしんどい。休憩が欲しい。
次の彩大師が、若干テンションを下方修正してくれて助かった。こういう調整が、浅い出番における真打の大事な役目である。
といっても、つまらない落語を掛けるわけにはいかない。ネタは楽しい。楽しいなりに、落ち着きのある噺。
彩大師は久々だ。昔、真打昇進の披露目に来たのですがね。
二人の女流をマクラで取り上げて、本編は「失神歌謡ショー」。演目名はネットで調べた。
韓流アイドル・ビッグバンのライブに行きたい孫娘、親からは許してもらえなくてお婆ちゃんに頼んでみる。
お婆ちゃんから、昔の追っかけもすごかったと。GSでファンが失神した話を聴いて興味を持つ孫娘。
かつてはオックスなどのGSで失神し、今は若手演歌歌手を追っかけているお婆ちゃん。
お婆ちゃんと連れ立って、上尾で開かれる若手演歌歌手のコンサートに出かける孫。ちょっとこの流れだけいささか唐突でわからなかったけども。
ストーリーよりも、楽しいクスグリに満ち溢れた噺だった。
新作落語の基本は、冗談を楽しく語ることだと思う。その通りの楽しい一席。

紙切りの楽一さんで、もう一段階脳内リセット。師匠譲りの力の抜けた芸は、落語で疲れた人を休憩させるのに最適である。
子供が優先的にもらっていた。
この日のお題は「なまはげ」「川中島」「ライオン」「しゃちほこ」。
川中島に苦しみつつ、ちゃんと謙信と進言の一騎打ちのシーンを切り上げる。
ライオンは、注文した女の子を追いかける絵柄。
しゃちほこは、大きなのを1個という注文。「いじめですね」。時間を掛けて見事な鯱を切り上げて拍手喝采。

春風亭一之輔「睨み返し」

続いて春風亭一之輔師。
昨年のこの芝居で爆笑「味噌蔵」を聴いて以来1年振り。
何度も検討はしたが、結局一之輔を1年間聴かなかったというのは、落語ファンとして果たしていいのだろうか。大ファンなのでラジオは毎週聴いてますが。
人気の噺家さんについてメディアは、「今チケットが一番取れない」という枕言葉を安易に付ける。
てやんでい。噺家さんのホームグラウンドである寄席に来ればこうやって、ちゃんと聴けるんである。立川流とかを言い出すとややこしいので省略。
私はこの師匠についてはずっと寄席で聴いていきたい。
なんと睨み返し。
ほぼ師走にしか掛けられない噺である。しかも、掛け取りほどメジャーじゃない。
言訳座頭よりは掛かるだろうという程度。私も寄席で聴くのは初めてである。嬉しいですね。
こういう季節の演目を数多く持っているところがこの人はすごい。だからといって、高座数がなにしろ多いから、睨み返しばかりということはあるまい。
睨み返しの前半は、掛け取りの喧嘩に似たシーン。ここは甚兵衛さんキャラでとぼけているのに、本気になると結構怖いという二面性が面白い。
掛け取りのほうは取りたい、八っつぁん(だろう)のほうは払いたい、だがその二つの間には、深くて長い川がある。
こういうフレーズをさらっと入れてくる、インテリジェントな一之輔落語。
そして言訳屋が登場して、睨み返しで掛け取りを撃退。撃退するのは小僧さんと、魚屋と、代理で来たプロの取り立て屋である。
強烈な睨み顔で大爆笑。顔の筋肉に筋が入る、意外と怖い顔を作る人だ。
最後の強敵が、頼まれてやってきた代理の掛け取り。言訳屋もまた、渾身のひと睨み。
爆笑の後半、一之輔師にしては随分と型通りの落語であった。まあ、最大のギャグが顔だから。
わりと型通りなのに、やはり爆笑というのがすごい。これもまた、一之輔落語のひとつのありようだ。
来年はトリの芝居も聴きにいかなきゃな。当然といえば当然なのだが、寄席四場でしょっちゅうトリ取ってる師匠。

