光が丘IMA寄席(橘家圓太郎「大工調べ」)

一猿  / 商売根問(鷺とりの前半)
朝之助 / だくだく
圓太郎 / 大工調べ(通し)

ワンコイン寄席の翌日、家内が忘年会だというので、急遽金曜の夜に子供を連れて落語を聴きにいくことにした。
行き先はというと、いっぱいあるんですなこれが。前日に聴いたばかりの、三遊亭楽大さんのらくごカフェとか。
新宿や浅草も検討した。昼席の主任がそれぞれ柳家小ゑん師、古今亭今輔師。昼トリを聴いてから、夜まで居続けるのもいい。
だが東京かわら版を紐解くと、100円の寄席がある。百円。誤植じゃないかと思ったが正しい。
毎月やっている光が丘のIMA(イマ)寄席。
安いは正義。にもかかわらず、私の大好きな橘家圓太郎師匠である。
わが家から非常に遠いのであるが、1時間掛けて行くことにします。
往復するだけなのに、都営の1日券のほうが安くなる場所。
検討したうち、新宿末広亭なんて、子供2,200円もするのだ。だからまだ連れてったことがない。

現地に着くと、入口にお賽銭箱が置かれているだけ。
一応100円ということになっているが、1円玉でもいいわけだ。ちゃんと200円払いましたけどね。
無料落語会ではないけども、実質無料みたいなもの。練馬区から補助が出ているのか。練馬区偉い。
立派な、大きなホールだが、さすがに結構入っていた。
普段は光が丘在住の春風亭正朝師がメインの会のようだが、今回は代演のような形で圓太郎師。

一猿、朝之助という、春風亭一朝門下の前座、二ツ目が20分、トリの圓太郎師が50分という番組構成。
迫真の大工調べもすばらしかったが、前の二人にも満足。

春風亭一猿「商売根問」

まず前座の一猿さん。冒頭、来年の二ツ目昇進が決定しましたと。
初耳の情報だったが、こういうときの拍手はためらわずしたほうがいい。それもできるだけ早く。
光が丘のお客、100円だがとても感度のいい人たち。さすが毎月やってるだけのことはある。
客の質というのは、値段と正比例するとは限らないのだ。
一猿さんは二度目だが、まともな席で聴くのは初めて。
抑制の効いた喋り口が、前日に感動した柳家小もんさんを思い起こさせる。
隠居のところに八っつぁんがやってくる。「あんまり日光街道沿いの隠居というのはいません」というのが珍しいクスグリ。
八っつぁんが働かないのを心配する隠居。だがアイディアマンの八っつぁんは元手を掛けてちゃんと商売を考えている。
あ、鷺とりだ。寄席でちょくちょく掛かる噺だが、前座がやるのは初めて聴いた。
だが、いい意味で前座噺っぽく喋る一猿さん。

春風亭一猿さんの「鷺とり」(と思った)。この噺についてはブログを始めた頃に触れた。
まずは雀とり。
東京の寄席で掛かる鷺とりでは、みりん(一猿さんは焼酎)に漬けた米を最初についばみにくるのは調子のいい浪速雀なのであるが、以前からどうもこれは違うなと思っている。
一猿さんは原型である上方落語と同様、威勢のいい江戸っ子にこの役目を負わせていた。なんだ、江戸っ子でできるんじゃないか。
その次に鷺とり本番に進むのかと思ったら、鴬とり。さらにカッパつりに進む。
ははあ、鷺とりのプレエピソードだけで終わるのだな。これだけやる場合は、確かネタ帳には「商売根問」と書くのではなかったか。あとでネタ掲示を見たら正解でした。
鴬とカッパは、米朝とか吉朝とか、楽しい上方落語を聴いても、雀とりほどのパワーを持つエピソードではない。
とはいえ噺の構成的には、そのあとハイライトになる鷺とりに進む以上、何の問題もない。むしろ、盛り上がり過ぎるとよくない。
だが、ハイライトが来ないままの商売根問となると、終盤のテンションが落っこちてはしまわないか?
と若干心配したが、むやみに弾まない一猿さんの語り口だとまったく問題なし。雀とりと同じテンションで最後まで気持ちよく進み、カッパでサゲを付けておしまい。
前座らしからぬすばらしい一席。20分の枠だから、寄席で前座が語れないこともないけど、まずやるまい。こういう席に来たからこそだ。
上方ご在住で、江戸落語が好きな人も多いでしょう。べらんめえに惚れる人もいるだろうが、上方落語と違う、抑制された語り口に着目して入ってくる人も結構いるのではないでしょうか? そういえば一猿さんも大阪の人。
ウケが欲しくて落語界に入ってくる勘違いした入門志願者は、こういう語り口の前座さんをまずは見習ったほうがいいと思います。