古今亭菊之丞「湯屋番」

仲入り前は古今亭菊之丞師。
このちょっとした新作まつりの仲入り前に、この師匠を入れるところが見事な番組。
一之輔さんが、古典落語をやってくれてよかったと。
昨日など、私以外全員新作落語でした、こんなアウェーの寄席は初めてだと。前の日は、一之輔師でなくて天どん師だったからね。
なにがどうだというのではないけども、いつも落語協会随一のマクラを聴かせてくれる人。
そして見事に古典落語「湯屋番」で、浮わついた寄席を見事に引き締める菊之丞師。
湯屋番は、菊之丞師の、トリネタ以外における代表作ではないだろうか。
調子のいい若旦那と、妄想の中の色っぽいお妾さんという、飛び道具が二本もある。
新作まつりに挟まっての、超本格湯屋番はとてつもなく気持ちのいい逸品でした。
若旦那が居候している大工の家を出るまでのくだりが短い。紙切りが押したためか。
だが、番台に上がってからの若旦那の妄想は、たっぷり入念に。
「釜が壊れて早じまい」色っぽくないが道でばったり女中の婆さんと逢い、妾宅に上がる若旦那。雷様が落ちて二人が結ばれるまでの芝居の所作がまあ、見事。
いやあ、菊之丞師は本当に底を見せない人である。
すべてわかったような気になりやすい芸だが、決して涸れることのない泉から、水がどんどん溢れてくる。
じわじわと来て、ねじ伏せられました。

林家きく麿「寝かしつけ」

仲入り後のクイツキ、林家きく麿師がまたヘンな新作。
先日も末広亭でトリを取って大ブレーク中。東京では、きく麿師に近い落語をやるのは、わずかに芸協の瀧川鯉八さんぐらいだろう。
演目を調べたら「寝かしつけ」。調べるほどの演題じゃないけど。
まず、噺に展開がない。
登場人物が二人だけ。会話のやり取りのみ。
会話がどこにも行かない。隠居と八っつぁんだって、もうちょっと中身のある会話をする。
当人たちは一応真面目な会話をしている設定。役割は大ボケ、小ボケで真のツッコミ役はいない。
これだけのハンディ(?)を噺に与えておきながら爆笑を生むのである。
若い父親が、「パーパパーパ」と言ってなかなか寝ない子供を寝かしつける方法を、友達に訊くというだけの落語。
この友達は村一番の秀才だったからなんでも知ってるだろうと。
でも、秀才でも子供がいるわけじゃないからそんなもの知らない。そもそも、ここは村じゃない。
わからないと言ってるのに答えさせられる友達。子守歌を歌えばいいのでは、昔話がいいのではと。
会話のやりとりのテーマを、次々と逸らしていく。ツッコミを内心で入れるのは客の仕事である。
古典落語「桃太郎」も下敷きにして楽しい一席。
サゲは忘れてしまったが、ストーリーのない噺なので忘れてもまったく問題なし。

林家彦いち「あゆむ」

ヒザ前は林家彦いち師。この人はおかげさまで2018年よく聴いた。しかも池袋で。今年も聴きたいですね。
このヒザ前はトリを立てるポジションだから、どうするか。
トリの白鳥師について、嘘はつく、ものは盗む、人間の悪いところを全部持ってる人ですと。
そこから漫談を。この芝居で毎日掛けてるネタだそうだ。
池袋では席亭の意向なのか、噺家さんの漫談はめったに聴かない。だが、他の寄席ではヒザ前で漫談をするのは普通。
学校寄席のネタで、足立工業高校の話。名前を出してしまっているがいいのか。
学校寄席では、学校の偏差値によって笑いがまるで違うというのは、噺家さんからたびたび聴くところ。もちろん、高いほうがよく笑う。
落語というものが、インテリのための芸だということが、よくも悪くもわかるエピソード。
足立工業高校は、もちろん下層のほうである。そこで繰り広げられる、面白くも哀しいエピソードを、一緒に行った紙切りの林家正楽師匠のモノマネ入りで語る彦いち師。
ネタの中身をバラすつもりはないけども、爆笑でした。ヒザ前でこんなにウケちゃっていいのかなというくらい。
漫談というより、もはや師の得意なドキュメンタリー落語の見事な一席である。
ところでこのネタを、偏差値の低い高校生を、芸人が上から馬鹿にしているのだと思ってはいけない。
彦いち師も自分で語っていた。「ぼくもそちらのほうから出てきた人間なんですけども」。
そうなのだ。足立工業高校の生徒は、将来まず落語ファンにはならないだろう。でも、だからといって落語の世界のほうは、こういう生徒たちを決して拒絶しない。
ちょっとしたお馬鹿さんたちの言動を、彦いち師は愛を持って優しく語る。与太郎、というかアホの喜六みたいなものだもんな。
みんなを楽しく活躍させてくれる落語の世界はひたすら優しい。

その後で、時間が4分しかないんですがと断って短い一席。
バー「あゆむ」では、お客がいい話を語る。あ、柳家小ゑん師の「アセチレン」に似た設定。なにかインスパイアされたのか。
漫談の印象が強くて、噺の内容は忘れてしまいました。まあ、噺自体漫談の延長だけども。
先に振った、彦いち師自身のいい話なら覚えている。娘の話。私は、一之輔みたいに年がら年中家族の話はしませんがと断って。娘が幼稚園に通っていた頃、園で「昨日ははくちょうさんが来ました」と先生に語る娘。
先生が何のことかわからず、子供のファンタジーを大切にしようと「白鳥さんは来てなにをしたの」と訊くと、「ベランダでタバコ吸ってました」
ますますわからない先生は「白鳥さんは誰と来たの?」。娘は「おだわらじょうと来た」。
いい話かどうかわからないが、彦いち師、離婚しちゃったんだよなあ・・・

ヒザはロケット団。ヒザに向いた芸ではないけど。
開口一番、「下町ロケット団です」。
先日鈴本で聴いたばかりの1年の総決算ネタだが、それほど被ってなかった。さすが。

三遊亭白鳥「富Q」

白鳥師の公式サイトによると、この池袋の番組、新作メンバーは白鳥師が組んだそうだ。
すごいね、ノムさん、古田敦也もびっくりのプレイングマネージャーだ。

最近聴けていないながらも、当ブログでは白鳥師を取り上げるときはだいたいベタ褒めである。
ユニークな新作落語を作って掛けるだけの人ではない。落語を未来永劫につないでいくキーマンだと思っている。
白鳥師は、落語を知らずに入門し、円丈門下なので最初から新作を作り、客席を凍り付かせてきたという人。
マクラでも語っていたが、寄席に出してもらえない芸人はいるものの、席亭に面と向かって「お前は出さない」と言われたのは、川柳川柳師匠と私だけですと。
その苦境の中から、白鳥師は万人にウケる噺家になった。極めて珍しい例だろう。
やっていることは特殊に見えるが、その実落語ファンの琴線に触れる部分を豊富に持っている人なのだ。
子供の多い寄席に対しても同様。
この日の二ツ目さんふたりの白鳥ネタを聴けばわかるが、白鳥師はちゃんと新作落語においてウケる型をこしらえている。もちろん演者の工夫は大事だが、白鳥師の作った通りにやれば、結構ウケるのである。