春風亭朝之助「だくだく」

続いて春風亭朝之助さん、鮮やかな青い羽織は、遅刻してきた早朝寄席で見た気がする。
そろそろ真打になる香盤だと勝手に思い込んでいた。貫禄もあるし。だが、実はまだ二ツ目になって4年。
えー、後で調べてちょっとびっくり。真打まであと5~6年は掛かる。それにしては、すばらしく上手い人。
ちょっと上手のほうが勝ちすぎているのがいささか心配なくらい。といっても、固い芸ではないし今でも十分面白いのだけど。ただ、圧倒的な上手さのほうが、さらに先を行ってしまっている。
だが、じきに上手さに面白さが追い付いてきて、昇進前には完成系の高座を務めることになるに違いない。
得意演目らしい「だくだく」。昨年4月に雲助蔵出しぞろぞろで聴き、感心したもの。
さらにパワーアップしていたと思う。
落語というもの、「面白い」と「上手い」の二者択一ならば、上手いほうがいい。面白いだけの人が上手くなるのは難しいが、上手い人なら、技術によって面白さを追求できるから。
そんなことを、この日の朝之助さんに感じました。

春風亭朝之助さんの見事なだくだく。上手さが勝っていると書いたが、そのギャグはかなり面白い。
先生に絵を描いてもらう際に、羊羹の絵に「と・ら・や」と入れてくれとか、泥棒がタンスを開けようとして「奥行きがない」というフレーズとか。
繰り出すタイミングと、フレーズの小気味よさがそれは見事で、客も笑わされてしまう。
あくび猫の絵に「ねこです」と書いてあるギャグも秀逸。
上手さのほうも見事で、泥棒と八っつぁんのやり取りがいちいち芝居じみていて(実際、芝居なんだけど)とても楽しい。
パントマイムみたいな絵の触り方も、また見事。
一朝一門は、日の出の勢いですね。

橘家圓太郎「大工調べ」

トリは橘家圓太郎師。
圓太郎師マクラでもって、お子さんを落語に連れてくるというのは素晴らしいと。これが光が丘のレベルの高さ。
すみません、うちのことでしたら、まったくのよそ者です。まあ、他にもいたようだが。
先輩の正朝師から、この会の持ち時間のことなどいろいろ言われてきたそうである。もっとも圓太郎師も昔からこの会には出ていてなじみがあるそうだが。
圓太郎師、ZOZOTOWN前澤社長を引き合いに出し、お金絶対の価値観はよくないと。
ぜひ寄席に行きましょう。お金を払ったって楽しくないことがあると学習できるんですからなんて。
圓太郎師、池袋演芸場の出番の後、東武百貨店内を通っていたら、小学生の女の子が店員に噛みついているのを見たと。
状況はわからないが、「私はお金を払ったお客ですよ」みたいなことを言っている。
親がそういうものの言い方をしているんだろうなと。お金絶対の価値観がこういう子を生み出す。
たぶん、下赤塚あたりから来ているんだろうと。下赤塚というチョイスがいい。東武東上線沿線で池袋につながっているが、光が丘のすぐそばなのだ。
しかしまあ実際、この日は100円の寄席で存分に楽しめたのだ。圓太郎師の言う通り、世の中お金じゃない気がする。