新作落語に限らないのだが、噺家さん、高座に上がる際にはだいたい別人格をまとって出てくる。
まるっきりの別人格というわけでなくても、見る角度が微妙に替わるような、薄いフィルターをまとって。
もちろん白鳥師もむき出しの人間として高座には上がらない。だがこの人の場合、素の自分をちょくちょく放り込んでくる。その切り替えがシームレスだ。
こういう噺家さんはなかなかいないと思う。
常に客席と高座の関係性、距離を緻密に計算し、どのような距離感を保てばいいかもまた瞬時に判断している。素のままの自分が必要だと思えば、瞬間的にフィルターを脱ぎ捨てるのだ。
売れない二ツ目時代、線路際にセイタカアワダチソウを食用のため採りにいった白鳥師の実生活が二重映しとなる。
寄席に出られない噺家の哀しみを深く語る白鳥師。
CDに入っている「富Q」では、主人公金銀亭Q蔵は、売れない新作落語家である。だが、現在の富QのQ蔵は、古典落語の人で、日頃から人情噺に注力している。
なぜ古典落語の人が寄席から出入止めになるのか少々無理めだけど、白鳥師としてはこの噺にさらなる普遍性を与えたいのだろう。
師の小説「ギンギラ落語ボーイ」でも、自信過剰の主人公は、やはり古典落語家である。
もっともQ蔵もそうだが、古典落語専門であってもやはり白鳥師の分身には違いない。馬遊師も混じっているのかもしれないけど。
師は寄席をホームグラウンドとする噺家として生きてきたのであり、寄席と無縁の新作噺家としてここまで来たわけではない。
白鳥師には、自分を育ててくれた寄席に対する強い畏敬の念がある。はず。
白鳥師の成功もまた、寄席において老若男女にウケるからこそである。

白鳥師が務めるのは自在な高座。古典落語「富久」を下敷きにした「富Q」で、ホロっとさせるのなどお手のもの。
富Qでは、現実とは異なるコントじみた登場人物のやり取りの後で入る、Q蔵の独白が見ものである。
実感のこもった独白が、本当にしみじみとしているのだ。富Qも人情噺の骨格を間違いなく持っている。
だが白鳥師は、古典落語の人情噺を語るようには富Qを語らない。宝くじを買わされて巻き上げられた300円があれば、パンの耳3日分が買えたと語るQ蔵の姿は、終始客に笑われている。
だが、ギャグがあるからこそ一層、物語の背景に哀愁が漂うのだ。

Q蔵は、寄席をみな出入止めとなり、出られるのは池袋演芸場だけとなる。だが、席亭と飲んでいて暴言を吐き、ここにも出られなくなってしまう。
古典落語の富久において、旦那をしくじる幇間、久蔵の役割を果たすわけである。久蔵と同様、Q蔵も無理やりに宝くじを売りつけられてしまう。

噺の乗っているステージを出し入れするのが得意な白鳥師。遊びは多い。
苦労している噺家の名前として、「らん丈」「たん丈」「めぐろ」「ぐん丈」という名が挙がる。ぐん丈は噺家辞めてますが。
「円丈一門ばっかりじゃないか」というツッコミが入る。
あ、一番下の「ふう丈」「わん丈」はここに入らないんだなんて思った。まあ、売れてますからね。
それから、Q蔵のセリフで、今流行りの面白古典に対する批判が入る。「桃月庵白酒とか、春風亭一之輔とか、昔ながらの話に現代の風を吹き込むなんていうけど、ちゃんとできてないだけなんだ」とかなんとか。
ちょくちょく拍手の入る客だったが、この部分では拍手はなかった。
あとは、落語が下手なくせに笑点利権で、地方の落語会でいいギャラをもらっている三平への文句。
足立工業高校も無理やり盛り込んでいた。

冒頭で白鳥師、今日の演者は、後のこと考えないでガンガン受けてたと。もちろん、本当はいろいろ気を遣っているのだが。
一番ひどいのはロケット団。後からやるもの知ってるくせに北朝鮮ネタを出しやがってと。まあ、富Qは毎日掛かっていたわけで、もちろんわざとやってるんだろう。
先の彦いち師で、落語の世界のギャグの目線の優しさに触れたが、白鳥落語も同様。
貧乏のどん底にあるQ蔵のアパートに住んでいるのは外国人ばかり。隣は北朝鮮の婆さん、反対の隣は韓国人で、Q蔵の部屋がつまり38度線。
向かいにいるのは、命より大事なパスポートを5通持っている中国人。
だが、こういうキャラクターにもすべて愛が注がれている。どんな存在も、敵ではないのだ。
実際、中国人や北朝鮮の婆さんも、噺の中で極めて大事な役割を果たすのである。

最後までサービス精神に溢れた、大笑いしてホロリとする「富Q」でした。
いい1年の締めくくりができました。

富Q/豊志賀ちゃん

作成者: でっち定吉

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