時間がたっぷりあるのでお金の話から文七元結でもやるのかしら、芝浜? などと思っていると、与太郎の長屋を棟梁が訪ねてくる。
お、大工調べ。時間的に、通しでお白州まで出てくると見て間違いない。

2年前に書いた当ブログの大工調べの記事、おかげさまで「大工調べ」の単独キーワードだけで2ページ目に表示されるようになりました。
別にこの記事が人気なわけじゃなくて、普段のブログ全体の底上げのお陰。理屈っぽい当ブログでも筆頭の、理屈で固めた記事である。お時間のある方はどうぞ。
これを書くときには、三遊亭兼好師のものなどと合わせ、落語研究会で掛かった圓太郎師の大工調べ(通し)も参照した。私は、あまり掛からない後半がむしろ好きなんである。
圓太郎師、落語研究会のときはまだ口慣れていなかったようなのだが、この日の大工調べは、それはそれは素晴らしいものだった。研究会の後、磨きに磨いたらしい珠玉の一席。
江戸っ子の面白さと価値観がよくわかる。

大工調べは、一般的には棟梁の政五郎の噺だろう。前半の啖呵はもちろん棟梁のもの。
だが、圓太郎師の大工調べについては、与太郎が主人公だと思う。与太郎好きの私にはたまらない。
落語の世界で常識を裏返して客やまわりを楽しませてくれる与太さんであるが、その与太郎が大活躍する一席であった。とてもカワイイ、魅力いっぱいの与太郎。
前半で与太郎の喜怒哀楽、ものの考え方の体系を客はマスターしておく。その後、与太郎のフィルターでこのお裁きの世界を見ると、とても楽しいのだ。
圓太郎師、フニャフニャっとした与太郎声が上手い人。与太郎に客を引き込みやすい。
普通には、この噺の与太郎は、かぼちゃ屋や牛ほめのような主役ではなく、狂言廻し。
だが圓太郎師の与太郎は、聴き手にとって狂言廻しではない。与太郎に感情移入してしまう。最後は、与太郎の気持ちになって、大家を凹ませたことに快哉を覚えるのである。
与太郎が「家主源六」とお奉行さまの真似をして大家に呼びかけるのは重要なクスグリだが、単に馬鹿で言い方のTPOをわきまえていないのではない。たぶん与太郎、二度目は確信的にそう言っている。
前半でも、与太郎は棟梁に「毒付け」と言われて、大家に「ガー」と文字通り毒を吐く。この場面になると、すでに客は与太郎の感情のありようを理解しているので、とっておきのギャグとなる。

もちろん、棟梁の啖呵も見事でした。ひたすらスピーディというような、勢いの啖呵ではない。
ちゃんとその場において政五郎が、適切な言葉を選び抜いての結果である啖呵。
感度のいい客から絶妙の中手が飛ぶ。
因業大家も、棟梁に啖呵を切られて微妙に口調がおろおろしている。微妙であって、それでも負けていないところが上手い。
これだけ啖呵で盛り上がると、後半に続けづらくなりかねない。だが、昂った客の気持ちをスムーズに落ち着かせながら、江戸時代の訴訟に関する地の説明に進む圓太郎師。
二席の噺を続けて聴くような大満足である。
あと、お奉行は普通大岡越前守なんだけど、噺の中では名前がなかった。あまりにも有名な大岡様だと、噺が負けてしまうからか?

大満足の大工調べを聴いて、また1時間掛けて自宅に戻りました。疲れたけども、息子ともども最高の気分です。

作成者: でっち定吉

落語好きのライターです。 ご連絡の際は、ツイッターからメッセージをお願いいたします。 https://twitter.com/detchi_sada 落語関係の仕事もお受けします。